カルチャーショック?
「同じ? どういう意味だ? 敵の攻撃を耐え忍ぶのと、躱すのが同じとは?」
「えーとね、個人の行動じゃなくて、パーティー内の役割としては同じという意味なんだ。つまり、敵モンスターの攻撃を自分に集中させて、他のメンバーに向けさせない、その役割に於いて、同じだ。攻撃を受け止めるか躱すかは、どっちでもいい」
「……つまり、全く対照的に見えても、役割を果たす手段の違いに過ぎない。本質的には同じという捉え方ね。ずいぶん思い切った抽象化だけど、納得できる面もあるわ」
場所はダンジョンの九階層。早速パーティーを再起動させた三人は、順調に攻略を進めていた。……正直、「暴走」が収まって間を置かずにダンジョンに潜りだした彼らを見る周りの視線は、『戦闘中毒症』に向けられるソレだったが。
それはさておき、さすがに敵も手強さを増してきた。連携を、より高度に……具体的には、防御役、攻撃役、回復役といった役割と、それを場面に応じて各メンバーが自主的にスイッチさせる立ち回りをアノニムは提案したのだが、途端に二人は混乱してしまった。まあ、さすがにロザリーは回復しつつあるが。
(……いきなりゲーマー的な物の見方は、ちょっとハードル高すぎたかなあ)
遊戯だからこそ許される抽象論と言えば、まあそういった側面はある。この世界で生まれ、修行して技を身につけてきた者にとっては、誇りも思い入れもあって当然。「目的は同じだから」で、ホイホイ交換できるという考えに抵抗を感じるのが自然なのだ。
……やはり急ぎすぎたかな。まずはヴィードとタンク・アタッカー役の入れ替え練習から進めてみようか。
それから数度戦闘をこなした。「暴走」が終息すれば、九階層はグランドラプターや蛇食いモアなどの、地を駆ける大型鳥類モンスターの出現ポイントである。ある時はヴィードが盾職として前に出て、アノニムが『魔法剣』に近い接触ダメージスキルで相手を倒し、またある時はアノニムが避けタンクとして相手を留めている間に、ヴィードが剣技スキルで相手を潰して行く(この頃になると、素の剣撃だけではトドメを刺すのは難しかった)。練習中のパターンとしては、悪くない殲滅速度だと思われたが……
「……違っていてもいい……役目としては同じ。……では、僕だって、……と、違っていていいのか……?」
一戦終える毎に、ヴィードは何やらつぶやいて考え込んでいる。『オレ、そこまで思い悩むような難題を与えちゃったかなあ』などと考えていると、そっとロザリーがささやいてきた。
「どうか長い目で見てやって。ヴィードにとって、長年悩んできた事が、意外な形で切り込まれた。そんな状態なんだと思うわ」
「ああ、それはまあ、もちろん」
何に悩んでいるかは知らないが、「そんな戦い方、認められるか!」とか、拒否されるよりはずっといい。
しばらくして、『竜ののど首』手前の広場に出た。ほんの数日前の出来事だったにもかかわらず、あたりには惨劇をうかがわせるような痕跡は一切残っていなかった。ダンジョンとはそういうものだし、また
「……キレイに片付いちまったもんだな」
「そりゃあ、俺たち『地上組』が翌日からアイテム回収に駆り出されたもの。『ネジ一本見落とすな』って念押しされたよ」
「精算と、ギルドメンバーの貢献度査定が終わったら現金分配するって話だけど、まあ期待しないで待ちましょう」
「見通しはいい場所だから、一休みしていくか?」
「……どうする?」
「そうね、そうしましょう」
実のところ、この場で『集団自殺』に近い光景を見た二人にとっては、あまり気分のいい場所ではない。アノニムの提案に、ヴィードはロザリーを慮る様子を見せたが、彼女は敢えて過去のイメージを切り捨てるようにその提案を呑んだ。
手早く火をおこし、茶を入れて配るアノニム。何をやらせても器用な男だ。そんな彼を、ロザリーはカップを傾けながら眺めていたが、
「アノニムは……『万騎平原』までの偵察には出たの?」
「ん? ああ、やりたかなかったけど、任務だったからしょうがない。確かCランクの奴と組まされて行ったよ。必要な距離まで接近仕切れなかったんで、全体の数までは確認できなかったけどね」
「……そう……」
「何か、気になる事でも?」
「いえ、訊いてみただけ」
実際、ロザリーにもハッキリとした懸念があったわけではない。ただ、アノニムが……モンスター軍団と開戦前に接近し、戦い終わった後も「後始末」に携わった。それがあたかも、入口と出口のように、一組の事物のように感じられたのだった。――こういう人物が、心に浮かんだモヤモヤを明確に言語化出来るようになると、いわゆる「天才軍師」などと呼ばれるのだろう。
その日はそのまま『竜ののど首』を突っ切って、十階層の平原を様子見だけして引き上げた。モンスターの数はまだ以前のレベルまでは戻っていないように見えたが、さすがにそれまで相手にしてきた連中とはサイズが違っていたので、装備を換えての出直しと決めたのだった。
帰り道、ヴィードはやたら細かく状況設定を変えて戦闘パターンを提案し、アノニムに質問してきた。別に嫌みや当てつけではなく、本気で彼の「抽象化された(ゲーマー的な)戦術」が知りたいらしい。それが伝わってきたのでアノニムも辛抱強く(どう答えたら上手く伝わるか、これが難しい……)答えていった。ひとしきり質問し終えると、今度はロザリーに「僕は変われるかな? 変われるかもしれない!」と昂奮した様子で語っている。まあ、得るモノがあったのなら結構な事だ。
再開され、改めて部屋を取った酒場兼宿屋に着くと、珍しく女将が声をかけてきた。
「やーっと帰ってきたねえ、アノニムって確かアンタだろ? 手紙を預かってるよ」
「手紙?」
誰から……と口にしかけて、封筒に押された封蝋の印章に気づいた。ナーダ大神殿からである。
「ありがとう、女将さん」
「面倒事は起こすんじゃないよ、まったく。他の連中は大人しくしてる最中に、潜らなくてもよさそうなもんだよ」
小言をかわして部屋に逃げ込む。まあ実際、他の冒険者の大多数は「暴走」事件の分配金を頼りにして、しばしの骨休めをしている者が多かった。――「勤勉は美徳」は、こちらの世界であまり同意は得られないお題目らしい。
ナーダ神殿の封印をはがし、半ば中身を予期しながら開封すると、案の定、
『……御身を信頼して預けておいて、煩わしい事とは存じますが、私どももなにぶん、期限を定めて成果を求められており……』
神官長ゼインズの困り顔が見えるような一文が綴られていた。
◇