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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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「前進」が呼ぶ影


「滅! よおし、良い感じではないかっ!」

「おう、テルマ、メガラプトルの足止めサンキューな。あれがなかったら何匹か逃がしてた」

「ほんとね、でもあなた、『足がらみ』使えた?」

「はいっ! いえ、その、戦闘中に、急に呪文が閃いて……。必要魔力コストも高くなかったのでやってみました!」


 テルマは、パーティーの連携と同時に、急速に自分自身のレベルも成長させていった。

 この世界には確かに『レベル』か、それに類する階梯ヒエラルキーがあると思う。ただそれをハッキリ確認する手段が明示されていない。ある人物の『スキル』や、特定の神・精霊による『加護』は、『鑑定』系のスキルを持った人物からは見えるというのだが、一律に『ステータス』を表示してくれるような場所というか機能が無いようなのだ(ここら辺、かつてミュシャ神殿で、かなり苦労して説明し、判った事なのだが)。

 「こんな風に、人の能力を見る事が出来たら便利だと思いませんか?」と、アノニムが書いて示した仮のステータス表を見て、エリス神官長は「……それが可能だとしたら、それは神の眼としか思えぬよ」とため息をついていた。

 閑話休題、こちらの世界でも、多分レベルはある。しかし「経験値○○で一ランクアップします」とかのアナウンスが在るわけではなく、相手と自分のレベル差は、相対してみて直感的に感じるしかない漠然としたものでもある。

 とはいえ、恐らくテルマは、今現在急速に実力を伸ばしている。戦闘中に新たな呪文を体得している事がその証だ。

 場所は九階層、『竜ののど首』が終わる辺り。たまたま鍛錬に都合が良かっただけなのだが、縁があると言えば奇妙に因縁のある場所だ。


「ここまで来たんだ。テルマに新たな地平を見せてあげよう」

「うーん、見せるだけなら」

「そうね。本格的に十階層で狩りを始めるには準備したいモノがたくさんあるわ。徘徊型の敵にあっても戦闘は禁止。いいわね?」

「はいっ」

「うーす」

「なあ、相手次第……分かりました……」


 物足りなさげなヴィードが、ロザリーの一にらみで引き下がる一幕もあったが、四人は十階層への階段を降りていった。


「ふわあぁ~~……」


 『万騎平原』と、その中を悠然と背を揺らして行く大型モンスターの姿に、テルマは思わず感嘆の声を上げる。アノニムが『穏形』スキルを発動してパーティーを隠しているから、よほど挑発的な行動を取らない限りモンスターに気づかれることはない。

 体高五m以上はある装甲サイや灼熱アリクイが概ね単独で生息しており、先のダンジョン暴走時から、ようやく通常のモンスター分布に戻ってきた感じだ。

 飽きずに辺りを眺めていたテルマが、ぽつりとつぶやいた。


「私……ダンジョンに憧れていました。孤児院に預けられてたから、たくさんお金を稼いで恩返しするの、冒険者になるくらいしか無かったのも事実ですけど……見た事ない景色、行った事ない場所に行けるのって、ダンジョンが一番手っ取り早かったですから」

「そう……」

「荷物持ちから数えると、結構長い事潜ってきたはずなんですけど、私、ようやく、中層に来たんですね……」


 感慨深げに平原を見渡す少女。その姿に、滅多に無い事ではあるがヴィードの思いつきに従って良かったと思う、ロザリーとアノニムだった。


 ◇


「あの……今日はありがとうございました。ここまで、送ってもらっちゃって……あの、ホントにいいんですか? 私なんかに等分なんて」


 場所は孤児院前。地上は夕刻である。

 ダンジョンを出てギルドに向かい、ドロップ品の売却と分配を行ったのだが、当然と分けられた四等分の報酬に、テルマはかえって恐縮してしまった。対等な関係でパーティーを組んだ以上、それは当然だからとロザリーが説得したのだが、その後も、普段持たない額の現金を持っておっかなびっくりと言った様子が危なっかしくて、「ちょっとそこまで一緒に行こうぜ」と、アノニムが声をかけた。孤児院までの道を、四人でだべりながら歩き、ようやくテルマの緊張もほぐれたようだった。


