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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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ヴィードの願い

 テルマが意識を回復したという知らせは、瞬く間に冒険者たちに広まった。

 歓喜に湧く彼らから、戦勝祝賀会をやり直そうという提案がなされたが、それは当の『先行者』たちから固辞された。まあ、テルマが回復したばかりなのに無神経だったと謝られたが、断った理由は別にあったのである。


 あの日――目覚めたテルマを皆で取り囲んで


「テ、テルマぁ、分かる? 私が分かる?」

「ど、どうしたんですロザリーさん。私、何か……後に引く攻撃もらいましたっけ?」

「ふむ、体で違和感がある所はない? どうかな?」

「……いえ、別に疲れも残ってませんし、なんならこのまま、二十一階層へ攻め込めますよっ」

「ふふっ、そりゃ頼もしい……でも、なんで二十一階層?」

「えっ?」

「「「……えっ?」」」


 しばらく言葉を交わし、明らかになった事実は――黄金の懐中時計が行った『奇跡』は、テルマの時間を巻き戻し、二十階層攻略直後の状態に遡らせたという事である。

 恐らくその直後辺りから、言葉巧みに神官がテルマに取り入って、「魔力増強術」と称し魔物の胚珠を埋め込んだのだろう。

 何にせよ目覚めた彼女からは残念な事に、二十一階層以降の戦闘経験が、そして何より最終試練突破の記憶が失われていたのである。

 なるほど、確かに救い方からして「割に合わない」神器だった。

 冒険者ギルドから祝勝会のやり直しを提案されても、「最終試練を越えた記憶もないのに」と、テルマが尻込みしたのだった。神器を使用した事、その能力含め、しばらくは伏せておく事にした関係上、テルマにも口をつぐんでもらったが。


「私が、初踏破者に名を連ねるなんて……」


 記憶にない「栄誉」に、ほとんど罪悪感を抱くテルマだった。実際、個人のステータスを見る方法があったなら、彼女にはおそらく『時の先行者』の称号は付いていないだろう。しかしそれは現在のテルマの側から見た「現実」であり、


「テルマ、私たちは掛け値なしに四人の力でダンジョンを攻略したの」

「そうそう、テルマには何度助けられたか、わかりゃしない」

「だめ押しの一手の後『油断大敵ですっ』てのもあったよな、ははは」


仮面の三人の側からすれば、彼女の働きの上に初攻略があった事が「現実」である。


「もしも折り合いが付かないというのなら、私にダンジョン攻略の功績を預けたと思いなさい。あなたはまだまだ強くなれる。いつか、ナタジャラムの二十五階層を問題にしなくなるほどにね。そうすれば、初攻略を覚えているかどうかなど誤差にすぎなくなるわ」

「ロザリー……さん……」


 ロザリーが場を収め、テルマの「ダンジョン攻略者」問題は一応の決着を見たのだった。

 いつもの神殿の会議室から、ロザリーはテルマを孤児院へ送って行き、ヴィードはアノニムに声をかけた。


「この後空いてる? 良かったらつきあってほしいんだが」

「ん? いいよ」


 普段とは違う店で飲みたいという事なのか。あるいは、たまにはロザリーの目の届かないところで羽を伸ばしたいのか。

 果たして、ヴィードが選んだ店は、街中でもかなり格が高い店。テラスのある個室を借り切り……給仕の綺麗どころは断った。

 星空の下、テラスにしつらえた席で、見るからに高そうな瓶の封を切り、ヴィードが酒を注ぐ。


「まずは乾杯と行こう」

「ああ、……いい泡酒だな、ワインの変わり種なんだろうか」

「気に入ってくれたかい? グレイビル特産の発泡ワインだよ」

「へえ、かなりな高級品じゃないのかい?」

「ああ、まあ、そこそこには、ね」


 かすかにためらって、ヴィードはマスクを外してテーブルの上に置いた。

 ……なるほど、二人きりで、人間同士の話がしたいということだろうか。アノニムもマスクを外し、素顔をさらす。

 自分の意図が通じた事に小さく笑みを返し、グラスを一度傾け、ヴィードは語り出した、


「僕には……幼い頃から憧れていた英雄がいた。僕の伯父上だ。かつての僕にとっては、神殿に祀られる神以上の存在だった。しかし……ある時気づいてしまったんだ。伯父上も人間でしかなく、吟遊詩人が歌うような不滅の存在では、決してない、と」

「早い内に気づけてよかったな……」


 アノニムの返しは、皮肉と言うには温かみが籠もっており、ヴィードも苦笑で応じて先を続ける。


「僕の気づき方は……ひねくれていたんだよ。伯父上が神話・伝説に語られる英雄でないというなら、この僕が『英雄』になってやる、と。そう心に誓ったんだ」


 ああ、もう、色々と納得。眼前の美丈夫の、奇矯な行動原理のほとんどが解き明かされた気分である。


「しかし……僕は、英雄の星の下には生まれなかったらしい。剣の上では他者より優れているとは言われても、『英雄の業績』と呼ばれるモノの前には常に壁が立ちはだかった……。『英雄? 辞めたよ、そんなものは』そう言い放った伯父上にさえ、剣の腕では未だ届く気がしない」

「…………」


 そうか……そんな悩みも抱えていた訳か。思えば、ヴィードという男は、狂信者でもなければ自己客観視ができないわけでもない。普段の威勢の良い言動は、相当部分が自己を鼓舞するためのハッタリだったのかも知れないな。そんな事を思うアノニム。


「そんな僕が見つけた妥協案が『十代でのダンジョン初攻略』だった。理由は単純、伯父上の業績の中に、それだけは含まれていなかったから。『前人未踏の壮挙』だの『若者にだけ許された向こう見ずな野望』だのとギルド長は煽り倒してくれたけど、何のことはない、それしか選べそうな『試練』がなかったんだよ……」

「おいおい、代用品にしちゃあ結構ハードだったぜ」

「ははっ、まったくだな。……多分、自分でも、心のどこかでは諦めていたのかも知れない。もう十代と言える日々も残り少なくなっている。『少なくとも、僕は挑んだ』そんな言葉を慰めに、故郷へ帰るつもりでいたような気がするよ。だが――君に出会った」


 グラスを干してヴィードは続ける。


「君は僕が会った中で二人目の『届かぬ人』だ。お互いの事情に踏み込まないという約束だから敢えて触れなかったけど、膨大な魔力と異空庫を持ち、戦闘時でも大幅な余力を残して底を見せない。強いと言うだけならまだしも、異様に『冷たい』戦い方を教えてくれて、僕の英雄像まで変えてしまった。伯父上の戦い方だけが理想の戦い方ではない。そう気づかせてくれたんだ」


 一息ついたヴィードのグラスに、今度はアノニムが注いだ。


「知っての通り、僕たちは試練を果たすまで許されていた猶予期間が終わり、国に帰って生まれの元に定められた勤めを果たさなければいけない。だから――伏してお願いする。このまま僕に仕え、力を貸してくれないだろうか? 僕の本名は、ヴィラル・ツェーレ・グレイビリアという……」


 (……どこかの高位貴族だろうとは思っていたが、グレイビル王国第三王子さまか……)


【貴族の場合、ミドルネームが相続順を表します。アルム第一位、ベルデ第二位、ツェーレ第三位、デルスそれ以降、エルク庶子】


 ◇

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