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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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四人目の少女


「神官長……神官長……ゼインズ様……!」

「ん……むにゃ……え? トラフくん?」


 侍従に揺り起こされ、ゼインズはソファーで寝込んでいた事に気づき、飛び起きた。


「神官長……お一人でお客様を投影室に案内されるなど、心配になって来てみれば」

「え? ええ? いつの間に、こんな」

「……よっぽどお疲れだったのでしょう。一通り説明された後、『少し休ませてください』と言われて、もうぐっすりと」

「えええええ! そんな無礼なマネを!」


 冷や汗を流す思いでアノニムに頭を下げるゼインズ。仮面の男は笑って水に流すと誓ってくれた。

 「水に流す」……いい響きの言葉だ……何やら、胸の内がすぅっとするような……


「やはり、お疲れだったのですね。休まれて大変お顔の色がよくなりました」

「ふむ、そうかな?」

「俺も、顔色よくなったと思いますよ」


 確かに……気分が良い。胸の奥底に溜まっていた物が、きれいさっぱり取り除かれたような気持ちである。

 それと同時に、アノニムに「あちら側」の世界の事を問いたい気持ちがあまり起きなくなってしまった。……考えてみると変だな?


「それでは今日はこのへんで失礼します。今度は神官長がお疲れでない時に」


 やんわりとしたウィットを交えた辞令を残し、立ち去ろうとしたアノニムだったが、


「あ、アノニム殿、忘れるところでした。是非ともお願いしたい検証がありまして」


ゼインズに食い下がられてしまった。本当に、くみし易いんだか、し難いんだか、わかりづらい男である。

 『投影室』中央の投影台下から、何やら台上に据えられている投影機そっくりなものをもう一つ持ち出してきて、アノニムに手渡した。


「見ての通りの星座投影機なのですが、中身が変わっておりまして」

「中身? どういう事です? 天体……星以外に何が」


 ゼインズ、顔を寄せてささやく。


「私の〝四象眼〟はこんな注釈を告げています。『異界の神話が支配する』と。確かに星の配置自体は同じようなのですが、そこに何か……物語と言うか、強い指向性を持った魔力が秘められているように思います。詳しくは、ご自身で確認されてください」


 ポン、と、無造作に手渡された。断る事などあり得ないと言いたげな笑顔である。


「…………」


 そしてアノニムも、抑えきれない好奇心を感じていた。衝動と言い替えてもいい。自分の愚かさに、思わず吐息をつく。


「……解析の是非は、お約束出来かねますよ」


 そう、予防線を張ったのだが


「ええ、長期間になるのは覚悟の上です。なんなら無期限貸与という形でもかまいません」


あっさり言い切られてしまった。


 ◇


 神殿を出ると、隣り合った建物の方がいつもより騒がしいのに気づいた。あちらの施設は、確か……


「がんばれー!」

「行けー! そこだー!」

「おっと、残念。もう少しだったな!」


 子供の声に混じって聞き覚えのある声が。思わず広場に出来ていた人だかりを目で探ると、マスクを付けた威丈夫の姿があった。


「ヴィード?! ちょっと失礼!」


 ひと言残して思わず駆け寄る。仮面剣士は何を思ってか、孤児院の子供らに混じってチャンバラごっこに興じていた。……いや、子供たちからすれば「真剣勝負」なのかも知れないが。

 ヴィードもアノニムに気づき、木の棒を振る手をとめた。


「おお、アノニム。そういや神殿に行くって言ってたな。用は済んだかい?」

「ああ、まあそっちは済んだ。お前は一体、こんな所で何してんだよ?」

「……勧誘よ。有望な人材がいないかと思って、ね」


 斜め後ろからロザリーの声がした。振り返ると、一人の少女の肩に手を回して立っている。


「成果はあったわ。テルマ、挨拶なさい」

「はいっ、テルマです! 姓は、ありません! 頑張って、皆さんのお役に立つようになって見せますっ!」


 歳の頃は十三~四と言ったところか。浅黒い肌に、東方系の顔立ち。恐らくは流民の子なのだろう。……アーモンド型の眼差しから、つい妹の千秋を連想したが、急いでその想念を振り払った。


「おお……アノニム殿の、パーティーメンバーですか? それで、テルマを! 素晴らしい! それは何よりです!」


 追いついてきたゼインズ神官長がやたらと感激している。ロザリーは如才なく相手を見定め挨拶を交わした。


「初めまして、ゼインズ・ナーディ・フランジス神官長。私はロザリーというCランク冒険者で、そちらのアノニム、ヴィードとパーティーを組んで活動している者です。この度こちらのテルマ嬢をパーティーに迎えたく思い……」

「はい、はい、願ってもない事です。テルマは実力はあるのにパーティーに恵まれず、ずっと不遇な扱いだったのですよ……」


 ……端から見ていると、まるで親と求人斡旋業者の会話であった。実際、内実も似たようなものか。

 ロザリーが魔法職を欲しがっていたのは知っていた。と言うか、全体的に三人体制では手が足りないと感じてはいた。しかし、新規にメンバーをギルド経由で募集しても、今までの評判があってはかばかしい成果は望めない。そこで、実力に比して低い評価を受けがちな、孤児院出身者に目を付けたと言うわけらしい。

 ヴィードの周りでは年少の男児たちから「いいなー」「兄ちゃん、オレもパーティーに入れてよ」などという声があがる。彼らの年齢では、冒険者は己の才覚で一攫千金、のし上がっていける『夢』そのものなのだ。ヴィードは「もう少し体が出来てからな」などと言っている。……実際、今はそうとでも言ってなだめておくしかないだろう。


「アノニム……事後承諾のようになってしまったけど」

「いや、ロザリーの目を信じるよ。初めまして、俺はアノニム。パーティーの偵察中心に何でも屋だ。よろしくな」

「はいっ、よろしくお願いします!」


 少々過剰なまでの気合いを感じる返事だった。この子もこの子で、今までの事情を抱えているのだろう。

 早速、明日からのダンジョン探索を約束して、その日は別れた。三人一緒に宿へ向かう。


「正直、意外だったわね。神殿のトップが孤児院の一人一人を覚えてるなんて」

「他の子もかなりいい体格をしていたよ。ああいう孤児院は珍しいな」

「……」


 恐らく彼の前世故なんだろうなと思うアノニム。もちろん口に出しては言わない。


「……あの子の冒険者ランクはE。もうすぐDに上がれるはずと言う話だったわ」

「おっとぉ、あっという間に抜かされちゃうか」

「Eでなきゃならない理由がないなら、いい加減上げとけよ」

「それと、これは言っておかなくちゃならないわ。魔法適正は火と風、土は中程度、水は微弱。回復魔法の適正が見られない」

「……ああ、それでか」


 孤児院出身者は様々なハンデを負わされがちだが、神殿附属の孤児院出身だと、魔法使いは真っ先に『回復魔法』を期待される傾向がある。なもので、その期待から外れた者は実際以上のハズレ扱いをされる場合が多い。


「……あの子の前で口を滑らせたりしないでね」

「気をつけるよ」


 心に刻みつつ、彼女の「育成」をどう進めていくべきか。概ねロザリーが計画しているだろうとは思いつつも、頭の片隅にとめおくアノニムだった。


 ◇

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