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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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ダンジョン『暴走』

 翌朝から、ナタジャラムの冒険者ギルドが指揮を執る形となって、城壁内に住む市民生活は全て『戦時体制』へ変わっていった。

 ナタジャラムは場所としてはイクシス教皇国の領内にあるのだが、ザナ聖教の教皇は各神殿の独立性を尊重するのが建前である。ナタジャラムは事実上ナーダ神殿が統治する都市国家と言って良い。しかし独自の軍事力は貧弱で、傭兵団と冒険者ギルドが頼みの綱である。

 現実的に、ダンジョンモンスターの暴走は、数十年ほどの期間をおいて各地で起こっており、対策もまた、確立されつつあった。

 一言で言うなら「地上は騎士団、地下は冒険者」だ。地上のダンジョン出入り口付近は住民を避難させ、バリケードで囲い、騎士・戦士隊が重囲圧殺の布陣で待ち構える。ダンジョン内部へは、モンスター相手の戦闘に馴れた冒険者が、パーティー単位で侵入して敵の数を減らして行く。二段構えの策である。アノニム、ヴィード、ロザリーの三人も、当然地下組なわけなのだが……


「先行偵察隊? 冒険者は元のパーティー単位での運用が基本ではないのですか?」

「必要とあらば、前例にこだわってはおれんよ。どうだろう、偵察役のアノニムくんに、一時こちらの指揮下に入ってもらうわけにはいかないだろうか?」


 偵察隊の指揮官役という副ギルド長が、直に頼み込んできた。パーティーの頭脳、ロザリーはアノニムに懸念のこもった視線を向けたが、


「あ、行く、行きます。すまん、ロザリー、ヴィード、一旦ここでお別れだわ」


当の本人はあっさり参加を表明した。


「アノニム」

「止めてくれるなロザリー。男には行かなきゃならん時がある……なんてな」


 常になく、おちゃらけた演技さえ感じさせる彼に、言葉を重ねる気力がなくなる。一体どういうつもりだろう。「偵察隊」の扱いは正規軍でも決して高いものではない。中でも「ランクの低い若造」と見られれば、捨て駒扱いも十分あり得る。

 この男、リスクを低くしたいのか? それともスリルを楽しむ人種なのか? さっぱり行動原理が読めない。

 躊躇なく向けた背にヴィードが声をかける。


「……これっきりって事は、ないよな?」

「ああ、もちろん」


 肩越しに笑みを返し、小柄な怪傑ゾ□マスクは立ち去っていった。


「…………」

「呆けているヒマはないわよ」

「判っているさ」


 判っている……たかが数日パーティーを組んだだけで、しかもダンジョンで一緒に戦ったのは半日にも満たないはずだ。なのになぜこんな、妙な『喪失感』を感じるんだろう。

 自分の気持ちに首をひねりながら、ヴィードはロザリーと共に実戦部隊のたまり場へ足を向けた。


 ◇


 場所はダンジョン十階層、『万騎平原』と呼ばれる特徴的な平原だった。通常は体高五mほどもある装甲サイや灼熱アリクイなどの大型モンスターが闊歩している場所なのだが、今は様相が一変していた。


「何だよこれ……まるっきり軍隊じゃねえか……」

「そうとしか言いようがないね。こんな『暴走スタンピード』って、過去にあったのかな?」


 平原にはオークやオーガ、トロールなどの人型モンスターが集結し、整然と隊列を組んでいた。『万騎平原』とは万単位の騎馬隊が進軍できるとの例えから生まれた通称だったらしいが、それに類する軍団集結の場になるとは、誰が予想しただろう。

