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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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目覚め

「召還? 魔物を?」


 首をかしげるアノニム。初耳の魔法である。魔物を捕らえ調教することで自らの戦力とする術は、通常『従魔術』等と呼ばれる。普通、『召喚』とは別の空間・別世界からの呼び出しを意味する言葉だ。自己の本体を別次元に持つという〝精霊〟については、真偽はともかく噂には聞くのだが……

 にんまりと笑うマルセル。ヤバイ。あれは「知識ひけらかしスイッチ」を押してしまったオタクの笑みだ。後悔しかけた彼に向けて老神父はまくしたて始めた。


「ええ、厳密には『再生』のうえ『使役』するというべきでしょうが、我々の一派ではこの一連の過程を『召還』と呼び習わしておりました。ある種の魔物は極めて強い自己再生の力を持っております。そういった魔物の体の一部は、魔力を提供する事で全身の再生が可能な場合がある。その再生過程に、術者への服従ルールを挟み込む事によって、強制的に自分の使い魔として再生する……。実に理にかなった発想だと思われませんか? この法を不完全ながら知っていたという事は、あの女、ただのネズミではない。おそらく、どこかの神殿でそれなりの修練を積んだ者であったはず……」

「……結局、失敗したろうが」


 あくびを噛み殺しながらクルーガーは突っ込んだ。機嫌が直りかけていたマルセル、気色ばんで言い返す。


「あの時点でそれをハッキリ判定できるものか! お前からして『何が起こった? こいつ、どうなったんだ?』と、ビビリまくってただろうに!」

「チッ! ビビッてなんかねーよ! 目玉に触角ぶっ刺して動かなくなっちまった女に、どうビビれってんだ? まったく。どう見たって失敗したに決まってんだろーが! 何をやろうとしてたか知らねーけどよ!」


 どうやらこの二人、普段からあまり仲が良くなさそうだ。割って入って話を進めようとしたアノニムだったが、悶絶していたはずのユージンが、奇妙に静かな声で割りこんだ。


「失敗? 失敗じゃないよ? ただ、眠りが必要だったんだ。長い時間の眠りが……」


 立ち上がり、奇妙に焦点の合わない瞳のまま、ユージンは続ける。


「アレとベアトリーチェは強く結びつけられて分かつ事も壊す事も出来なかった……。神父様も団長殿も、色々試して判ってたでしょう? アレが生き続けていて、自分たちに出来る事は、精々閉じ込めて監視し続ける事くらいだって……。そうして長い時が過ぎ、アレは徐々に在るべきカタチを取り戻していったんだ」


 嫌な予感が急速に胸の内で膨れあがる。


「閉じ込めるとは? その……『悪魔の触角』が食い込んだベアトリーチェの体を、どこかに封じ込めたのですか?」


 ユージンは無言でアノニムの背後、説教台の後ろにそびえる心柱を指さす。大の大人の五抱え分もあろうか。マルセルがどこか言い訳するような口調で補った。


「その……何やら得体の知れない状態の死体になってしまったので……万一を考えて、教会の対魔結界が最も働きやすい場所なら、安全かと……」


 ポツリ、と、その瞬間。説教台周辺に構築した二次元座標支配の領域内に、支配されていない異物が現れたのをアノニムは感知した。反応は、弱く、小さく、遠い……

 夢みるような口調で、ユージンは続ける。


「僕はここに通うたびに、ベアトリーチェの様子を伺い続けた。……ああ、ベアトリーチェ……あの時『この役立たず!』と、僕を罵ったよねぇ……。でも、その呪いが僕と君との間に『道』を保ち続けたんだ。君が、より完全な何かに変わっていくのを僕は歓喜で見守った……」


 反応が次第に強くなる。支配は未だに通じない。こいつは一体どういう事だ? 二次元座標支配は、マイナーな神の物とは言え、神授のダンジョンドロップ品による『権能』のはず……? それがなぜ? ひょっとすると……


「でも、ベアトリーチェの、人間であった部分ももうすぐ失われてしまう……だから……急がなければいけなかったんだ。あの、麗しきかんばせの記憶を、せめて絵板の上にだけでも、残しておくために、僕はこれを……」


『コイツ』は俺より格上なのか?!


「催眠解除! 死にたくなけりゃ、ここから逃げろ!」


 アノニムの叫び声と共に、心柱の中から壁面を突き破って、触角状の器官が襲ってきた。狙いは真っ直ぐ、アノニム一人。


「ちいっ!」


 枠木を放り捨て、異空庫から取り出した鞭角獣の杖でなぎ払う。細身の鞭と言った見た目に反し、重い手応えが手のひらに残った。

 壁が内側から爆発するように崩れ、『ソイツ』が姿を現した。

 干からびたミイラと化した「ベアトリーチェ」の皮をまとい、破れた節々から甲虫のような体節が覗いている。死臭はそれほど強くはなかった。十年近い年月が経って乾ききっているためだろう。


「ひいいっ!! 何だこれは! わしは、どうして」

「うおおっ! クソがあっ! 何だこいつぁよおぉぉっ!!」

「ベ、ベアトリーチェ!? ああ……」


 三者三様の声が上がったが、そちらに反応しているヒマはない。無詠唱で風魔法『つむじ風ウォルウィンド』を叩きつける。

 暴風のミキサーが『ソレ』を包み切り裂いた。いや、切り裂いたかに見えた。――以前、ザカロックたちと戦った時より数段威力は上がっているはずなのだが、


「ギチィッ! ギギギギギ!」


 『ソレ』は全くダメージを受けていないように見受けられた。露わになったのは、触角の形状にふさわしく、直立する巨大なカミキリムシと言った姿。

 アノニムの放った魔法がやった事は、ミイラ化した表皮を吹き飛ばし、『ソイツ』の姿を露わにした事。そして――


(! こいつ、今、魔力を吸収した?!)


放った魔力の大半が、風のエネルギーを生み出す前に吸収されてしまったのを感じた。

 魔力を食う昆虫人間とでも言うべき魔生物が、より一層凶暴な存在感を増し、原始的な攻撃本能を向けてきた。


 ◇

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