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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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時空神ナーダ大神殿

 翌日、アノニムは噂以上に特徴的な建物の前で気後れに近い気分を味わっていた。高さ五十mほどもありそうな塔を中心に、石造りのドームを組み上げて見ました、とでも言うような外観をしている。ナタジャラムではザナ聖教のそれさえ凌いで最大規模の、時空神ナーダの大神殿だった。


 かつて、ミュシャ神殿で簡単にレクチャーされた所によると……中央大陸(と住んでいる者が自称する)近辺の諸国家においては『十二神(大神)』信仰が広く浸透している。まずは天空と光輝の神ラナン、宵闇と冥界の神ドメル、大地と豊穣の神ボルク、大海の恵みの神ゼータ、以上は初源の四神と呼ばれるそうな。以下はちょっと神格が変わってくる。人の『営み』に結びついたモノになってくるという。戦と武の神マクン、商売(盗みから博打まで幅広いそうだ)の神パラジェ、医術・学問の神ベルフト、美と恋愛の神フィオーヌ、鍛冶工芸の神ゴドファ、音楽舞踊の神ミュシャ、運気の神ゼクト、そして秩序の神ザナ。

 ザナ神は少し特殊な神で、十二神のうち、一番後に生まれたという。しかし、ザナは先達の神々に「私がこの世の様々な調整を行い、世界の平衡を保ちましょう」と申し出て、他の神々は了承した。その後、秩序神を名乗るようになったザナは人間に対しても「秩序ある世の中のため、このように生きなさい」という訓戒を行って、その教えを中心に次第に『聖教』が形作られてきた。今では、王族・貴族階級のほとんどがザナ神の聖教に帰依している……そうな。

 この話を講義してくれた副神官長ミネアさんに「人の営みに結びついているって言うけど、十二神さまでは『漏れ』がでませんか?」とぶっちゃけた質問をした事がある。ミネアさんは慌てる事もなく「概ね、人の願いの強いモノが十二神に立てられているのです」と答えてくれた。

 言われてみると……「戦争に勝ちたい」とか「金が欲しい」とかって、真っ先に願う事なんだろうなあ。

 そんなわけで、人の営みに結びついてはいるけど十二神の枠からはこぼれてしまった神さまというのは、結構多い。酒の神ルルドなんか、民衆には大人気である。


 そんな、局所的に多くの信徒を抱えている神の一柱が『時空神ナーダ』であった。そして、ナーダの信徒は新たな信者を獲得し、神殿の勢力を拡大して「十二神入り」することを目標に活動している。具体的には、同じ「学問系」の神ベルフトとの入れ替わりを画策しているのだとか。

 実際「見学したいのですが」と言っただけのアノニムを、どうぞどうぞと言わんばかりに神殿内に引き入れて案内し、ナーダ神のありがたさを語り込み、時間と空間の性質を講義し、果ては研究途中だという『時空に影響を及ぼす魔法』まで披露してくれた。

 卓上サイズの傾斜路に、人の手ほどの大きさの模型馬車を走らせる。それに対して術者が呪文を放つと……数秒、車は不自然に速度を落とし、唐突に元通りの速さに戻った。「おお!」と驚嘆をこめて術者を見ると、青い顔をして肩で息をしている。

 術者が交代して、今度は『加速』の魔法実演を行った。結果は同様。確かに対象物は加速してはいた。しかし、手のひらサイズの模型。効果時間は数秒。それでいて、そこそこ鍛錬を積んできたはずの術者が、ほとんど魔力を使い切っている……


「はぁっ……はぁっ……ご覧……いただけましたか……これこそ時間の……神秘に働きかける……」

「ええ、お見事です。今後は使用魔力の低減が重要になってくるでしょうね。実用的なレベルに達すれば、冒険者の魔道士たちはこぞってナーダ神の加護を求めるようになるでしょう」

「…………え、ええ……それは……もちろん……」


 友情ある忠告を残し、アノニムはその場を後にした。頑張ってください! 先はかなり遠いと思うけどね!


 神殿施設の中央部は一般客に開放されているエリアなのだが、入ってみると誰もいなかった。部屋の上部は神殿の中央塔に直結した吹き抜けになっており、そこに一本の長い鋼線で吊られた振り子が、ゆったりと往復している。振り子の軌道は部屋の中央に据えられた円盤内に収まるようになっており、円盤の外周に等間隔に置かれた小石柱を、少しずつ軌道をずらして倒していく仕組みだ。

 アノニム――トモヤの胸に懐かしい記憶が蘇る。ああ、これは向こうの世界で『フーコーの振り子』と呼ばれていた仕組みだ。住んでいた街から電車を一時間ほど乗り継いだ所にあった科学教育のための博物館で、小学校の時に見たんだった。

 この場所に人がいない理由が分かる気がする。確かに「時間」について象徴的な施設とは言えるが、変化が出るまで見続けるのは結構根気が要るのである。仮面のままのアノニムの顔。うすく口角がつり上がる。――考えをまとめるには、良い場所さ。

 直接ナーダの神殿と神官たちに会ってみたわけだが、その印象としては「良くも悪くも普通」だった。自分たちの信じる神のためにまっとうな活動をしているとみえる。『時空魔法』は、正直あてが外れた。ここまで魔力的なコスパの低い技術とは思わなかった。広まってないのには、相応の理由があるんだねえ……。あと、見ておくべきモノがあるとすれば、ダンジョンで見つかったという用途不明のアイテムか。

 つい、昨日ドロップした『歯車?』を取り出して眺めていると


「おや? それは……」


斜め後ろから男の声が。ドキリとした内心を覆い隠し、ゆるりと振り向いてみる。

 人の良さそうな中年男が立っていた。ナーダ神殿様式の神官服に目立つ高さの帽子。少々アゴや目蓋が余ってきたかな? といった顔だちで、もの柔らかに微笑んでいる。しかしアノニムの目には、男の眼に一瞬魔力が籠もっていたのが感ぜられた。……このおっさん、エリス神官長みたいな特殊な鑑定眼の持ち主らしい。服装といい、恐らくは……

 男は一礼してアノニムに語りかけた。


「失礼、冒険者のご参拝とお見受けします。私はゼインズ・ナーディ・フランジスと申しまして、当神殿の神官長を勤めておる者です。どうぞお見知りおきを」


 ◇

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