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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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無名氏の空白

 場所はナーダ神殿大会議室。神殿幹部とナタジャラムの有力者たちが鳩首をそろえている。そこへ伝令役の神官が駆け込んできた。


「失礼します! ダンジョンのギルド隊から報告がありました! 『最重要、部外秘』指定。モンスターはオーガ、トロール、オーク等人型種からなる組織化された軍団規模。現在、十階層『万騎平原』に集結中。総数はおよそ……ろ、六万?!」

「六万!」

「バカな!」

「軍団だと!」

「あり得ん!」


 会議室は一瞬で蜂の巣を突いたような状態になる。


「静粛に……! 皆さん……落ち着いてください……!」


 神官長ゼインズの必死の呼びかけ。その甲斐あってか、単なる息切れか、次第に場は落ち着きを取り戻していった。


「……圧倒的に兵力が足りませぬ。援軍のあては?」

「教皇国に既に要請しておりますが、どれほどの数が見込めるか……」

「辺りから集められる傭兵は?」

「我らの資力を別にしても、傭兵団自体、教皇国周辺にそれほど多いわけではありませぬ故……」

「いっそトラヴァリアに援軍を要請しては?」

「おお……結果がどうあれ、ナタジャラムは事実上の併合を呑まされましょうぞ」

「そんな事になるならグレイビルを頼った方がまだましじゃ!」

「しかし……グレイビルからでは時間的に間に合わぬでしょう?」

「それで言ったらトラヴァリアなら間に合うという保証があるわけでもなし……」


 出席者の関心は兵力の調達。そこに集中していたのだが、


「この際……人命第一で避難を進め、都市施設が受ける被害は甘受する、という方針で進めるべきでは?」


モンスターという災厄に対して力で対抗しない選択を示したのは、ゼインズ神官長だった。


「そんなバカな! 戦わずにナタジャラムを明け渡せとでも?」

「神官長、ここまで建造を進めてきた大神殿もただでは済みますまいよ?」

「一体どれだけの復興費用がかかるものやら、見当もつきませんぞ!」


 街の有力者(主に商人)の非難が一通り吐き出されるのを待って、ゼインズは控えめな口調で反論を始めた。


「……おっしゃる通り、被害は莫大な額に及ぶのは確実でしょう。しかし、我々が生き残り、ナーダさまの神授のダンジョンがある限り、いつかは取り返せる損害だと私は考えます。思い出して頂きたいのは、そもそもがダンジョンの恵みの上にここまでの規模になったのがナタジャラムです。例えこれがダンジョンの生む災厄によって消し去られても、ある意味貸し借りなしではありませんか。それどころか、この都市を作り上げ運営してきた私たちが生き残っていれば、決して『無からの再出発』にはなりません。人が残っていれば、必ずナタジャラムは蘇りますとも……!」


 控えめながら力強く締めくくられた神官長の小演説に、会議の流れは大きく変わった。


「言われてみれば……そもそも追加の兵力自体あてがないのが現実ですな」

「あてがないわけでは……まあ、難しいというだけで……」

「それでは戦略方針は、冒険者隊は敵の進軍をなるべく遅らせて、市民の避難時間を稼ぐ、と」

「傭兵団はできるだけ建物施設を利用して損害を抑える。敵が地上に出た後も、基本的にやる事は時間稼ぎですな」

「なるほど、ダンジョンのモンスターは、地上に出れば決まった時間で消滅するはずです」

「しかし、それまでにどれほどの損害が出るか……悪いが私は、独自に援軍を手配させてもらいますぞ」

「教皇国か傭兵団にしておきなさい。トラヴァリアは危険すぎる。それこそナタジャラム自体を失いかねん」


 細部に異論を残しつつも、方針は撤退戦と定まった。各々、やるべき事を胸に刻んで会議室から駆けだして行く。


「参りましょう、神官長」

「少しお待ちなさい」


 侍従が急かすのを遮って、ゼインズ神官長は略式の祈祷をナーダ神に捧げた。こんな時だからこそ、心を静めるために。

 ふと、先日神殿を訪れた仮面の冒険者を思い出す。はっきり判別できなかったが、確かに彼は加護持ちだったと思う。


(いずこの神かは存じませんが、どうかナタジャラムの民にお慈悲を……)


 ついでとばかり、誠に「藁をも掴む」ような願いも祈念して、ゼインズはせかせかと会議室を後にした。


 ◇


「聞けーい! 方針は『足止め』と決まった! 部隊を三つに分け、交代しながら敵に当たり、敵の進軍を妨害する! 戦線を下げながら戦うから、後退の合図を聞き逃すんじゃねえぞ!」


 場所はダンジョンの八階層、徴収された冒険者たちの駐留地である。簡易的な砦が築かれ、形ばかりの「総司令部」が置かれていた。

 ギルド首脳からの発表に、ロザリーは相反する感想を持つ。正式な敵総数の発表はないものの、ダンジョン・スタンピードが起きる時は非常に多くのモンスターが発生する事が知られており、今回もその疑いが濃い。今に至るまで数を知らさないのは敵前逃亡を防ぐためだと、勘ぐられても仕方ないだろう。

 その上で、敵戦力と真っ向からのつぶし合いをしないという判断は朗報だ。生き残れる確率が上がったと言えるだろう。しかし……集団戦闘の訓練など、ろくに行って来なかった冒険者の寄せ集めなのに、接敵部隊と後詰めとで交代しながら休息をはかり、同時に戦線を下げながら敵の侵攻圧を受け流そうなどと……正直、机上の空論だ。可能な連携とは思えない。


「ロザリー、どう思う?」


 ヴィードの問いにこもった懸念は、自分と同質のもの。吐息とともに返す。


「ムリよ……いっそ、各パーティーの自由に任せて『足止め』の方針だけ伝えた方が、まだマシだと思う」

「だよねー、あんな作戦、王国騎士団でも実戦で使えるのって、五年以上の訓練と実戦経験が必要かな? 一応忠告はしとこうかね?」

「ムダね……言っててイヤになるけれど、客観的に見て私たちの意見を聞き容れる要素がないでしょう」

「……やっぱ尋ねたい事もあるから行ってくるわ。骨は拾ってくれよ」

「……重そうねえ、あなたの骨……」


 ギルド首脳が議論を交わしているとおぼしき天幕に、ヴィードは入っていった。……しばらくして、怪訝な表情で天幕から出てくる。


「……お帰りなさい。担いで帰らなくて済んで、うれしいわ」

「おう……副ギルド長に訊いたんだよ。アノニム、どうしました? って」

「? それが本題だったの?」

「うん、まあ、そしたらしばらく考え込んで、『ああ、Eランクのヤツなら役に立たんかったから返した。後の事は知らん』だと」

「は?」


 役に立たん……返した……後は知らん……

 ヴィードとロザリーの立場からすればツッコミ所満載なのだが、それら全てを置いといて、肝心なのは……


「ならアイツ、今どこにいるんだよ……」


 ◇

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