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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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ミナゴロシのウタ

 アノニムは、酒場にいた。ヴィード、ロザリーと宿を取っていた店である。

 一般市民の避難が進んで、がらんどうの店内。テーブルの上には椅子が逆さに置いてある「掃除モード」のまま。その中の、一段高くなっている形ばかりのステージの上で、古いリュートを抱え、調弦をしていた。


 ポーーンオンオンォン……


 二本の弦の起こす共振のうなりに、フクロウ仮面を寄せて聞き入り、注意深く弦の張りを調整する。……納得がいくと、手を置いて、もうしばらく待つ。

 『観客』であり『役者』であり『獲物』でもある彼らが、まだ支配地域にさしかかっていないから。


 ◇


「はっ、はっ、はっ、はっ!」

「頑張れ! 遅れるな!」


 ヴィードたちは突然陣地から出撃を命じられ、強行的な進軍を開始させられた。十階層のモンスター軍団がついに動き出したという。

 数的に劣る(この時になってようやくハッキリ認めた)冒険者軍は、隘路で知られる九階層の『竜ののど首』で敵を迎え撃つ。正確には『竜ののど首』に通じる少し広まった場所に陣取り、後衛からの支援が集中できる陣形を狙っているらしいのだが、敵よりも早く陣地を抑えなければ絵に描いた餅になる。敵の進軍を阻むための柵を設置し、最低限の先発部隊は置いていたものの、それで足りるはずがない。

 あと少し……という地点まで来た時、『竜ののど首』から、まさに絞め殺されるような苦鳴が響いてきた。


 ◇


 無人の暗い酒場の中に、ズジャリリン、と明らかな不協和音が鳴った。

 それは大陸の吟遊詩人の間で名の知れた作品だった。聴く者により「稀代の名作」とも「血なまぐさいだけの騒音」とも呼ばれる。

 叙事詩でありながら、公的史書からは存在を抹消された、古代の王、アマレフトの詩。又の名を――


「――今宵、皆様にお送りするのは、古代、ゼヌル海のほとりに栄えた国、麗しきゼレヌーン。その国を一夜にして滅ぼした『狂王アマレフト』の『みなごろしの詩』――」


 かき鳴らされるリュートから、人を不安にさせるような短いフレーズが繰り返される。


 ◇


 ダンジョン九階層『竜ののど首』の一地点にて。


「ブゴ、ブゴ、ブゴ……」

「ブゴ、ブゴ、ブゴ……」


 呼吸音なのか号令なのか、規則正しい音を漏らして進軍していたオークの集団の隊列が、突然乱れた。


「ブゴッ……グゴッ、グゴッグゴッ!」

「ピギーィ~~~~ッ!」


 彼らは持っていた武器を振りかざし、互いに向け合う。モンスターの目に『正気』の色があるかは定かではないが、その時の彼らの血走った目は、どんな意味でも『正気』には見えなかった。


 ◇


「アマレフトは民に語った! 『殺し合え』と! 『死、以外に、この生き地獄を逃れる術はない』と! 『愛する者があれば、速やかにこの世から去らせて上げなさい』と! 慈愛と狂気の笑みをたたえて言った! そして都市のあちこちから悲鳴と怒号が巻き起こった! アマレフトの狂気が感染したのか、それとも彼が崇めたという、今では名も知れぬ邪神の呪いだったのか。ゼレヌーンの民は次々と武器を取り、恋人と、家族と、隣人と、同僚とが、果てしなく殺し合ったのでございます……」


 歌のような、語りのような、今は口伝えにしか残っていない滅びの詩。リュートの音色はテンポを増して、切迫して響いてゆく。対照的に、歌われる詩句は、重く、単調で、引き延ばされたかのよう。聴く者の思考に、ねっとりと絡みついて、麻痺させるが如く――


『うたて この世は痛みに満ちて 黄泉の奥こそ憩いあれ

 哀し苦し憎し妬まし 何故なにゆえ生にしがみつく

 偉大なる■■■オー ドメルよりもくらきもの……』


 それはほとんど呪歌であった。吟遊詩人の間でも、あえて歌わぬ者の方が多いという。

 ちなみに、アマレフトが崇めた神は後の記録からは名を削られた。「オー」というのは、詩人の間の通称である。

 フクロウの仮面をつけた男が、無人の酒場で忌避された詩を歌う。それは異様な光景だった。


 ◇


 『竜ののど首』にたどり着いたヴィードたちが見たものは、傷つき必死に後退する先発隊と、それを追撃もせずに同士討ちをしているモンスターの軍団だった。しかもモンスターどもは続々と『のど首』内部の広場、阻止ポイントの内側に侵入してくる。


「いかん! 押し戻せっ!」


 指揮官役のベテランが叫んだが、


「待てっ! 連中の様子が妙だ! 幻覚効果ガスを疑っている。うかつに近づかん方がいい!」


後退してくる先発隊のリーダーが遮った。


「むっ……わかった! こちらに合流しろ、サイオス! けが人は後方へ! 盾持ちは前へ出ろ!」


 ヴィードの隊の指揮官は、先発隊のリーダーと顔見知りだったらしい。即座に忠告を受け入れ、モンスターたちから距離をとった。結果的にこの時の判断が、味方の損害を大きく減じることになった。


「おい、何だあれ……」

「どうなってる? 確か……幻覚性のガス、と言ったか?」

「……いやこれは……そんな物で説明つかないような……」


 モンスターたちは互いに殺し合っていた。まるで殺す事それ自体が目的のようで、相対していた敵手を仕留めても、よほどの深手を負っていない限り、また別の相手に襲いかかって行くのである。


「ブゴォッ! ブゴオオオ!」

「ガアアアァァァッ!」


 オークが格上モンスターのオーガに襲いかかった。通常あり得ない光景である。人型モンスター類の本能に刻み込まれている「強者が絶対」のルールは、それほどに強い。これは……この集団を冒し、支配しているモノは、幻覚というより……


「『狂気』……そうとしか言いようがない……」

「……くっ……」


 後退し続けていたため、後衛部隊との距離が予想外に縮まっていた。そしてロザリーが漏らしたひと言は、指揮官の胸に刺さったらしい。


「全軍後退! 上層階への道だけ押さえればいい。不用意にあの集団に近づくな! 気分がおかしくなった者がいたら、すぐに神官に診てもらえ!」


 それは合理性から出された指示というより、自分たちもあの『狂気』に巻き込まれたらどうなるのか、という恐怖・不安が根にあった。

 『竜ののど首』から次々とモンスターたちは現れて、咆哮し、殺し合う。ダンジョンのルールに従い、地上よりも極めて短い時間で死体は消えてゆく。約六万と報告されていた軍団は、急速に数を減らしていった。他ならぬ、自滅によって。

 ごく少数、恐怖に駆られた表情で、冒険者たちが布陣する方へ逃げてくる「正気に戻った」個体もいた。しかしモンスターである以上はとどめを刺さないわけにはいかないのである。「オークに同情するなんざ、初めてだった」と、何人かの参加者が苦い表情で後に語った。


 ◇

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