ウタの終わりに
「あちこちから火の手が上がり、床に血しぶきで染まらぬ場所がなくなった頃、目に付く辺りに、もはや我が剣の餌食はいないのかと王が思っていたその時、『王よ! いや、アマレフト!』呼ばわる者の声がする。見れば王に比肩する巨漢が、大剣をひっさげ迫ってきます。王は笑って答えた。『久しいのうニコフムス将軍。汝も多くの慈悲を与えたか?』と。将軍は怒りとともに吠えた。『ふざけるな! 無意味に、無益に、臣下を、民を鏖殺した罪! 断じて許さぬ!』そして愛用の大剣で狂王めがけて真っ向から切り込んだ! 剣戟の音は三度響き、無情な斬撃が将軍を、右肩より腰骨まで切り裂いたと伝わります。『なぜだ、神よ……』最期と伝わる将軍の言葉、その無念、如何ばかりか」
リュートはもう、メロディーを奏でていなかった。聴く者の背筋が逆毛立つような、不協和音をかき鳴らすだけ。
「将軍の遺体を一瞥し、狂王はうそぶいた。『愚かな……余を断罪できるのは、既に■■■神のみ……いや』そして満面の笑みを浮かべ天を仰いだと申します。『余が生きておる事こそが、愚昧の極みではないか! 申しわけございません■■■さま、信徒の不明をお許しください。今……そちらへ参りますぞ……!』言うが早いか、王は愛剣を逆手に床へ突き立て、斜に上向けた刃で己が首筋をかき切った!」
……そして最後のまとまったメロディーが奏でられる。時に単独で葬送のため演奏される事もある、よく知られた曲だった。
◇
果てしなく続くと思われた殺し合いも、ようやく終わりが見えてきたようだった。
一頭の巨大な直剣を持ったエルダーオーガが、圧倒的な力で他者を蹂躙しつつあった。もう『竜ののど首』方面から流れてくるモンスターはおらず、今戦っているので最後だと思われる。
「グロロロオォォ~!」
「ギィオオオオオオァ!」
図体だけは自分の倍はありそうなトロールを難なく切り伏せ、オーガは聴く者の肝が冷えそうな雄叫びを上げた。
「……ちくしょう、数は減らしてくれたけどよ」
「楽はさせてくれねーみてーだなあ!」
「……さて、今の僕がどれだけ通じる……?」
遠巻きに様子をうかがっていた冒険者たちが、愚痴を言いながらも立ち上がる。皆、一様に顔色が悪い。生き残ったオーガはどう見てもただ者じゃない。もしかすると、このモンスター軍団を率いていた総大将かも知れない。そして、何度か死線をかいくぐった冒険者は知っている。超絶的な力を持った一個体は、時として万の大群よりも恐ろしい。
しかしだからこそ、易々と地上へ向かわせるわけにはいかないのだ。その覚悟でエルダーオーガに挑もうとしたのだが、その時
「グゴロロロ~オォォ~~!」
腹の底に響くようなうなり声と共に、『竜ののど首』からもう一頭のエルダーオーガが現れた。
先の個体と見劣りしない巨体に、自分の身長ほどもある幅広の大剣を引っさげている。
「ギャギャギャギャギャ」
「ギヂッ!! ギャオオオオオオオ!!」
先の個体が放った声は、まるで嘲笑のように聞こえた。それに憤激したかのような咆哮を返し、後から来たオーガが大剣で斬りかかる!
落雷のような音と共に、激しい火花が散る。あまりにも凄まじい攻防に、冒険者たちは一瞬、戦いへの介入を忘れた。
数合か、十数合の剣戟の末、
「グボオォォ……グゴオォォ……」
先のオーガの剣が後の個体を切り伏せていた。「無念……」とでも言うような、いつまでも耳に残るうなり声を残し、後から来たオーガは消滅していった。
先に来たオーガも深手を負っていた。左腕が深く切り込まれ、ほとんどもげそうな有り様。『漁夫の利』を狙うなら今しかない、その時
「グゴロロオオ~~オーオーオー……」
突然オーガは天を仰いで何かを訴え、右手で剣の刃を己の首筋に当てると、一気に引き切った。
「な……」
「そんな……」
「これって……」
半包囲の冒険者たちに見守られながら、エルダーオーガはゆっくりと地に崩れ落ちる。口元には笑みが浮かんでいる様に見えた……
三々五々、元からのパーティーメンバーが固まって、自ら命を絶ったエルダーオーガのまわりに集まってきていた。いつしか、指揮官役と先発隊リーダーとが並んで立っている。
「なあ……」
「ああ……」
「俺たちは、何を見せられたんだ? まるで……」
「……何だよ?」
「吟遊詩人から、一度聴いた事がある。題が出てこないんだが……」
「……狂王アマレフトの、鏖の詩……」
「……あっ……」
少し離れた所に立っていた、仮面を付けた男女のペア。その女性の口から出た題が、指揮官役の記憶を呼び覚ました。
(そうだ、そんな題だった……)
思い出させてくれた礼を言おうと思ったのだが、彼女が先般『狂気』と、予言じみたことを口にしていたのも思い出し、声をかけそびれてしまった。
◇
「……かくして王もまた命を落とし、ゼレヌーンは『死』の支配する国となりました。……今となってその都の跡が知れぬのは、大火で全て灰燼に帰したとも、海神ゼータが津波の底に沈め去ったとも。
これが後の世に言う、『狂王アマレフト』の『鏖の詩』詩人の宿命として口伝えされてきた、物語にございます……」
ジャララララン……
弾き語りが終わった後も、しばらくアノニムは動かなかった。
疲れた――馴れない吟遊詩人のマネを、『二次元座標支配』などという力とリンクさせるのも神経を使うというのに、演目がまた『怪作』で知られる作品である。
かつて彼にこの曲の手ほどきをしてくれた初老の名手も、「一年に一回演れればいい方」と言っていた。それほどに演者のエネルギーというか、気力を消耗するのである。
(しかし……六万対三千をひっくり返すには、これしか考えつかなかった……)
不思議な感覚だがアノニムは、事が目論みどおりに進んだ事を疑っていなかった。自分の身に残る疲労感が、その証だとでも言うような……
そして同時に思う。これは誰にも明かせない。一生自分の胸にしまっておくしかない。そういう〝業〟だ。離れた所から万単位の軍勢を同士討ちで滅し去る。そんな存在を誰が放置できようか。
(……ザルトクスの……悪魔、か……)
想念を玩ぶのを止めて立ち上がる。現場にはまだやることが山積みなはずだ。
◇