四枚のカード
「いかが思われます?」
「…………」
直に手にとって確かめてみたかった。しかしそれは危険な衝動だという事も、理性では分かっていた。何とか……当たり障りのない方へ話を反らしたいのだが。
「確かに……コンパスですねえ。なんか変わった文字が刻まれてるみたいですけど。使い方が分かっているなら問題ないじゃないですか?」
努めて軽い口調でうそぶくアノニムに、彼の事情を知ってか知らずか、ゼインズは密やかにささやく。
「実は、私の四象眼、時折対象物への鑑定で、謎めいた注釈が見える場合があるのです。このコンパスには『極星を見失わぬ者、惑う事なし』と言う一文が附属しているのですが……いかがでしょう? 何か、思うところはありませんか?」
おいおい、ちょっと後出しジャンケンじゃないか、そういうのって。この人物の〝四象眼〟というスキルにいい知れない不気味さを感じ、事前情報なしでここに来たのは間違いだったかと思い始めたアノニムだったが、
「神官長、そこまで明かすのは行き過ぎでは……?」
「いくらその、ホルトミルガー公の督促が近いとは言え……」
辺りの研究員がかえって反発し始めた。まあ、彼らの立場になってみれば、ずっと研究してきた自分らよりも、どこの誰とも知れない若造に『部外秘』情報明かしてまで意見を求めるのは……面白いはずがないよなあ。
……待てよ、今、何て言った? ホルトミルガー公って、確か……
「いや済まない、君らと事前の相談もなく事を進めたのは悪かったと思ってます。しかしその、成果を求められている時だからこそ、部外者の意見も聞いてだね……」
ゼインズ神官長、冷や汗をかきながら研究員をなだめている。その話を端で聞くうちに、おおよそ事情が見えてきた。どうやらナーダ神殿の神器研究は、トラヴァリア王国のホルトミルガー公爵家から資金提供を受けているらしい。そして、近々、成果の提出を求められている、と。
……寄子のザルトクス子爵のやり口を考えると、ホルトミルガー公爵とやらが「焦らずゆっくり研究していいよ、費用の事は心配するな」などというタイプのパトロンだとは思えないな。いや、おらんか、そんなパトロン。
なるほど、少し納得。そういう事情もあっての『溺れる者は藁をもつかむ』。んで、藁がオレだったわけか。
そんな思いのアノニムを他所に、部下たちをなだめたゼインズ神官長、汗を吹きながら案内を再開した。
(しかし……困ったな……)
いくつかのアイテムを見せられるうちに、こういうモノでは? という『腹案』みたいな予想もいくつか湧いてはいるのだが、それがまかり間違って当たっていた場合、成果としてホルトミルガー公爵家に提出されるというのは……正直、面白くない。自身の感情論を抜きにしても、現況のトラヴァリア王国に新たな戦力になりかねない技術を流すのは、中央大陸諸国にとって危険だとさえ思う。
(この人の良さそうなおっさんの力になってやりたい気持ちも、ないわけじゃないんだが……)
気の毒だが諦めてもらおうか。そう思って部屋の端まで来た。部屋の隅の卓上では、半ば予想した光景が広げられていた。すなわち、小さな歯車部品を集めて、一つの懐中時計が組み立てられていたのである。アノニムが持つ歯車も、これの一部と思われた。
「……ああ、やはり……」
「お気づきでしたか。はい、私たちはこの時計が、おそらくナーダさまが人間界へ現した神器のうち、最も重要なモノではないかと考えております」
(……まあそう考えるよね、時空神ナーダだもの。しかし、この人、商売人には向かないなあ。こんなの、全部の部品が集まるまで、秘密にしとかなきゃ)
そうしなければ部品一個持っただけの冒険者が増長して法外な対価を要求するだろう。一つでも部品が揃わなければ神器は完成しないのだから(各パーツが一回しか出ないと仮定して)。
「改めてお願いいたします。お持ちの部品を我らに預けて下さいませんか!? 無論、対価は割り増しでお支払いします。最初の二倍、いや、三倍でいかがでしょう?」
ゼインズの声を聞きながら、どうしようかなーと視線を泳がせて、隣の卓上に奇妙なカードがあるのに気がついた。
「…………」
「……ぬぬ、では、五倍! その上、ダンジョンで活動中の回復魔法の権利も含めて」
「フランジスさん、あれ……あのカードは何でしょう?」
「は? カード……ですか?」
早速研究員に取り出させてみる。
「遺憾ながら、これも全く用途が分かっていません。見ての通り四枚一組で、表面に文字か記号が魔術的な方法で浮かび上がっています。さらにこのように、カードに魔力を流し込めるのですが、そこから先、何が起きるのか不明です……」
「……これにつきましては、私の眼も、何の注釈も見いだせません……」
研究員と神官長の説明を聞いているのかいないのか。アノニムはじっとカードに見入って考え込んでいたが、
「フランジス神官長。お願いというか、取引を申し入れたいのですが」
「はい? 取引ですか?」
「ええ、まず俺は、この歯車を神殿にお譲りする」
「え! それはその、無償で!? いやそんな」
「無論対価はあります。このカードを私に貸し出して、検証作業を任せて頂きたい」
「はいぃ!? け、検証をぉ?」
突拍子もない申し出だった。神殿としてはほぼ損のない提案だが、この仮面の冒険者にとってどういうメリットがあるというのか。ゼインズ・ナーディ・フランジスと言う人物、良くも悪くも裏表のない人柄で、だからこそ自分の尺度で他者の行動を推し測ってしまうわけだが、
「何か……お心当たりがおありで?」
「いえ、心当たりというほどの物ではありませんが……」
アノニムの目に映る、四枚のカードの表面に浮かび上がっている文字はそれぞれ「0.0」「x.0」「0.y」「x.y」
少なくともどのようにカードを配置して『座標軸』を形づくればいいのか。それは迷う事はなさそうだった。そう思ってしまうと、自分の手で『これ』の機能を暴きたいという欲求は、もう自分でも抑える事ができなかったのだ。
◇