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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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渇望の理由


「……変わった事を言われますねぇ、フランジス神官長。なるほど、確かに見覚えのない星の配置。おまけに何やらこの場全体が魔力を帯びているような。これは何とお答えすれば良いのか見当がつきかねますね」


 意図的に、堅めの声音で答えを返した。「普通、こういう扱い受けたら警戒して当然じゃね?」というメッセージである。ゼインズにも伝わったようで、続く言葉は謝罪から始まった。


「済みません、不意打ちですよね、アノニムさんからすれば……。しかし、この神器、決して悪い影響を与えるものではないはずです。私自身や他の者も、何度か稼働させて試して見ています。皆、特に変わった事はないと言っていました。……強いて言えば、やたらと故郷での出来事が思い出された、と。それだけです……」


 故郷での出来事ねぇ。……そう言えば千秋が裕太と科学館に行ってきたって話をしてたな。プラネタリウム、面白かったって。……いかん、こんな回想も、この場の魔力のせいなのか?

 アノニム――トモヤの思いをよそに、ゼインズは彼の回想を語り始めた。


「この神器は、ずいぶん昔に見つかっていた物なのですが、近年ようやく使用方法が明らかになった物です。このように。建物の内壁に投影すれば、それが夜空・星空なのは一目瞭然なのですが、星の配置が……誰も見た事がないものでした。今では『神界から見える星空ではないか?』という意見が有力です……しかし」


 ゼインズはドーム内壁に映された夜空の一点を、迷いなく指さして


「私は、この夜空を見た覚えがあります。全てを覚えているとはとても言えませんが、あの、柄杓状に並んだ七つの星は、はっきり覚えています。隅の一辺を延長すると、周天の中心に近い星を探せる……そんな事まで覚えています……」


 彼の言葉に衝撃を受けながらも、とっさにアノニムは考える。どういう事だ? この人物は『転生者』なのか? 仮にそうだとして目的は? 俺の正体に気づいてのアプローチなのか? ……

 まずは自己の保身を優先させるべきかと『役割演技ロールプレイング』の幻術を起動させようかとも思ったのだが、先に自分の秘密を明かした相手に術を使うのはためらわれた。

 まずは嘘をつかない範囲で煙に巻けないものか。


「……不思議なお話ですね。伺った限りでは『賢者イマーム』の話を思い出します」


 それは『転生者』説話の中では一番よく知られている昔話だ。東方諸国連合の辺りで生まれたイマームという少女。ある時自分が異世界で生きていた記憶がある事に気がつく。そしてイマームは異世界の知識を用いて様々な問題を解決し、皆に賢者と崇められ、幸福な第二の人生を全うした……そういうものだ。色んなバリエーションと類似の物語が知られている。

 闇の向こうから帰ってきたゼインズの答えは、苦笑の気配があった。


「残念ながら、私の記憶はイマーム師ほど明確ではないんですよ。それに思い浮かぶのは『風景』の場合がほとんどでして。……一例を挙げるなら、どこかの『都市』だと思うのですが、天に届くような建物が、てんでばらばらの形に建てられており、鉄の箱が自分で地を走り、鉄の鳥が空を飛ぶ……奇怪、奇天烈としか言いようのない世界です」

「…………」


 どうやら、この人物が『転生者』である事は間違いないらしい。

 極めて珍しい『異世界転移者』に較べ、異世界で天寿(その天寿が本人的に納得いくものだったかは別として)を全うした後、こちら側の世界で別人として生まれ変わる『異世界転生者』は、相当数存在するはずだという。ただ、基本的に前世の記憶を持って生まれるのは、極めて稀だ。検証できる歴史記録の例も、『転移者』と比較して同程度という。『賢者イマーム』の物語も、歴史資料として取り扱うのは無理があるというのが史家の定説だ。


「アノニムさん、あなたが、顔を隠して活動されているには、それなりの事情があっての事と推察します。いえ、それを抜きにしても、人の過去を暴くという行い、どんな意味でも誉められた行いとは言えないでしょう。それを承知の上で、お聞かせ下さらないでしょうか? あなたは、かつて私がいた世界の事をご存じなのでは?」


 ゼインズの口調は哀願に近く、ほとんど必死の様子に感じられた。そんな彼に、拒み続ける事は困難と感じつつも、なぜそこまでという「疑義」に近い感情も湧く。だってゼインズさん、あなたは――


「なぜそこまで前世にこだわるんです? それはもう、終わった事。今のあなたは、一つの教団を代表する立場にあり、多くの方たちの信頼を得ている。立派な人生じゃないですか。それが、なぜ……」


 ふらり、と、プラネタリウムの光源の側に立つゼインズの上体が揺れる。下方からの光に照らされた彼の顔は、ひどく不安げで弱々しく見えた。


「……わかりません……ただ、突然不安になるのです。自分が、やるべきことをやらずに、あの場を去ってしまったような……だからこそ、あの奇妙な都市が、自分がいるべきだった場所に思えて……たまらない気持ちになるのです……」


 アノニムは、ようやく自分に何が出来るか、何をすべきかが判ったように感じた。辺りに漂う『過去への誘い』の魔力を借りて、『役割演技ロールプレイング』の幻術を起動する。確信は魔法という『心の技』に力を与えるのか。アノニムはゼインズ自身も意識していなかった古い記憶の中へ、分け入って行く――


 ◇


 薄暗いアパートの一室。饐えた匂いのする今の片隅で、その少年は横たわっていた。歳の頃は五~六歳か。栄養不良で実年齢が判りづらかったが、小学校入学前に思われた。


『お母さん、早く帰ってこないかなあ……』


 全身、異様に痩せこけ、衣類は薄汚れていた。しばらく前から立つ力を失っており、彼の周りの畳は小便がシミになっている。「彼」が放棄されて相当な日数が立った事は、一見して明らかだった。

 もういい、もういいんだ。待つのは終わりだ。誰か人を呼べ。這ってでも玄関まで行き、大人の手を借りるんだ。


『だめだよ……だってお母さん、他の人が来るの、すごくイヤがるもん……』


 そうか、それで助けを呼ばなかったのか。そして、待ち続けた。待って待って、全てが終わってしまったその後は、待ち続けられなくなった事が『罪悪感』となって残るほどに。

 でも、さあもう終わりだ。こんな事はなかった。君が捨てられるなんて事は、起きなかったんだよ。

 ガチッ、ガタン。ドアの鍵が開けられて、彼女が帰ってくる。


「ごめーんねぇー、博ぃー、遅くなっちゃって……でもほら! 戦利品いっぱい! あははは」

「おっそいよー、もーお母さーん。待ちくたびれて三周もしちゃったよ!」


 水商売風の母は、疲れの色も見えたが、一人息子に向ける笑顔は曇りのない温かさに満ちていた。抗議する子も、本気で怒ってはいない。狭い部屋に最低限の調度品。しかし、そんな暮らしの中のあちこちに、日々を心地よいものにしようというアクセントとアレンジが感じられる。

 そして二人はつかの間の団らんを味わう。スーパーの値引き品だらけだけれど、それは掛け替えのない一時だった……

 例えそれが、既に起こってしまった現実と矛盾する幻であっても。


 ◇

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