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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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埋伏の毒

 強くなりたい、もっと強く。あの人たちの間に立って、引け目を感じなくて済むくらいに――

 テルマがその思いに捕らわれたのは、仕方ない事ではあった。

 仮面を付けた三人の冒険者は、第三者の目から見ても逸材揃いだったし、中でもロザリーは魔道士としての師であるにとどまらず、物の考え方・戦略眼まで授けてくれて、生涯の目標とも言うべき存在になっていたから。

 強くなりたい――そして、このダンジョン攻略が遂げられた後でも、彼らと一緒に――わけてもロザリーの隣に居続けたい。

 願いを持った事は責められない。責められるべきは、いつも、人の願いを利用しようとする輩である。


 夕食後の一時、孤児院の中で、年かさの「稼ぎ頭」にあたる子たちに割り振られている個室を、一人の神官が訪ねてきていた。


「こんばんは、テルマ……」


 孤児院の個室を神官が訪ねてくるのは珍しい。珍しくはあるが、不自然と言うほどではない。何と言っても孤児院の運営母体は神殿なのだから。

 テルマは扉を少し開けて相手の顔を確かめると、部屋の中に招き入れた。……人目をはばかるような仕草に加え、彼女の表情は硬い。

 無言のままベッド脇に進むと、彼女はベッドに腰掛け、神官の男は背もたれもない丸椅子を借りてテルマと向かい合わせに座った。

 男は、貼りついたような笑みを絶やさず尋ねる。


「その後、どうですか? 施術の効果は?」


 しばらく、言いよどんでからテルマは答えた。


「……あの、あんまり違いが分からないって言うか、今ひとつって感じで。その、これから段々分かってくるのかも知れませんけど」

「そうですか……あなたは効果が現れるのに時間が掛かるタイプかも知れません。でも心配しないで。この施術はナーダ神殿内では既に多くの高位神官が受けていて、明白な魔力増強を実現していますから」

「……はい……」

「とは言え、副反応の現れ方も人それぞれですからね。何か以前と違って違和感や不具合を感じるところはありますか?」

「……気のせいかも知れませんけど、最近、軽いめまいや物が二重にぶれて見える事があります」

「ふむ、では少し紋章を調整しておきましょう。横になって、楽にしてください」


 テルマはベッドに横になり、服の前あわせの紐を解いた。鎖骨から胸の上部までがさらけ出される。神官が口の中で何かを唱え、彼女の胸の一点に触れると、紫色の光を放つ紋様が浮かび上がった。

 魔道士が能力向上のために後付けの魔力回路を刻むというのはない話ではない。しかし、めざましい効果があったという話はあまり聞かないものである。

 さらに言えば、テルマに刻まれた『紋章』は、どうもグロテスクというか、穏やかならざるモノに見えるのだが……


「調整中、眠気が出てくるかも知れませんが心配は要りません。むしろ眠っていた方が、楽に済んでお得かも知れませんよ」


 神官は少女にそう呼びかけたが、その時既に彼女の意識は失われているようだった。


 ◇


爆裂エクスプロージョン!!」


 テルマの攻撃魔法が二十四階層の関門主に炸裂する。衝撃にノックバックを起こした後、正六面体キューブが連なり合わさったその身をシャッフルさせるように組み替えて、再度四人の前に立ちふさがった。


「試して見るよん」

「深追い禁止で!」

「了解!」


 無機物が生命を与えられたかのような関門主は、キューブの配列を変える毎に耐性を変化させる難敵だった。変化が起こったと思われる相手にアノニムが魔力を籠めた打撃を仕掛け、耐性を探ろうとする。


「ゴオウアアアアア!」

「魔力は多分ほとんど通ってない! 物理ダメージだと思う!」

「僕でトドメって事だ! 落ちろ角砂糖のなり損ないっ!」


 ヴィードが大剣を振りかざす。ほとんど同時に、テルマによる敵への防御力ダウンと、ロザリーによる味方への攻撃力アップが施されていた。


 ◇


『南門司の資格を得たり。汝、進みてナーダ神の試練に挑むや?』


 関門主が光の粒子と消えた後、現れたのは大ぶりな宝箱、ダンジョンメッセージと、奥の壁が陥没し刻まれた下層への階段。

 アノニムが宝箱を解除し、他の三人は達成感と共に相当の疲労感も滲ませつつ、その作業を見守った。


「わあ……!」

「これは……」

「神殿行きね……」

(! ここで二組目か!)


