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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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虚ろな栄光

 テルマの意識は戻らなかった。

 ナタジャラムの冒険者ギルドもナーダ神殿や街の有力者たちを含めて、およそ二百年にわたるダンジョンの初踏破を盛大に祝い、内外に喧伝しようとした。

 ダンジョン最下層の宝箱の中身がまた奮っていた。神殿が集めていた神器関連以外に『神授ギフト宝珠オーブ』が出現し、得られるスキルは何と『異空庫』。高位冒険者や貴族の間に放り込めば奪い合い必至の、レアかつ有用スキル。これが必ず、または高確率でドロップするなら、ナタジャラムのダンジョンは中央大陸の中で屈指の人気ダンジョンとなるだろう。ナタジャラムの街の繁栄は、さらに約束されたようなものである。

 だがしかし、肝心の冒険者たちが意外なほど盛り上がりに欠けていた。


「おう! 今日は祝いの振る舞い酒だぜ! 思いっきり飲んでいきな!」

「おおう、そいつは豪勢だな! 遠慮なく酔わせてもらうぜ!」

「ああ、見たか? 大通りに繰り出したパレードの馬車! あんなの、お貴族さまでも滅多にねぇぜ」

「ははは、その割りにゃ、なんかヴィードやロザリーは落ち着いてたな」

「傑作だったのはアノニムよ! 自分でお囃子の笛吹いてどうすんだと」

「「「ハッハッハッ!」」」

「「「………………」」」

「テルマの顔も……」

「ああ、見たかったな……」


 危険と隣り合わせの冒険者稼業である。ある者は生き残り、運のない者はダンジョンの露と消える。それが当然のはずだし、ましてやダンジョンの最下層を攻略した四人の内、重傷者が一人出ただけなど「幸運」の部類に属するはずだ。にも関わらず……その、たった一人の意識が戻らぬ事が、ダンジョン初攻略の祝賀ムードに意外なほど暗い影を落としていた。

 『仮面パーティー』に加えられたころは「実力者に見いだされたラッキーガール」といった扱いだったテルマだが、ダンジョンでの実績を積み、実力を増すに従って、流れ者の多いダンジョン街の冒険者の中では珍しい「地元生え抜き」の新星として、ギルドの仲間内で認められていたのである。


 ◇


 場所は孤児院のテルマの個室。ベッドに横たわり、眠り続ける彼女に、治療専門の神官が回復魔法をかけていた。傍らにはロザリーと孤児院の施設長、治療師と共に訪れたゼインズ神官長の姿があった。

 吐息をついて、治療師は術を終える。


「今日はここまで……」

「ありがとうございます。むさ苦しいところですが食堂にお茶の準備をしています。どうぞ一息入れていってください」


 施設長の勧めのままに、一行は食堂に席を移し、言葉少なくティーカップを傾けた。


「……実際の所、どうなのです? テルマが目を覚ます見込みは?」


 様々な感情を押し込めた、ロザリーの問い。治療師の表情は暗い。


「……正直、可能性は低いかと。周りの組織にほとんどダメージを及ぼしていないとは言え、損傷は眼球から脳にまで達しています。あなたも相当に回復魔法の理に詳しいようですから、お分かりと思いますが、脳や神経の再生は、骨や筋肉と違ってゆっくり時間をかける必要がある。彼女の傷が外見上だけでも癒えるのには、簡単に見積もって十年近くかかるでしょう。また、組織が再生されても記憶や技能、ひょっとしたら人格レベルでも『元に戻る』保証はありません……」


 突きつけられた苦い現実に、その場の皆が暗澹とした思いでいると、食堂のドアをノックなしで開け放ち、アノニムが踏み入ってきた。


「失礼、神官長がこちらと聞いたので。行方不明だった神官を発見した。西区の宿の一室で首を吊っていたよ。現場を見てきたが、非常に擬装くさい」


 行方不明だった神官とは、テルマの元へ出入りして何かをやっていたと、孤児院の子たちから告発された男である。

 ゼインズ神官長が、さらに表情を暗くしてため息をついた。


「自分が……使い捨てられるだけだと、なぜ気づけなかったのか……哀れな」


 最後のひと言には、同意できないロザリーだった。なんと言っても、テルマに魔物を植え付けた第一容疑者である。しかしゼインズの立場としては「彼」もまた自分の部下であり弟子だったのだろう。


「宿の主人に鼻薬を効かせたら、商人風の男と会っていたと言うところまでは引き出せた。しかし、首吊り死体が見つかる前日、宿代を精算して引き払ったとさ」


 そこから先は、正直もう追いようがない。「商人風の男」はトラヴァリアの、さらに言えばホルトミルガー公爵がらみの工作員だろうが、もうそこらをウロウロしているとは思えない。いや、「誘拐団」の一員であったならば、既に冷たくなってソルヴェク嬢の異空庫の中、という線もあり得るか。どのみち行方を追うのは無意味だろう。

 それからは特に話題もなく「お茶会」は終わり、一同は連れだって孤児院の門を出た。そのままアノニムとロザリーと、宿への道をたどっていると、ヴィードが歩いてくるのに出くわした。

 何とはなしに、何かの「知らせ」を予感する。


「……やあ、テルマの様子はどうだった?」

「……相変わらずよ……何かあったの?」


 ロザリーの問いに、一瞬言葉に詰まったヴィードだったが、懐から一通の手紙を取り出して


「ギルドに届けられていたよ。国から『宿願の成就を賞賛する』だと。『二週間後に国境の街、リンエルクに迎えを出す』……というお達しだ」

「………………」


 何も言葉を返さず、ロザリーは再び宿への道を歩き始めた。それを告げるのが目的だったのだろう、ヴィードもその場から宿へと踵を返す。

 それ以上の会話はなかったが、彼らにとって一つの「時間」が終わったのだろうと、薄ぼんやりとアノニムは察した。


 ◇

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