様々な収穫
「斬! むふふふ……いい手応えだ」
「…………」
「アノニムさん、実害のない行動は、なるべくスルーしていただけると……」
「はい……努力します」
場所はダンジョン五階層。硬さで定評のあるロックゴーレムを、ヴィードの大剣が打ち倒した所である。打ち倒したはいいが、その瞬間に決める「どや顔」ならぬ「どやポーズ」に、アノニムは引き気味だった。なるほど、こりゃあ「合わない」人たちが出るのもムリはない。
まず一階層で驚き呆れたのが、ヴィードくん、アノニムが見つけ出した罠を踏みたがる件。
「ちょっとちょっと、何やってんですか。見つかった罠を踏んで何がしたいの?!」
問いの形になったのは、別に本気で質問してるわけじゃなかったんだけど、ヴィードはまじめな顔して答えてくれた。
「ここら辺の敵では、ハンデを背負わなければ簡単すぎる。それでは戦う意味がない」
……呆気にとられた顔でロザリーを見れば、
「毒や麻痺は、私が治療しますから……」
視線を外されながら、そう言われた。いいのか、それで?!
……自分の判断を後悔し始めたアノニムだったが、先に進むにつれて次第にパーティーは機能し始めた。慣れは偉大だ。
「左前方三〇〇m、ザコ敵五に大物二。十秒で接敵。ヴィードさん、大物は任せた!」
「了解! ふっ、ワーウルフか。破邪の剣、受けるがいい!」
「アノニムさん、小物の追討は頼みます!」
要はヴィードにそこそこ歯ごたえのある敵をぶつけてやれば良いのだ。そう気づくと戦闘は一定のパターンに安定してきた。アノニムが索敵と誘導、ロザリーが魔法で敵を分断し、倒すのに時間のかかる相手をヴィードが担当。時間の掛からない相手をアノニム、手早く掃討。終わった頃にはヴィードも相手を討ち果たしている。何だかんだ言って、Bランクの実力は本物であった。端から見ても、実に「キレイ」な、系統だった修練により身につけた剣技に思われる。冒険者によくある力と反射神経に任せた戦技とは対照的でさえあった。
「よおし! いいペースではないか! まさか半日で五階層まで戻ってこれるとは思わなかった! 僕らは相性が良いと思うぞ!」
ヴィードくん、上機嫌である。形の良い唇が綺麗な弧を描き、マスクを外しても相当にイケてるんだろうなあと思われる。
「ヴィードさんの腕が分かってきたんで、負担の大きいのは丸投げするようにしただけですよ。さすが、その歳でBランクに上がるだけありますね」
「いや……Bランクなど……この程度、まだまだ……」
アノニムとしては軽くヴィードをヨイショしたつもりだったのだが、なぜか彼は表情を曇らせてしまった。なんだ? 触れられたくない話題だったかな?