「それはもう言いっこなしよ。さ、お行きなさい。明日は装備の更新とイメージトレーニングの予定よ。ゆっくり休んでね」

「はいっ、では、また明日!」


 振り返り、孤児院の門へ駆けていった。きっと今日の冒険の成果を語って聞かせたい「家族」がいるのだろう。

 三人もまた、宿への道をたどって行く。


「予想外の人材だったわ。こんな短期間で、しかも『弱体化デバフ』呪文を身につけるなんて。イメージトレーニングの成果が楽しみでしょうがない」

「珍しいね、君がそこまで入れ込むなんて」

「私もそろそろ優秀な助手が欲しいのよ。手の掛かる弟役だけじゃなく、ね」

「う……」


 あんまりいじめてやるなよ、ヴィードだってずいぶんと戦い方が進化してきてるんだから。パーティーリーダーと実質リーダーのやり取りを聞きながら、アノニムは考える。

 『弱体化デバフ』か。確かに予想外の成長だ。当初のスキル構成通り『火』と『風』呪文でダメージを稼ぐなら、魔力の消耗も大きかったはず。テルマ自身の相当な『経験値稼ぎ』に類する育成が必要になったろう。しかし補助系の魔法は直接ダメージを与えるものより消費魔力が少なくて済む。これは、育成のための足踏み期間は最小限で済むかもしれない。

 ナタジャラムのダンジョンの最深層は、二十五階と言われている――


 ◇


 豪奢と機能美が均衡を保った執務室で、卓に向かう神経質そうな初老の男と、後ろに控える執事と。

 この世界の技術水準からすると、規格外に大きなガラス窓から日の光が差し込み、部屋の中は人工の光が不要なほど明るい。魔道具方面に金を掛ける貴族も多いが、これもまた己が財力を誇るやり方である。まるで「上級貴族の生活」を絵に描いたような光景だった。

 トラヴァリア王国の重鎮、ホルトミルガー公爵は、贅好みと吝嗇とが同居したような、と評される事がよくある。宮廷内催事をそつなくこなし、特定の派閥に偏りすぎる事もなく、冠婚葬祭こまめに顔を出し、ハンカチで目元を抑えてみせるが、一滴の涙も見せた事はない――と。

 いわゆる傲慢な人物ではない。人当たりが良く、敵を作らぬよう宮中を泳ぎ渡るが、自派の権益は決して手放さず、同国貴族内で利害対立があれば、相手勢力の病気や突然の不幸など、不測の事態で終幕となることがほとんどであった。

 聖教会での礼拝は欠かさず、自分自身を慈悲深く善良な人間と思い込んでいるが、自分の出した指示の先で傷つき死んで行く者の事は考えられない。そういう人物である。

 朝食後の一時、彼は卓上に軽く小山を作っている書簡に目を通している。一通、際だって派手な装飾の封書があった。それを目にした公爵の眉間に微かにしわが寄る。少々のためらいをはさみ、封を開け、これまた華美なデザインの便せんに目を通した。吐息をつき、書を畳む。


「……もう使い潰したのか……あまつさえ、次のおねだりとは。私はエリザベートさまの奴隷請負人ではないぞ!」


 漏らした言葉に憤懣が籠もっている。控えていた執事が心得ているとばかりに応えた。


「……心中お察しいたします。しかし、エリザベートさまにはウエルシュ卿がついており、『マホロを我が方へ』との主張は、賛同する者も多うございます故……」

「判っているとも。しかし、元はと言えば、あくまで我が方の捜索のついでに、と言う話だったのだ。それをエリザベートさまへの私兵供給のためにやっているようにとられては、本末転倒のうえ、ただ働きをさせられているようなものだ……!」


 答えているうちに感情が高ぶってきたのか、紅潮した顔色で、やや荒々しく封書を確認して行く。と、一通の書に目がとまった。


「ほうこれは……中層到達……まだ早いな。いや、下準備を考えれば、その程度は……」


 書面を卓に置き、アゴをひねって考え込む。


「ナタジャラムというと、最近なにかあったな?」

「は、ダンジョン暴走が起きたと伝えられ、その後、大事なかったと。また、あの都市のナーダ神殿に当家から研究名目で出資しております」

「では、それなりの手づるもあるか……メズに伝えよ。仕事だとな」

「はっ」


 命を受けた執事は退室し、隣室で待機していた者と交代した。

 そちらには一瞥もくれずに、公爵はブツブツつぶやく。


「……仮面を付けた者、三名か。いい加減、当たりがあって良さそうなものだ。……あれ以降、生き残っているならば」


 そうでなければ、自分のやっている事が、本当に『出戻り王女』への貢ぎ物で終わってしまう。自分の想像に、ホルトミルガー公爵は軽く身震いした。一方的に損益を被る事は、彼の最も嫌う所である。


 ◇

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