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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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迷宮の終わり

 突然響いた何者とも知れぬ声に、ヴィード、ロザリーは警戒の視線を走らせた。さすがに手練れの二人だけあって、姿は消されていてもほぼ位置は特定している目線である。だがアノニムは、声の方に一顧だにしない。できないと言った方が正しいかもしれない。テルマに植え付けられた魔獣の左目を、素の魔力で縛り上げ、萎縮後退させようとしているのである。

 考える間もなくやらかしてしまった己のミスに、苦い思いを味わったソルヴェクだったが、マスクの小男が何をしようとしているかを悟ると、驚愕と押さえきれぬ未知への好奇に満たされる。こんな〝手術〟は前代未聞だ。


「……眠れ……眠れ……生まれる前に。種へ、胚へ、戻って……その座を……明け渡せっ……!」


 呪言のようなつぶやきと共に、アノニムは魔力を振り絞る。床面が脈動するように光り輝き、結界か、それに類するものが構築されているのが見て取れた。ソルヴェクの知識をもってしても、判別できない術理システムだ。

 テルマの眼窩から飛び出していた眼球の魔物は、必死に魔力の拘束に抗い続けたが、どんな存在にも限界はある。やがて瞳孔が白く濁りだし、一回り小さく萎縮すると、力を失ったように眼窩から抜け落ちた。


「ヴィード!」


 呼びかけながら、萎びた根菜のような「それ」を放り投げる。


「『聖光斬』!」


 待っていたと言わんばかりの斬撃。魔獣の『胚珠』は、聖属性の炎によって跡形もなく消え去った。

 ちなみに聖属性で単独・高威力のスキルというのは、実は滅多に見られない。ソルヴェクの中で「腕は立つけど単純っぽい」というヴィードの評価が一ランクアップした。


「『いと貴き癒やし手ベルフト、御身の慈悲を乞い願う……』」


 すかさずロザリーが高位の回復魔法を詠唱し始めたが……ソルヴェクは、もう迷わなかった。光学迷彩魔法を解除し、呼びかける。


「待っテ! まずは傷口の固定と保護ヨ! 回復魔法はそれから!」

「……俺がやるよ……『停滞』」

「……いい? 『いと貴き癒やし手ベルフト、御身の慈悲を……』」


 そしてアノニムたちも、迷わずそのアドバイスを受け入れた。極限状態の人間同士で時折見られる、相手を信頼できるか直感的に決断を下す、そんな関係がその時彼らの間に生まれたのだった。

 テルマの意識は戻らなかったが、呼吸・脈拍は一応安定した。ロザリーが彼女に付き添い、ヴィードとアノニムがソルヴェクと向かい合う。


「お姉さん、宿の酒場で会った楽師さんだね?」

「ええ、覚えていてくれてうれしいワ」

「ソルヴェクさんと名乗ってくれたけど、『何をしにここへ?』は、答えてもらえるかな?」


 比較的リラックスしたヴィードとソルヴェクとは裏腹に、アノニムの声音は緊張が感じられた。遠回しな言い方は「正面切って敵対したくない」願望の表れである。今のところソルヴェクから敵対の意志は感じないが、ダンジョンのシステムを無視してこの部屋に入ってきた相手が生やさしい相手とも思えない。


「あら、名前まで覚えてくれてたなんて、ますますうれしくなっちゃうわネ。んー、簡単に言うとネー、最近、仮面を付けて活動してる冒険者や傭兵を拉致・誘拐してる連中がいてネ、そいつらがジャマなもんだからつぶしたかったノ。それだけよぉん」


 アノニムの懸念に反し、ソルヴェクの答えはぶっちゃけるほどに率直だった。あまりにアッサリ答えられたので、一瞬言葉に詰まる。


「……それでは言い替えると、あなたは私たちを囮にして誘拐犯をはめようとした、という事ですか?」


 ロザリーの冷静なツッコミに


「そうネ、はっきり言うと、そういう事ネ」


悪びれる様子もなく肯定する。……ここまで綺麗に開き直られると、さすがのロザリーも追求のしようがない。

 この襲撃自体にソルヴェクが関わっていなかったとすれば、恨み言を言えた義理ではないし、場合によっては……


「ひょっとして、表に手勢が用意されていた?」


 アノニムの問いに、軽くあごを引いて


「人間が四人に目玉ちゃんの本体が一体。目玉ちゃんの本体は厄介だったワ……」


やや、疲れた表情を見せるソルヴェク。彼女の異空庫に収めていた襲撃者の遺体を、その場に出して見せもした。……なるほど彼女の存在はアノニムたちにとって、相当に強力な助勢だったと言えるだろう。


「……もういいかな? 私は帰って事の次第を報告しなくちゃいけない」

「……待ってくれ、一つだけ聞いておきたい。あなたは、テルマへ『これ』が仕込まれてる事を知っていたのか?」


 アノニムの問いは、詰問に近い響きを帯びていた。彼らが三人で手玉に取られかけた「左目」の本体を、ソルヴェクは一人で討ち滅ぼしたという。ダンジョンのシステムを無視して最終試練の間に入ってきた手並みといい、恐らくこの女性は今の自分たちとは段違いの実力者だ。それでも……テルマの件をウヤムヤにしておきたくなかったのだ。


「……知らなかったワ。ゴメン、これは何の証も示せないけど、私はあの子については、ほとんどノーマークだったのヨ。信じて……としか言いようがないワ」


 ソルヴェクが示した悲しみの表情は、真摯なものだった。それを受けて三人は愁眉を開く。考えてみれば彼女にとって「誘拐団」を壊滅させたところまでで目的は達成されていたはずだ。それを、わざわざテルマの治療に手を貸してくれたのに「仕込み」に荷担していたなどは、行動自体が矛盾する……


「それでは……今はお礼を言って別れましょう。テルマの治療に助言してくれた事に」

「そうだな、どうやら助力に感謝すべき立場のようだね」

「ありがとう……あなたのような人がいるとは思ってませんでしたよ」

「あら、そぉ? 私はそのセリフ、君に言いたいけどなあ」


 そして三人とマホロの闇導師は軽い握手を交わして別れた。現れた時と同じく、光学迷彩魔法によって大気に溶け込むように彼女は消え去った。


「……全く、驚く事ばかりの日だったな」

「ああ、しかし、終わってしまえば、やる事は一つさ」

「帰りましょう、テルマと一緒に。私たちは『時の先行者』になったのよ……」

「そうだな。一緒に、胸を張って帰ろう……」


 こうして彼らは、ナタジャラムのダンジョンの初踏破者になった。払った犠牲は、決して小さくはなかったが……


 ◇

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