ロザリーが、助け船を出すように
「今日はここまでにしない? 連携のお試しとしては、十分な成果があったと思うけど」
「そうですね。今からダンジョンを出れば、外はちょうど良いくらいの時間かな?」
「む、僕は進める時に進んでおくべきだと思うが……」
きりが良いと思ったアノニムもそれに乗ったのだが、ヴィードは物足りない様子だ。
「ヴィード、顔見せの初日だし、買い足したいアイテムもいくつかあるわ。少し早めの時間だけど、お店が開いてる時間を見越しての事よ」
「……わかったよ、ロザリーがそう言うなら」
まあ、実際上のリーダーはロザリーだね。判断が的確なら、文句はない。
そこから来た道を引き返した。モンスターが再湧きする前なので、来た時よりは弛緩した雰囲気だった。
のんびりと、世間話の口調で、アノニムは二人に問う。
「ここの目玉品は異空嚢って話でしたけど、お二人もそれが目的で?」
その問いにヴィードは微かに憤慨したように鼻を鳴らし、ロザリーは和やかながら隙のない言い回しで答える。
「そうね、レアなドロップ品はあったに越した事はないけど、私たちの目的は『第一踏破者』の名誉かしら? ご存じの通りこのダンジョンは発見されて二〇〇年ほどになるけど、未だに最下層は踏破されていないもの。『一番』の名誉が欲しいのは、誰でも同じじゃなくて?」
「なるほど……」
筋は通っている。この二人、どうも良いところのお坊ちゃま・お嬢ちゃまくさい。はっきり言って、どこぞの高位貴族の子弟と思われる。ならばダンジョンに挑戦する目的も、金よりは名誉か……
「次はあなたの目的を聞かせてくれませんこと? あなたも異空嚢に執着しているように見えないし、それどころか今まで故意に評価を抑えてランクEでやってきたという事は、ダンジョンは『稼ぎ場』ではなかったという事ね? なら、このナタジャラムのダンジョンに限って攻略しようとは、何が目的なのかしら?」
おおっと、質問がブーメランになってきた。仕方ないな……
「俺は……珍しいモノを探しにきました。時空神ナーダって、正直聞いた事がなかったもので、そんな神さまが開いたダンジョンなら、見た事も利いた事もないような『何か』があるんじゃないかって、それを見つけたくて仕方ないんです」
「……そう、変わった理由ね……」
めっちゃ疑われてるね。でも仕方ない。話せると判断した限りでのアノニム――トモヤのホンネである。ポリシーというほどの事でもないが、アノニムはできるだけ本音に近い言動を心がけている。それが、一種異様な演技力を身につけてしまった彼の、言わば精神衛生の保ち方であった。
「お? 来た時、この岩あったかな?」
ロザリーとアノニムが話し込むうち、やや先を歩いていたヴィードがダンジョンの変化に気づいた。というか、変化と言うにはあからさまな……罠に近い仕掛けが発動したらしい。
「……岩の向こうに結構な敵反応。どうします?」
「今日は上がりと決めた所だし」
「しかしロザリー、こういう仕掛け罠は突破のご褒美みたいな宝箱があるパターンでは?」
「……それは、そうだけど……」
普段は冷静なロザリーも、高確率でリターンがあるとなると迷う。罠の一番悪質なモノは、人間の欲に対して仕掛けられるモノかも知れない。
◇
「滅! これで終わりだっ!」
「グオオオォォォォ……!!」
ヴィードの渾身の斬撃を受けて、ワータイガーが光の粒子になって行く。なかなかの強敵だった。ゲームで言えば小ボスクラスの相手と言ってよいだろう。
場所は岩の奥に広がっていた小洞窟。その奥に鎮座していた石像が動き出し、入ってきた三人に襲いかかってきた。……押し入ることを決めたのは三人の側なので、迎えてくれたと言うべきか。光の粒子も消えた後には、小ぶりな宝箱が出現する。
「あら、よかった。何も出なかったらイラッとして終わってたかも」
「…………」
若干、ヴィードの顔色が悪い。アノニムは手早く宝箱を調べて
「……毒針の罠だと思う。悪い、手持ちの道具だと確実な解除は難しいから、離れた状態で作動させちゃうね」
「僕の装備では防げない? いてて!」
「アノニムさん、チャッチャとやっちゃってください」
少々のドタバタは無視して宝箱を開けた。中から出てきたのは……
「……何だこれ、歯車の……四分の一?」
「あらあ、これは……ナーダの信徒にお譲りするのがよいかしら?」
「…………」
確かにそれは、ヴィードの言葉通り円形の歯車を切り取ったような部品だった。二㎝四方に収まるくらいのサイズだろうか。アノニムは、おぼろげに覚えがある。確か、彼がいた地球でも既に少数派になっていた、機械式の精密時計。その中で、この部品が、繰り返し往復するように動いていた……と思う。そんな物が何で宝箱から出てくるのか分からないが。おまけに、彼の目には、その部品がかなり濃密な魔力を帯びているように見えた。
◇