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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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日常へ


「はい、並んで並んで-。順番だよ-。慌てなくても十分あるから、ケンカしないでねー」

「おケガなさってる方はこちらへー。軽治癒ライトヒール無料で行ってますー」


 場所は地上のナーダ大神殿、その前の広場に仮設された配給所・救護所である。疲れた表情の冒険者たちでごった返していたが、それでも生きて地上に戻れた明るさが感じられる。ダンジョンから解放された彼らは、一時の休息と癒やしを享受していた。


「相棒がいるんだけど、二人分もらえるか……って、アノニムっ!」

「おお、ヴィード、無事か! 二人分って事はロザリーもだな! めでたい!」


 配給所を訪れたヴィードは、そこでばったり懸案の人物と遭遇した。そんな彼にシチューとパンの配給セットを二人分、手早く盛りつけて手渡す怪傑ゾ□マスク。


「お前、今までどこにいたんだよ。これでも心配したんだぞ?」

「おい、にーちゃん、こんな所で話し込むなや!」

「ああ、失礼」


 後ろに並んだお疲れ気味のおっさんにどやされ、トレイを両手に持ちながら律儀に背後に謝る仮面の威丈夫。そんなヴィードに好感を抱いたのか、一緒に配給を手伝っていた近所のおばさんたちが「ちょっとの間ならまかせろ」と、二人に話をする機会を作ってくれた。


「俺は見ての通り、地上で後方支援業務さ。副ギルド長に見限られちまってね」

「お前がか……勝手に引っぱっていってひどいな」


 そのまま二人は別れた後の事を話し込みそうになったのだが


「おっと、いかん、シチューが冷めちまう。早くロザリーに持っていってやんな」

「あ、ああ、そうだな」

「俺、もう二時間くらいしたら上がりだから、その後話せないかな?」

「ああ、いいぜ、二時間後に、正面入口でいいか?」

「おう、じゃ、その時に」


言い交わして一旦別れた。

 配給セットのトレイを持ってロザリーの元へと急ぐ。

 ふと、アノニムとのあっさりした別れが思い出された。


『……これっきりって事は、ないよな?』

『ああ、もちろん』


 そんなさもない会話が、きちんとかなえられた事が、妙にうれしかった。


 ◇


 数日後、ナーダ大神殿神官長室に、冒険者ギルドと神殿側の代表数名とが対面していた。


「それではギルド長、お確かめください」

「はい……確かに」

「ふう……これでようやく一区切りついた思いがしますな」

「はは……たしかに。ですが、よろしいので? これだけの額を支払っていただくと、神殿側に、余り『実入り』は残らぬような……」

「いやいや、何をおっしゃいますか」


 冒険者ギルド長の探るような視線を、神官長ゼインズは手を振って遮った。


「今回の暴走スタンピードは災難に近いものでしたが、その結果はまあ、幸運といえば幸運なものでした。……少々不可解ではありますが……。しかし、冒険者の皆さんが街の防衛のために身命を賭して下さった事は紛れもない事実です。ドロップアイテムから得られた収益は、皆さんにこそ最優先の権利があると考えます。どうか、何も言わずに受けとって、防衛戦に参加してくれた方々への分配をして頂けるとありがたく思います」

「ああ、どうぞ頭を上げてください神官長。わかりました。その役目を神官長から委託されたと思って、受けとらせていただきます」


 神殿の一室では奇妙な光景が繰り広げられていた。普通、ダンジョンでのアイテムドロップの分配に神殿と冒険者ギルドの双方が関わったとなれば、権利と取り分の論争になるのが当然なのに、今回は奇妙な「譲り合い」が見られたのだから。

 なにせ今回に限っては敵モンスターが勝手に『自滅』してしまった。後に残された、質は良くないものの膨大な数の武器類と、相当量のドロップアイテムから「棚からぼた餅」的な収入が得られたのだが、現場に出ていたギルドとしても、取得権を「当然」とまで主張することは、はばかられたのだった。

 しかし神殿側が「用途不明のアイテムは神殿で預かり、換金可能なモノは基本、冒険者へ」との方針を示した事で、分配はあっさり決着した。ゼインズの「欲張りすぎない」姿勢が功を奏したといえる。当人に言わせれば、それが「現実主義」の秘訣らしいが……

 冒険者ギルドの一行がホクホク顔で引き上げると、ゼインズと側近たちもまた、微妙に頬を緩めて部屋を出た。向かった先は……神器研究室である。


「神官長」

「お待ちしておりました」

「やあ、どうかね、修復の具合は……?」


 彼らが囲む卓上には、黄金色に輝く懐中時計が組み上げられていた。見る者が見れば、ただならぬ魔力を帯びているのが察せられたであろう。


「今回の収穫で一気に修復が進みました。この神器が一般的な懐中時計と同じ構造をしていると仮定して、後三点ほどの部品が手に入れば、修復は完了します」

「おお、もうそこまで」

「どのような奇跡を見せてくれるでしょうか……?」


 自らも陶然とした表情で『懐中時計?』に見入っていたゼインズだったが、取り巻きからの問いに、むしろ表情を引き締めて


「期待し過ぎはいけません。神とは、信じ称えるものであって、最初から見返りを期待するものではありません」


敢えてブレーキ役に回った。この神器の完成には、ダンジョンの最深層のドロップ品が必要ではないかという予感があり、つまりは早々の完成はないだろうと感じたから。


「は……そうでした」

「未熟でありました」


 一転して畏まる神官たち。……まあゼインズとて、彼らと同じ気持ちというか、懸案を抱えている。


「とはいえ、延期してもらっていた成果報告書も、そろそろまとめねばならぬでしょうね……」

「はい、今回の暴走スタンピードでやむを得ない延期でありましたが、結果がまあ、見ての通りですから。ホルトミルガー公爵からすれば、すぐにでも提出して当然と思われているでしょう」


 無意識に眉間に手をやってゼインズは考え込む。アイテム的な実入りは大きかった。これで、研究・分析の時間も与えられたら言う事はなかったのだが……世の中、そう都合良くはいかないものだ。

 更に、事はダンジョンアイテムの成果だけに留まるまい。おそらく「何故早急に当家を頼ってくれなかったのかね?」といった嫌みの一つも聞かされよう。(当然、会議で出た反対意見を、バカ正直に言えるはずもなく)

 せめてあのカードについて、手がかりだけでもないものか。急かすようで気が引けるが、一度アノニム殿を呼び出そうかと、ゼインズは吐息をついた。


 ◇

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