二十四階層階段前
場所は二十四階層。関門主が守護していた部屋、地階に降りる階段の前で小さな悶着が起きようとしていた。
前日、ヴィードをリーダーとするパーティー一行から、二十五階層への挑戦を宣言されていた冒険者ギルドは、一応の監視というか立ち会いという名目で職員を派遣して警備に当たらせた。それは半ば儀礼的な手続きだった。最終階層へは二十一~四階層をクリアして資格を得たパーティーしか入れないのは周知されており、それを無視して「横入り」をする連中がいるとは思えなかったのである。派遣された二人のギルドメンバーも「そこそこ」の腕と覚悟しか持ち合わせておらず、唐突に訪れた不気味な雰囲気の五人組に、
「……なんだ、お前等は」
「まさかとは思うが、『割り込み』か? はは、止めておけ。第一、おぐっ!」
半笑いであしらおうとして、武器を構える間もなく絶命した。
何のためらいもなく、監視員を始末した男たち。手を下した者が武器を収めながら、世界を越えて共通の警句をつぶやく。
「油断大敵……」
「まったくねぇン」
「!!」
男たちの意識の外から、突然響いた女の声。同時に辺りの空間を、魔力のこもった極細の糸がなぎ走った。
「あぎっ!」
「がっ!」
「っ!」
初撃で致命傷を受けた者は二人。深手一、浅手一。ローブを目深にかぶった小男は身から湧き出す魔力で糸を弾いた。尋常な人間ではない。
「どこだ?! どっから仕掛けてきた?!」
比較的浅手で済んだ男が、ククリナイフを構えながらうめいた。パーティーを半壊させられたというのに、まるで相手の位置がつかめない。深手を負った男は武器での戦いを捨て、呪文を詠唱し始めている。
ローブの小男がフードを脱いだ。異様に眼球の張り出した異相。しかも今の攻撃で受けた傷でもないのに左目は失われている。残る右目に魔力が集中するのが『見えた』。辺りの空間が紫色に輝き、歪んで見えたのだ。
「待てっ! 射線から……!」
「おごぉあああああ!!」
浅手の男は制止を叫びながら飛び退けたが、深手の男にはムリだった。眼球を白く裏返して硬直・悶絶する。そのまま身をのけ反らせて大量に吐血した。心臓が耐えきれなかったようだ。
小男の邪眼が透過した空間が不自然に歪み、人の影が浮き上がった。シルエットだけだが、女性のラインに見える。
味方を巻き込むやり方に憤懣は感じつつも、ようやく捕らえた敵影に突進し、ククリナイフを突き込む男。必殺の一撃、のはずだった。
中途半端に解除された光学迷彩、とでも言うべきその人影は、麻痺も硬直もしていなかった。短杖の柄に三日月を仕込んだような獲物が閃き、男の利き手をからめ断ち、返す刃で頸動脈を切り裂いたのだ。
意識が消えるまで秒にも満たない間だったが、男は自分の死に方が信じられなかった。暗殺者ギルドの上位ランカーに匹敵するという自負があったのに。
薄れる視界に、特徴的な獲物が映る。
(短杖の……三日月……鎌……)
そして男は自分が何者を相手にしていたかを唐突に悟った。
(マホロの『闇導師』、ソルヴェク・シャザラール……!)
「運がなかった」との思いは湧いたが、もう「信じられない」気持ちは消えていた。
ある意味、納得して死んでいった男をよそに、ソルヴェクは焦燥に近い思いを抱いて、異相の小男の前に立つ。「危険の度合いが読めないからこそ、最高戦力を注ぎ込まねば」と主張して自分が出張ってきたわけだが、まさかこんな相手とぶつかるとは想定外だった。
(参ったねェ、ヤバイ相手とは思ってたけど、マジもんの〝希少種〟だったとは……)
ダンジョンの奥深く求め、あるいは希少材を惜しみなく注ぎ込み名工に造らせた『守護の魔装備』の数々に、さらに魔力をブーストさせて結界を構築し、なんとか奴の邪眼を防いでいる状況だ。
トラヴァリアの退屈公爵、どこでこんなシロモノを拾ったのやら。もうこいつが『ザルトクスの悪魔』でいいじゃん。そんな、愚痴に近い思いが湧く。
邪眼の魔力と結界の呪力と、力押しの拮抗がしばらく続いた。邪眼の男も、事態を打開したいとは思いながらも「手」が考えつかないと言った様子だ。明らかにいらだって見えるのだが、邪眼に力を込めたり抜いたり以外のアクションがない。
(はて? 「邪眼の一つ覚え」で、他の技術は持ち合わせていないって感じ?)
相手がまだ「奥の手」を隠し持っている可能性を警戒しながらも、今まで垣間見た行動に「底の薄さ」をソルヴェクは感じた。味方を巻き込んで邪眼を発動させた行いも、計算された冷徹さというより何も考えていなかっただけのように思えてくる。
(仕掛けてみますか……)
どのみちここで、延々とお見合いを続けるわけには行かないのだ。ソルヴェクは使い捨ての防御魔法を用意し、攻撃に出る決断を下した。
(三……二……一……)
心の中でカウントダウンを行い、仕掛けようとしたまさにその時
「アグッ! ガギィッ!」
突然男は空洞の左眼窩を押さえ苦悶の声を発した。
一秒の何分の一か、ソルヴェクにも驚きと躊躇が湧いたが、決断は迷わず遂行する事こそ実戦の秘訣と信じている。
自分自身に、あたかもプログラムさせたようにコンビネーションを展開した。
「『神雲鏡』『幻閃歩』『斬魔』!」
◇