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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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ダンジョン都市ナタジャラム

 ダンジョン都市ナタジャラムの酒場は、深夜近くになっても賑わいが絶えなかった。夜も昼もないダンジョンで稼ぐ冒険者を相手に商売をやっているわけだから、必然的にそうなる。


「さぁて、ようやく悪魔デビルの住みかから逃げ出したマロンとメロンの母娘。今度は巨大な大河に行き着いた。見れば川岸に舟が駐めてある。一隻を残して全部穴を開け、残る一隻に飛び乗った!」

「迷惑だぞ-、河漁師もいるだろーに」

「緊急事態という事で、一つ、ご勘弁を」


 ピエロ面をかぶったアノニム、今日は酒場で板芝居の『夜の部』を演じている。酒が入った冒険者たちも、目新しい話に興味を惹かれたのか、時々茶々を入れながらも大人しく聞いていた。


「母娘は漕いだ! 必死で漕いだ! 必死に櫂を漕ぐたびに、こう、ブルンブルンと」


 胸元にかけたバッグをブルブル振ってみせる。幾人かの失笑に近い笑い声が起こった。そう、これはいわゆる『艶笑譚』と呼ばれる類いの話である。


「大河を半ばまで渡った辺りで『待たぬかぁ! 人間どもめぇ!』悪魔が岸まで追いついてきた。しかし河を渡ろうにも舟がない。と、見れば悪魔たちは大口を開けて、河の水をガッフガッフと飲み始めた! みるみる河は干上がって、舟はもう進めない!」

「どーすんだよ」

「どーせ神さまだろ」

「すると、おびえる母娘に、カワウソの精霊さまが耳打ちしたのです。『さあさ、船縁に立って股を開き、大事なところを見せしゃんさい』聞いた母娘は船縁に足をかけ、悪魔たちに向かって女陰ほどを見せた! 思い切って『くぱあ』と!」

「ぎゃはははは! なんじゃ、そりゃぁ!」

「ブホッ! バカ野郎、エール吹いちまったじゃねーか!」

「悪魔も笑った! 激しく笑った! そしてそこのお兄さんみたく、ガッホゲッホと河の水を吐き出しちまった! たちまち大河は元通り! ザンブザンブと舟は流され、あっという間に対岸にたどり着いた! ……こうしてマロンとメロンの母娘は悪魔から逃れて、無事故郷の村にたどり着きました。お礼に二人はカワウソの精霊さまを祀り、生涯感謝し続けたそうです……」

「ハハハ、ありえねー」

「いいじゃねえか。てっきり神さま出てきて終わりかと思ったぜ」

「いよう、オレも女のXXX拝ませてもらえりゃ、見逃しちまうぜぇ、ヒヒヒ」


 言いつつ、ほどほどの拍手とおひねりが集まった。この手の仕事で言えば成功と言えよう。聖教の神父さまには見せられないけどね!


 ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――

 「板芝居」の話は、『鬼が笑う』を元に改変したものです。

 (参考図書)

  岩波版ほるぷ図書館文庫

  桃太郎・舌きり雀・花さか爺 ―日本の昔ばなし(II)―

                       関 敬吾 編

 ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――


 ◇


 酒場の二階でやっている宿に部屋を取っていたアノニムは、一仕事終えると部屋で仕事着から着替え、また酒場に戻ってきた。遅い夕食を摂りながら辺りを眺める。ちなみにメニューは、鳥っぽい肉と根菜のシチュー、黒パンにエールを一杯。まずまずの味付けだった。


(……ふうむ、意外と顔を隠している冒険者が多いね……)


 酒場の中にいるだけでも、ざっと片手に余るくらいは『顔隠し』の冒険者がいる。どうやらダンジョン都市ナタジャラムは金さえ稼げば素性は問わない、そういうタイプの街らしい。一攫千金を目当てに人が集まる場所では珍しい事ではない。何人かはマスクの下からケロイド状の皮膚が見える者もおり、素性云々より人目をはばかっての事らしかったが。

 ナタジャラムは二〇〇年ほど前、イクシス教皇国の北側、トラヴァリア王国との国境近くに開かれたダンジョン都市だ。有名所のダンジョンの中では歴史が若い所である。ダンジョンを開いたのは『時空神ナーダ』とされていて、同市はナーダ信徒の本拠地でもあった。ダンジョンの階層は三〇階とされ、最下層は未だに攻略されていない。

 この、ダンジョンが未踏破である事と、ダンジョンを開いたとされる神の神格『時空神』が、アノニムがこの街を訪れた理由だった。


(我ながら、バクチが過ぎると思うが……)


 今、元世界への帰還の手がかりがないのも事実。……考えすぎるな。できることはなんでもやってみるさ。

 食事を終えて部屋に戻ろうとした時、宿に繋がる階段から一組の男女が騒がしく降りてきた。


「なあ、考え直してくれないか? せっかく五階層まで到達できたじゃないか!」

「もうこりごりだって言ってるだろ! アンタのやり方にゃ着いて行けねーんだよ!」


 平均的な身長を頭一つ超えるほどの背丈に鍛えられた四肢、一見で前衛系の冒険者と知れる男と。平均よりは小柄で露出の多めな軽装備、盗賊シーフ探索兵スカウト系らしき女と。ダンジョン探索パーティーのいざこざだろうか。


「ダンジョンのモンスター相手に『剣士ヴィード見参!』って何考えてるのさ! あたしがどんだけ奇襲しやすいように気ぃ使ってると思ってんの?! それを全部台無しにしてくれるんだからもう……騎士ごっこはあんた一人でやっとくれ!!」

「ぬっ、多少戦局が不利になっても、正面から突破しなければ意味がない」

「あたしは楽に勝てて稼げる方が意味があるんだよ! やってられっかい!!」


 言い捨てて探索兵風の女は酒場を出て行った。後ろ姿を見送る剣士の表情は暗い……と思う。この男が口元だけ開けた仮面を付けていたからである。がっくりと肩を落としているからには、やはり落ち込んではいるのだろう。


「ヴィード」

「ああ、ロザリー……ごめん、またダメだったよ……」


 階段からもう一人、女性が降りてきて剣士風の男に声をかけた。こちらもパーティーメンバーだろうか、ローブ姿の上、これも仮面と巻き付けた布でくまなく顔を覆っている。ただ、身のこなしから何となく後衛の魔法職かと察せられた。


「部屋に戻りましょう。これからの事を考えなければならないわ」

「うん……そうだね」


 まるで姉に従う弟のような素直さである。大きな体を悄然とすぼめ、男は自分たちの部屋に戻っていった。

 見物していたアノニムもまた、動き出す。辺りの客は、珍しくもない光景なのか、気にもとめずにいたのだが。


(あの二人、結構腕が立ちそうだったけど……)


 特に剣士風の男の、階段での身ごなしに隙がなかった。


(それで、モンスター相手に名乗りを上げてから戦うって? 確かに変わってるね……)


 俗に言う、舐めプというヤツか、それとも縛りプレイか。何にせよ、苦労するだろうな、あれじゃ……


 ◇

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