ソルヴェクの手記(後)
ダンジョン都市ナタジャラムは、予想外ににぎわっている街だった。数ヶ月前にダンジョン暴走騒ぎがあったばかりだというのに、少々意外だ。聞き込みを続けると、どうも運送業者中心にナタジャラム詣でが始まっており、理由は『異空嚢』の機能が部分的に解明されたことにあるらしい。ダンジョンのドロップ品ほどの性能はないものの、通常の一・五倍の容量を持つ運搬箱や、時間経過が遅くなって鮮度を保つ樽などが試作されつつあるという。私の本来の仕事じゃないものの、こんな情報を逃して海運国マホロは生きていけない。至急便で本国に送っておいた。
噂の「仮面冒険者」たちは三人。パーティーを組んでいるのだがパーティー名を決めていないという。めんどくさがりなのか。それでも、このままのペースで進めばナタジャラム・ダンジョンの発踏破は確実と辺りは盛り上がっている。……外野の期待って言うのはいつも気楽で無責任なもんだねえ。ともあれ、彼らは同じ宿兼酒場に投宿していると聞き込んで、様子を見に行く事にした。
彼らはあくまで私の目的からすれば「餌」でしかないのだけれども、一通りナタジャラムの街中を探った限りでは「誘拐部隊」の痕跡は見つけられなかったし。「誘拐部隊」は、まだ来ていないのか、それとも用心深いのか、そもそもこの「餌」は、彼らの気を引く価値があるかどうか? 酒場で楽士のまねごとをやりながら「仮面冒険者」たちを待つ。
「おお、楽士が入ってたの? いいじゃない、にぎやかで」
「珍しい楽器ね? リュートとは違うのかしら?」
「……お帰りなさい、ヴィードさん、ロザリーさん。すぐ夕食にしますか?」
「うん、いつもの席へ頼むよ」
なめらかな身ごなしの威丈夫と、ローブをきっちり身にまといつけた女が酒場に入ってきた。
ほぉう……これは……悪くない。男は剣士、女は魔道士。ランクA相当はあるだろうか。二人ともまずは「実力者」を名乗って恥ずかしくない冒険者だ。スキル構成によっちゃ、侮れない大物食いにもなれるだろう。こういう子たちが、なんでわざわざ顔を隠したがるのかねえ? ともかく、「餌」としては申し分なかろう、と思っていると、夕食を済ませた女の方が話しかけてきた。
「ごきげんよう、楽師さん。あなた、ひょっとしてアノニムのお知り合い?」
「あら、ご丁寧に、お姉サン。それは初めて聞くお名前ネ」
「……私たち、こちらの酒場の上に宿をとって、もう半年以上になるのだけれど、一度も楽士が寄りついた例しがなかったの。よければここで演奏してみる気になった理由を教えてもらえるかしら?」
……なかなか鋭い子だけど、私も隠蔽スキルと人格の使い分けにはちょっと自信がある。生なかの鑑定系スキルでは見破れないよ?
「考えすぎじゃないかなぁ、お姉サン。『初めて』ってことは、何にだってあるものヨ? その度に疑っていたら眉間にしわが寄っちゃうヨ?」
「…………」
きゃらきゃら笑いながらの返しに、彼女は無言で一礼をすると立ち去っていった。ふう、なるほど。ああいう用心深い子がついていれば、ますます「餌」として上等だわ。
それから一時間ほど経っただろうか。今日はもう残りの一人には会えないかと思っていたら、来た来た、帰ってきましたよ、黒一色のマスクを付けた小柄な……成人してあまり経っていない感じの男の子が。
こちらを見て何か考え込んでいるみたいだったけど、突然、「黄布の礼」の装いをとって、オカリナを吹きながら演奏に入ってきた! ちょっとびっくり! おおっとぉ、シロウトじゃないね! 合わせる所は合わせるし、アレンジする所も聞かせるし! 久しぶりに楽しい即興だけど……それはそれとして、あなたの『素地』を見せてもらうわよぉん。
……何これ……何という……魔力量!! ……エコーが響き、跳ね返ってこない? どういう異空庫反応よ!! 何をどうすればこんな能力を授かるっていうの?! 何れかの神の加護は感じるけども、むしろ弱い。こんな権能とでも呼べるような力が込められた加護ならば、それはほとんど『神徒宣命』レベルのはずなのに。これは……こんな能力と加護のあり方は矛盾してるわ。何者なの、あなたは?!
内心の動揺を、表層に漂わせている人格に影響させないようコントロールするのに苦労した。酒場の給仕の娘が割りこんできたのに乗じて、やや強引に話を打ち切ってその場を後にした。危ない危ない。ああいうの、どんな識別スキルを持ってるか判ったもんじゃないわ-。ふう……ちょいと深入りしすぎたかしらね。
でも……あの三人、確かに「餌」としては最上級といえる。あんな使い手を手駒に加えられたら、笑いが止まらないだろうさ。食いついてくるのは、かなーり確率高いと思うねえ。
それどころか、ホルトミルガー公爵ご執心の『ザルトクスの悪魔』ってのは………………ひょっとして、そういう事なんだろうか……
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