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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
33/64

ウタの終わりに


「あちこちから火の手が上がり、床に血しぶきで染まらぬ場所がなくなった頃、目に付く辺りに、もはや我が剣の餌食はいないのかと王が思っていたその時、『王よ! いや、アマレフト!』呼ばわる者の声がする。見れば王に比肩する巨漢が、大剣をひっさげ迫ってきます。王は笑って答えた。『久しいのうニコフムス将軍。汝も多くの慈悲を与えたか?』と。将軍は怒りとともに吠えた。『ふざけるな! 無意味に、無益に、臣下を、民を鏖殺おうさつした罪! 断じて許さぬ!』そして愛用の大剣で狂王めがけて真っ向から切り込んだ! 剣戟の音は三度響き、無情な斬撃が将軍を、右肩より腰骨まで切り裂いたと伝わります。『なぜだ、神よ……』最期と伝わる将軍の言葉、その無念、如何ばかりか」


 リュートはもう、メロディーを奏でていなかった。聴く者の背筋が逆毛立つような、不協和音をかき鳴らすだけ。


「将軍の遺体を一瞥し、狂王はうそぶいた。『愚かな……余を断罪できるのは、既に■■■オー神のみ……いや』そして満面の笑みを浮かべ天を仰いだと申します。『余が生きておる事こそが、愚昧の極みではないか! 申しわけございません■■■オーさま、信徒の不明をお許しください。今……そちらへ参りますぞ……!』言うが早いか、王は愛剣を逆手に床へ突き立て、斜に上向けた刃で己が首筋をかき切った!」


 ……そして最後のまとまったメロディーが奏でられる。時に単独で葬送のため演奏される事もある、よく知られた曲だった。


 ◇


 果てしなく続くと思われた殺し合いも、ようやく終わりが見えてきたようだった。

 一頭の巨大な直剣を持ったエルダーオーガが、圧倒的な力で他者を蹂躙しつつあった。もう『竜ののど首』方面から流れてくるモンスターはおらず、今戦っているので最後だと思われる。


「グロロロオォォ~!」

「ギィオオオオオオァ!」


 図体だけは自分の倍はありそうなトロールを難なく切り伏せ、オーガは聴く者の肝が冷えそうな雄叫びを上げた。


「……ちくしょう、数は減らしてくれたけどよ」

「楽はさせてくれねーみてーだなあ!」

「……さて、今の僕がどれだけ通じる……?」


 遠巻きに様子をうかがっていた冒険者たちが、愚痴を言いながらも立ち上がる。皆、一様に顔色が悪い。生き残ったオーガはどう見てもただ者じゃない。もしかすると、このモンスター軍団を率いていた総大将かも知れない。そして、何度か死線をかいくぐった冒険者は知っている。超絶的な力を持った一個体は、時として万の大群よりも恐ろしい。

 しかしだからこそ、易々と地上へ向かわせるわけにはいかないのだ。その覚悟でエルダーオーガに挑もうとしたのだが、その時


「グゴロロロ~オォォ~~!」


腹の底に響くようなうなり声と共に、『竜ののど首』からもう一頭のエルダーオーガが現れた。

 先の個体と見劣りしない巨体に、自分の身長ほどもある幅広の大剣を引っさげている。


「ギャギャギャギャギャ」

「ギヂッ!! ギャオオオオオオオ!!」


 先の個体が放った声は、まるで嘲笑のように聞こえた。それに憤激したかのような咆哮を返し、後から来たオーガが大剣で斬りかかる!

 落雷のような音と共に、激しい火花が散る。あまりにも凄まじい攻防に、冒険者たちは一瞬、戦いへの介入を忘れた。

 数合か、十数合の剣戟の末、


「グボオォォ……グゴオォォ……」


先のオーガの剣が後の個体を切り伏せていた。「無念……」とでも言うような、いつまでも耳に残るうなり声を残し、後から来たオーガは消滅していった。

 先に来たオーガも深手を負っていた。左腕が深く切り込まれ、ほとんどもげそうな有り様。『漁夫の利』を狙うなら今しかない、その時


「グゴロロオオ~~オーオーオー……」


突然オーガは天を仰いで何かを訴え、右手で剣の刃を己の首筋に当てると、一気に引き切った。


「な……」

「そんな……」

「これって……」


 半包囲の冒険者たちに見守られながら、エルダーオーガはゆっくりと地に崩れ落ちる。口元には笑みが浮かんでいる様に見えた……

 三々五々、元からのパーティーメンバーが固まって、自ら命を絶ったエルダーオーガのまわりに集まってきていた。いつしか、指揮官役と先発隊リーダーとが並んで立っている。


「なあ……」

「ああ……」

「俺たちは、何を見せられたんだ? まるで……」

「……何だよ?」

「吟遊詩人から、一度聴いた事がある。題が出てこないんだが……」

「……狂王アマレフトの、みなごろしの詩……」

「……あっ……」


 少し離れた所に立っていた、仮面を付けた男女のペア。その女性の口から出た題が、指揮官役の記憶を呼び覚ました。


(そうだ、そんな題だった……)


 思い出させてくれた礼を言おうと思ったのだが、彼女が先般『狂気』と、予言じみたことを口にしていたのも思い出し、声をかけそびれてしまった。


 ◇


「……かくして王もまた命を落とし、ゼレヌーンは『死』の支配する国となりました。……今となってその都の跡が知れぬのは、大火で全て灰燼に帰したとも、海神わだつみゼータが津波の底に沈め去ったとも。

 これが後の世に言う、『狂王アマレフト』の『鏖の詩』詩人の宿命として口伝えされてきた、物語にございます……」


 ジャララララン……


 弾き語りが終わった後も、しばらくアノニムは動かなかった。

 疲れた――馴れない吟遊詩人のマネを、『二次元座標支配』などという力とリンクさせるのも神経を使うというのに、演目がまた『怪作』で知られる作品である。

 かつて彼にこの曲の手ほどきをしてくれた初老の名手マイスターも、「一年に一回れればいい方」と言っていた。それほどに演者のエネルギーというか、気力を消耗するのである。


(しかし……六万対三千をひっくり返すには、これしか考えつかなかった……)


 不思議な感覚だがアノニムは、事が目論みどおりに進んだ事を疑っていなかった。自分の身に残る疲労感が、その証だとでも言うような……

 そして同時に思う。これは誰にも明かせない。一生自分の胸にしまっておくしかない。そういう〝業〟だ。離れた所から万単位の軍勢を同士討ちで滅し去る。そんな存在を誰が放置できようか。


(……ザルトクスの……悪魔、か……)


 想念を玩ぶのを止めて立ち上がる。現場にはまだやることが山積みなはずだ。


 ◇

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