二十五階層にて
石造りの扉の前に四人が立つと、四つの紋様が正方形の四方を取り囲むように浮かび上がり、扉は音もなく、滑るように開いた。
内側に広がるのはさらに広い空間。魔法灯が仕込まれているようで、十分な明かりに満たされていた。声もなく、四人は最終試練の間に踏み入り、彼らの背後で扉は再び音もなく閉じた。
部屋の中央に光の粒子が渦巻いて行く。粒子が物体を形づくって行き、現れたのは――機械仕掛けと見える巨大なドラゴンだった。銀の翼はリベットで幾重にも止められており、間接部に沿って緑色の光が漏れている。『人工物』であることは一見して理解できるが、それと同時に冒しがたい神威をも感じさせるのだった。今、この世界で、誰がこんなモノを形だけでも造る事ができようか?
テルマが震える声で聖句を唱えた。幼い頃から神殿附属の孤児院で育てられてきたのだ。四人の中では一番信心深い。
「テルマ、飲まれないで。神があれを使わしたのだとしても、私たちに越えさせるためよ」
「はっ、はいっ!」
しかし、四人の中でアノニムだけは
(『向こう側』のメカデザインを感じるなぁ。これはどこかゼインズ神官長の記憶に拠る部分があるのだろうか?)
などと考えていた。
頭を一振りして雑念を払う。常のパターン通り、自分がファーストアタックを入れて小手調べ、と思ったのだが、ヴィードが遮ってきた。
「済まん、一撃目、譲ってくれないか?」
「OK、しっぺ返しに気をつけなよ!」
言い交わしながら足を止めずに走る。ドラゴンの口に熱気が集まっているのが見える。ブレスの前兆だ。
「熱ブレス、来ます!」
「かわすか、『熱防壁』の影へ!」
「食らえ! 『銀腕ヴィード』叙事詩はこの一撃から始まる! 『破城剣』!!」
「ていっ」
耳に優しくない衝撃音が轟き、機神聖竜は大きくノックバックした。逸れたブレスが中空に消えていく。
(おいおい、俺が射線を逸らさなきゃヤケドしてたぜ? まあ、防御スキルは発動してたから、致命傷にはならんかったろうけど)
心中つぶやくアノニムだったが、初撃の威力としては文句ない。『コインの表裏』ながら、この思い切りの良さがヴィードの長所でもある。それもまたパーティーを組んでやってきて、受け入れたことだ。
メカドラゴンの巨体が、優美な身ごなしで宙に浮いた。翼から放たれる濃密な魔力が、そんな「不条理」を可能にしている。
並のモンスターなら一撃で終わっていておかしくないヴィードのスキル攻撃だったが、さすがに最終関門主相手には、挨拶代わりと言ったところだ。
「まずは地上に落とさないと、だな」
「牽制を頼める? 私とテルマとで翼を狙ってみるわ。ヴィード、長槍に持ち替えて! アノニムと連携を!」
「了解!」
「チクチクは苦手……ああ、やるよ! やって見せるよ!」
散開してそれぞれの役目にかかるメンバーたち。これ見よがしに空に浮き、頭上を圧して攻撃してくる機械の竜。
アノニムは新たに手に入れた座標軸カードを思う。あれは、ごく狭い範囲(例:チェス盤サイズ)で実験して、大量に魔力を注ぎ込む事で『三次元座標支配』も起動できる事が分かっている。しかし、あまりに「燃費」が悪すぎて実戦での使用は、まず不可能だ。しかし地上に落とす事に成功すれば、『二次元座標支配』の罠にはめる事も可能かも知れない。
(どのみち、飛行タイプの強敵攻略は、地面に引きずり落とす所から、だ!)
ロザリーとテルマを信じ、ヴィードと遅滞なく連携を紡いで行く。やるべき事は今までと変わらない。
ふと『向こう側』の、さるチーム・コーチの檄を思い出した。
『迷うな! 今までやってきた事を信じて、出し尽くせ!』
思わずマスクの下で顔を歪めてしまった。
◇
「ゴオオオオォォ……グロォオオォォォ…………」
機神聖竜の巨体が光の粒子になって消えて行く。四人の冒険者は、そのさまを言葉もなく見入っていた。やがて竜が消えた地点に逆に、金色に輝く宝箱が出現し
『時空神ナーダの試練をクリアしました。おめでとうございます! 初回達成者の皆さんには「時空の先行者」の称号が贈られます!』
ダンジョンの管理メッセージが流れた。四人は、ナタジャラムのダンジョンの初踏破に成功したのである。
皆がゆっくりと、宝箱の周りに集まってきた。大部分が仮面を付けているという変則パーティーだが、その表情に感慨深げなものが浮かんでいるのは明白だった。
と、テルマが目頭を押さえるように、顔を両手で覆った。涙の気配を感じたロザリーが、彼女の方へ歩み寄ったのだが
「……くぐっ……グゲ……ゲ……」
異様な声を漏らし、上体がグラグラと、不安定に揺れ出した。
「テルマ!?」
「離れ、デ……! ダメ……!!」
「ぬ?!」
「っ!」
突然、瘴気に近い魔力が少女の体から吹き上がった。今まで戦っていた関門主以上の脅威を感じ、収めた武器を再度構えようとしたのだが
「がっ!」
「ふぐっ!」
「おご……!」
三人全員が、一瞬で身の自由を奪われ、その場に崩れ落ちた。「視られた」だけで麻痺の状態異常に襲われる。バジリスクやコカトリスと呼ばれる伝説の魔獣並の侵蝕度である。
「テ……ルマ……」
必死に視線を向けて、彼女の相貌を捕らえれば、左目が異種属のそれに変貌していた。膨大な魔力が辺りを圧し、彼女自身の意識は既に失われてしまったようだ。
(邪眼の魔獣……!)
自分のうかつさを罵るアノニム。何者かがテルマに、寄生生物のようなモンスターを仕込んでいたのだ。用心していれば、事前に気づく機会は、あったはずなのに……!
魔獣に乗っ取られたテルマは、ゆっくりと獲物の側に歩み寄る。巣にかかった獲物に近づく蜘蛛のように、冷徹な動きだった。
◇