 現れたのは結構な額になるであろう古代の金貨と、『座標軸カード』だった。単純に歓喜の表情のテルマをよそに、微妙な表情のヴィード、ロザリー、アノニム。しかし三人の心情は、『神殿に売るしかないか』という二人と、『これは手元に残したい』というアノニムと、全く裏腹なものだったが。


 ◇


 ダンジョンから撤退し、既になじみとなったナーダ神殿の会議室で四人は卓を囲んでいた。冒険者ギルドで二十四階層攻略の報告だけ上げて、騒がしくなる前にと移動してきた。最終階層攻略のための、最後のミーティングである。


「まずは俺から。ドロップ品のカードの売却金ね」

「はい、今回の分配、一度ギルドで済ませてるから、この分は最終階層攻略まで私が預かりますね」


 アノニムは最近、ほとんど神殿側との連絡役である。それで特に不都合もないので、ロザリーは(自動的にヴィードもテルマも)異存は無い。

 ……実のところ、このカードに関しては、アノニムは神殿の神器研究室に通さず「ネコババ」している。対価としてポケットマネーを支払い、他の三人の損にならないようにしてはいるが。アノニムとしては彼がx=∞、y=∞を書き加えて細工したカード以外が、存在しては困るのである。この先、再々度のドロップがないとは言い切れないけれども、世の中に広まるのは、できるだけ遅らせたかった。

 そんな彼の思いは知らず、ロザリーは最終決戦の計画を語り始める。


「それでは二十五階層での大まかな行動計画を確認しておきましょう。これは私の個人的な感想なんだけど、このダンジョンの関門主は何か一定の謎解きというか答えが用意されていて、理不尽な物量で相手をすり潰すようには出来ていないように感じるわ。具体的に言うと、二十三階層の関門主、一定以上に体力が減ると自動回復が始まって慌てさせてくれたけど、ほぼ同時に毒魔法が効くようになって自動回復を実質無効化できた。……ゼインズ神官長が言っていた『ナーダ神は人の知恵と勇気を試されているのであって、決して克服不能な試練は課しません』を、ちょっと信じてみたくなるわね」

「言われてみると、そんなこともあったなぁ。攻略前に、みんなで拝んでおこうかい?」

「うーん、ダンジョン暴走は、何かの手違いだと信じたいねー」

「……」


 脳天気なヴィードと少々辛口なアノニムの返しに、テルマは苦笑して肩をすくめる。ロザリーも苦笑いで応じた。


「無論、神の言わば『厚意』みたいなモノを最初から期待するわけにはいかないわ。今までの敵から考えられる障害と対策をできる限り用意して……後は今の私たちの底力をぶつけるしかないと思う。ここに来て、こういう精神論じみた事を言いたくないんだけど」

「いーじゃないか。大体君は頭で考えすぎなんだよ。最後は力を尽くしてぶつけ合う。実に結構だね」


 ヴィードの言葉に、皆、苦笑を浮かべたけれど、その笑みはどこか「仕方ないか」とでも言うような温かみが感じられた。

 唐突に、表情を硬くしてロザリーは話題を変える。


「あと、注意しておく事があるわ。最近噂の誘拐・失踪事件。仮面をかぶったりして素顔を隠して活動していた冒険者や傭兵が、突然失踪する事件が続発しているそうよ」

「ああ、噂には聞くねえ。ギルドに行くと一回は語り込まれて『気をつけなよ』って言われるよ」

「何でも、もといた街から何千キロも離れた場所で、動機不明のテロ事件起こして死んでいたと後から分かった。そんな話も聞きました」

「おお、テルマも気に掛けてくれてたのかい? 俺たち三人だけ関係してるっぽい話なのに」

「そんな、当然ですっ」


 四者それぞれ温度差はあれど気にはなっていた噂だった。特にアノニムにとっては……何とはなしに背後にトラヴァリアの影がちらついて見える話である。


「もしもそんな事を専門に請け負っているような誘拐業者が仕掛けてくるなら、返り討ちにしてやるつもりだけど、油断しないで行きましょう」


 ロザリーの締めに全員うなずいた。その上でアノニムは考える。『誘拐屋』がいるとして、自分たちに仕掛けてくるのはどのタイミングだろう? 少なくとも、ダンジョンの二十五階層への挑戦資格からすれば、戦闘終結までは外部から手は出せないはずだが。

 後に、この思い込みが正に『思い込み』でしか無かった事を、痛感する羽目になる――


 ◇

間が空いてすみません。少々体調を崩してしまいました。

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