そこそこに栄えた村
お待たせしました。新章開始です。予約をミスしたようで、本日0時に投稿予定だったものが、そうなってなかったようです。済みませんでした。
「さぁて、マーサは我慢した。ギリギリ、ジリジリ我慢した。しかし偽神父の一味は嵩にかかって、『ほぅれ、どうした。できるものなら、やってみろ。できなければ、噓をついた罪で、今までの稼ぎは全て置いていけ』と詰め寄るのです」
「ははー、やっちゃえ、やっちゃえー!」
「えーやだー、もー恥ずかしい」
その村は、ホローデン帝国領に入ってしばらくの、二つの街道が行き当たる場所にあった。
ウルカヌス村という。
交通の要衝、とまではいかないまでも、人と物が行き交う場所なのは確かなようで、そこそこ立派な教会や宿屋その他の商家が立ち並び、近場の村とは一線を画す栄ぶりだった。
そんな村の記念日の祭りに訪れたアノニムは、常の通りに『屁ひり嫁』の板芝居で子供たちを沸かせていた。
「とうとうマーサの我慢も尽きた! 『おら、ウソつきでねえ! ザナさまはご存じだべ!』言うなりスカートをまくり上げ、お尻を向けると」
このため用の大きい低音オカリナ買おうかなどと考えながら、土笛に思い切り息を吹き込み、大放屁を表現する。
ブボボボボ~~~~~!!
「きゃーーー!」
「あははははっ!」
「吹っ飛べーー!」
顔を赤らめて手で覆っている娘は何人かいるけど、概ね大喜びである。顔を手で覆っている子も、指の間から板絵をシッカリ見ているし。
「……こうしてマーサは領主様から褒美をいただき、亭主のハンスと一緒に家に帰って、一生安楽に暮らしましたとさ……お終い」
辺りから意外に拍手が上がった。このネタ、子供受けはいいのだが、大人相手には大抵眉を顰められ、場合によっては非難・説教をされるものなのだが、ここでは好意的に受け入れられたらしい。
「いや、面白いお話でした。変わった話だが……面白い。うん」
「ありがとうございます。村長さんからそう言っていただけるとは思ってませんでした」
拍手しながら語りかけてきたのは、この村の村長だった。挨拶は、村への到着時に先に済ませている。
ユージンという名の、歳より若く見える優男で、一般的に連想する、貫禄ある「村長像」から結構離れた人物だ。「面白い」の感受性も、少々個性的なのかもしれない。
そのまま村長宅を訪ねることとなった。栄えている村とはいえ芸人ギルドの支署が置かれているほどでは、無論、ないので、上演記録とギルドへの上納金の納付は、やはり村長宅で請け負っている。ユージン・ダム・ウルカヌスという『疑似姓』を許されているというから、結構古い家柄なのかも知れない。
家に入ると
「今帰りましたよ……大事なお客様をお連れしました。おもてなしの用意を」
「え? いや、お構いなく?」
予想外のセリフに驚き、思わず『これでよかったっけ?』と思いつつ社交辞令の定型句を吐くアノニム。あれよあれよという間に、田舎の村にしては気合の入ったオードブルと、エールのジョッキで歓待を受けた。
「まずは乾杯と行きましょう。この出会いに感謝して」
「は、はあ、この出会いに感謝を……」
戸惑いながらも、一幕語り終えた後であり、それなりに喉も乾いている。毒などは入っていなさそうだと判別すると、つい、陶製のジョッキを持つ手が止まらなかった。
「んく……んく……んく……ぷぁーーっ!」
「ははは、いい飲みっぷりですなあ。若い人はそうでないと。エールもそれなりですが、腸詰めがまた村の自慢でして。どうぞお試しください」
「ありがとうございます。それでは失礼して……うん、旨い! 香草がふんだんに使われていて、肉がまた新鮮ですね!」
「そうでしょう、そうでしょう。熟成が進んだ肉と言いながら、臭い始めたような品を出す所もありますからなあ。わが村では、そこの所はしっかり管理されておりますので」
……分不相応というか、明らかに度を越した歓待なのだが、つい先に手を付けてしまった後ろめたさから、理由を聞き出しかねていたアノニム。が、しかし、村長は自分のジョッキを干すと話の本題を向けてきた。
「時にアノニムさん、本日上演されていた演目ですが、あまり聞かないお話で」
「ええ、まあその、私の故郷の昔話でして。祖母が話してくれたもんなんですが、品はないですが、やたらと印象には残りますからねえ。これは一つ、絵板に起こせば売り物になりそうだ、と」
「なるほど、なるほど。やはりご自分で書き起こした作品なのですね。板絵の絵柄がまた独特で、私、似た絵を見た覚えがありません」
「ははは、お恥ずかしい限りですが、あんな話なので職人に頼むわけにもいかず、素人芸ながら自分ででっち上げた次第でして」
改めて「こちら側」の人に指摘されると赤面ものである。なぜなら、アノニム――トモヤの絵柄ははっきりと、現代日本のマンガ・アニメ文化の影響があるから。
客観的に見て、ヘタではないだろう。当人も、かつてはそれなりに自信を持っていて、高校へ進学したらソレ系の部活を始めようかなどとも思っていた。……妹の千秋も知らない、幼馴染の悪友、優太にしか話したことのない希望だったが。
こちらの世界でミュシャ神の加護を得て、更に技術的に「見られる」ようにはなったと思う……。とは言え「こちら側」の美観と、どの程度つながっているか、そこら辺が今一つ見当がつかないのだが。
閑話休題。
村長のユージン氏、両手を広げて相好を崩している。
「なんと、絵心までお有りとは! あなたこそ正しく私たちが探し求めていた人だ!」
「あ、あの、一体俺、いや、私に何を」
「実はアノニムさん。わが村にはエールや腸詰め以上に過ぎたるもの、と言うか誇れるものがありまして、他ならぬ、ウルカヌス村自警団と申します」
「……あー……」
「付近で盗賊団の捕り物があった時、のみならず、トラヴァリアとの国境争いがあった時などにも、ご領主さまから頼られる存在でして」
「それはそれは……お見それしました」
「そこで我らが自警団の栄光を世に知らしめるべく、板絵物語を制作すべしとの声が上がりまして。つきましては是非、アノニムさんにお力添えをいただきたく……」
「話の長さの出来高で引き受けますよー。絵板は枚数で。基本の値は要応談ってことで。俺、本職の絵師じゃないんでお安くしときますよ?」
なんだ、自警団の自画自賛物語の制作依頼かよ。びっくりした。ヘンゼ〇とグレーテ〇にされるかと思ったわ。
自分に理解できる話に収まってよかったと、心底安堵するアノニムだった。
◇