 軍団の駐屯地から数百m離れて、認識阻害の呪法に隠れたアノニムと、三十付近の盗賊シーフ職の男が軍の全容を伺っていた。


「おい、まだかよ」

「焦るなよ……よし、同程度の集団が二十……最低でも六万か」

「六万って……おい……」


 三十路男の顔色が悪くなる。ナタジャラムの冒険者をかき集めた戦力は、精々が三千。街の資力で集められる傭兵も更に三千が良いところだろう。


「さ、退くぜ」


 二人は慎重に距離をとり、モンスターから気づかれない位置まで来ると一気に離脱した。そのまま浅い階層へと向かうのだが


「おい、そっちは偵察隊のキャンプじゃないぜ」

「うるせえ! あんな数の相手、やってられるか! ギルドに義理立てしたきゃ勝手にやんな!」


 三十路男は怖じ気づいたのか、偵察隊に戻らず直接地上に向かった。現状、冒険者ギルド加入者も軍属扱いされているから脱走行為にあたる。


「……手は回っているだろうに、しょうがないか」


 やれやれと首を振るとアノニムは、先行偵察隊のキャンプ地へ一人、向かった。


 ◇


「六万か……確かなんだろうな」

「魔力反応からの概算ですけど、大きな違いはないと思いますよ。お疑いなら別チームの派遣を」

「……一緒に付けたジョッシュは?」

「直で地上に向かいました。俺にランク上の相手の監督とか、期待しないでくださいね?」

「……ご苦労だった。別命あるまで待機せよ」


 副ギルド長への報告を終えたアノニム、隊長用のテントを出ると、配給の食事をかき込み、急ごしらえの休息所で仮眠をとった。

 目を覚ますと彼は、見晴らしの良い場所を選んで辺りの地形を確かめる。現在、彼らが野営している八階層から一つ下の九階層には『竜ののど首』と呼ばれる、これも特徴的な地点がある。深い峡谷の底を定期的に向きが変わる強風が吹きすぎる、通るだけで体力を消耗する難所だ。下層と上層を繋ぐ一本道であり、ダンジョンを入るにも出るにも通らないわけにはいかない場所だ。

 アノニムはスキル『穏形』を発動させ気配を消し、足音を忍ばせて『竜ののど首』へ駆け出す。『暴走』が発生してから一般モンスターがほとんど湧かなくなっているため、程なくして到着。息つく暇もなく、崖下と街道のきわに穴を掘り、四枚のカードを『ゾーン』が形づくられるように埋め込んだ。そして異空庫から一つ百万バゼルはする魔道具を取り出し握りしめる。『魔晶石』といい、魔力をあらかじめ充填させておく事で『非常用バッテリー』として使用できる物だ。そして『原点』のカードへ触れた。


『二次元座標支配を起動しますか?』


 心の中で肯定すると、全身の魔力を根こそぎ持って行かれる感覚があった。


「うぐっ……!」


 地に膝をつきながら必死に意識を保つ。


「はっ……はっ……はっ……」


 息を弾ませながら、握っていた魔晶石を見ると、完全に魔力を放出しきっていた。……某ばあさんに「ムダに余らせている」と評される、異世界召喚者の魔力に、市販品のうちでも「大容量すぎて使い道がない」と言われていた魔晶石。それを合わせても、バスケットコート一面分ほどだろうか、二次元座標支配とやらが起動できたのは。


「……ひでーコスパだよ。これでどこまで違ってくるモノやら」

「そこで何をしている?」


 ……おっとぉ、厄介な人に見られてしまった。副ギルド長がナイフを構えて迫ってくるよ。キャンプ地を抜け出したのを感づかれたか。さすが、現役時代はAランクまで行ったという噂はホントらしいな。


「お勤めご苦労さまです副ギルド長。いえね、ちょっとした幸運のおまじないをしてたんですよ」

「……センスの欠片もない言い訳だな、貴様。まあ何をしてたか知らんが、どのみち拘束する。抵抗するなよ」


 油断なく近づいてくる副ギルド長。一分の隙もない。魔力がスカンピンで、身体強化がおぼつかない時には遠慮したい相手だ。


「俺なんかに関わってる場合じゃないでしょう? さっさと情報を上げないと」

「言われるまでもない。が、お前を止めてからだ」


 副ギルド長の老躯から、殺気に近い気迫がわき上がる。

 その時、察した。この人は「敵モンスター、約六万」と言う情報を、ギルド上層部だけに留めて一般には知らせないつもりだ。士気の低下を恐れて。従って、アノニムが勝手に動いて情報を広めてしまう事を防ごうとしている。戦闘終結までの拘束で済めばよいが、「やむを得ん」とばかりに口封じも……

 アノニムは無手のまま一瞬両手で顔を覆い、面貌を上げた時には――仮面が暗灰色のフクロウ仮面に入れ替わっていた。


「いえいえ、副ギルド長。あなたは即座に撤収し、ギルド長にモンスターの情報を上げます。同時に偵察で情報を得た盗賊シーフ職、ジョッシュの捜索と拘束を行い、特に役に立たなかったEランクのアノニムは部隊から放逐。その後の事は知らない。いいですね?」


 フクロウ仮面の瞳には、一種異様な輝きがこもっているかのようだった。その眼で見据えられる副ギルド長の表情が、打って変わって自信なさげに揺らぐ――


 ◇

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