幕間 王宮のエリス神官長
前回の予告と異なりますが、情報整理とキャラ紹介のため、幕間をはさみます。次回から新章になります。
「経緯としては、以上になります」
「うむ……ご苦労であった、エリス」
グレイビル宮中の奥まった一室で、エリス・ミュシャール・セネディー神官長は、一連の事件のあらましを、現国王、リオル・アルド・グレイビリア七世に直接報告していた。
個人的な友誼もあってリオルとエリスは他の神官長よりずっと親密な関係なのだが、今回の直接報告は、さすがにそれだけが理由ではない。トラヴァリアの一貴族が配下の研究者・魔道士の手で、禁断の異世界人召喚を行った事。前代未聞の大事件である。
同席していた宰相のラムズ・アルド・ロックフィルド公爵は硬い表情で問うた。
「まず考えるべきは、トラヴァリアに異世界人召喚の方法が確立され、伝わっているか? だと考えます。その意味で……その、召喚者アノニムの証言、『召還の間にいた者は全て殺した』というのは重要です。召還の技法がそこで断絶している可能性が大きい。いや、無論、確認のための諜報活動は欠かせませんが」
老神官長は、かすかに表情を曇らせて
「正確には『全て死んだ』ですが……結果と、確認しておかねばならぬ事には同意します。宰相閣下にお任せしても?」
「無論です。お任せ下さい」
一瞬、場に沈黙が落ちたが、リオル王はややおどけた口調で沈黙を破った。
「エリス……一度会ってみたかったぞ、その少年に」
「全くですな」
「……申しわけございません。ミュシャさまの加護を受けた以上、我らの恣意で触れてはならぬと考えました」
予想はしていた。国家の立場から見れば我が懐に飛び込んできた召還勇者など、垂涎の的である。どんな手を使ってでも自軍に加えたいだろう。彼の勝手に任せて解き放つなど有り得ぬ愚行のはず。しかしリオルは笑って言った。
「一つの国の命運を背負わされた者で、それを夢みぬ者があろうか? 『我が国だけに味方する召還勇者がいてくれたら』とな。しかし、先にミュシャ神にツバをつけられたのでは、致し方ない。ははははは」
王の笑い声を聞いて、エリスもわずかに緊張を解く。ああ、この王がいればこそ、グレイビルはトラヴァリアよりも住みよい国でいられるのだ……
真顔になったリオルは宰相に問う。
「此度、降臨したミュシャ神を狙ったのは、継承権を奪われた第三王子であったな?」
「はい、現在母方の公爵家の姓を名乗っておりますが、復権をあきらめておらぬようで、様々な工作を行っております。また、これとは別に、先年、マホロ連合王国で起こったいわゆる『革命』で、実家であるトラヴァリアに逃れてきた第二王女が、これまた好戦的な貴族たちで派閥を形成し、宮中での一大勢力となっております。このまま行けば……トラヴァリアは領土獲得のために対外戦争を仕掛けかねない、そう私どもは分析しております」
チラチラと、老神官長に視線を送る宰相は、「だからこそ、召還勇者を手元に」と訴えたいのだろうが。
「そこらの事情を分かりやすくまとめてエリスに預けるがよい。後は、委細任せる」
後半は老神官長へ向けてのセリフだ。エリスも応礼し、返した。
「王のご厚意に感謝します。各地のミュシャ神殿に手配して、アノニムに渡るようにいたします」
「なんの、これでもし恩に着てくれるなら安いものよ。ムリヤリなどという野暮は好かぬのは、ミュシャさまに同意するでなあ」
◇
密談用にしつらえられた部屋を出て、王族以外知るものも少ない中庭のベンチに腰を下ろし、空を仰いで軽く息をつくエリス。なんだかんだで、結構緊張していたようだ。さて戻ろうかと腰を上げた時、
「エリス? エリスじゃな? おお、久しいではないか! ははははは!」
聞き覚えのある笑い声と供に、身の丈二mはありそうな巨漢が駆けてきた。まずい! ヤツに見つかった! 思わず渋面になる老神官長。
目の前に立たれると、壁が出来たかのようだった。単に丈が大きいだけではない。まるで青銅を鋳込んで作り上げたかのような分厚い肉体が、重量がないかのように軽やかに動く。武術を修めた者なら一目置かずにおられないだろう。そんな体に、豊かな白ひげを蓄えた顔が乗っていた。いたずら小僧のような笑みを浮かべ、歳の頃は、ほぼエリスと同年代だろうか。
「……何の用だよティレルじじい」
「何の用だはご挨拶ではないか。積もる話も色々あろうに。な?」
憎まれ口を受け流しながら、巨漢の老人はジェスチャーでエリスに再度の着席を勧める。渋々と言った様子で従った。
老神官長の横に、巨体を折りたたむようにして座り、老戦士は子供のようなテンションで告げる。
「で? すごい話を聞いたぞ? 『剣聖ロズウェル』の召還レヴナントとやりあったって!」
「! だ、誰がそんな」
「陛下から聞いた。ずるい……ずるいぞエリス! なんでお前ばっかり、そんな美味しそうな敵にぶつかるんだよ!」
陛下! 口が軽すぎです! と思いつつも、一種仕方ないかとの思いもエリスは感じた。
この老人、ティレル・ツェーレ・メムノン・グレイビリアといい、現国王の兄に当たる。現在はメムノン公爵を名乗っているが、かつては王位継承権第三位のれっきとした王族であり、それ以上に『鉄腕ティレル』の通り名で中央三国に鳴り響く隠れもない英雄である。近くではトラヴァリアの擬装兵千名近い部隊を、わずかな手勢と供に退け、遠くはマホロ連合王国への援軍として彼の地へ赴き、数万の異教徒を討ち滅ぼした。国王の信認篤く、「兄上に裏切られるなら、私の器はそこまでだったということよ」と、常日頃語っているとか。
蛇足ではあるが、若い頃には冒険者として活躍した時期もあり『紅蓮風エリス』とは当時のパーティー仲間である。若気の至り、黒歴史……
「ずるいって……アンタは子供か。それに私がやりあったわけじゃないんだ。私は……ミュシャさまの降臨体を逃がすので精一杯で」
言ってから『しまった!』と思ったのだが
「うん、お前の所の召還勇者が戦ったって? やっぱりずるい……そんな、美味しそうな若者を抱え込むなんて! 一回ワシと手合わせさせい!」
アノニムの事まで筒抜けだった。陛下……ちょっとうらみます。
それからエリス神官長は、この無邪気なまま歳を取ってしまった人物に、言葉を尽くしてアノニムの事情その他を説明し、ようやくなだめる事が出来たのだった。
「……ターンアンデッドを仕掛ける前に、しばらく観戦する機会はあったよ。その上で言うと……今のアンタがレヴナントとやりあえば、アンタが勝ったと思う」
「……ホントか? 知っているとは思うが、ワシは剣に関しては世辞は嫌いじゃぞ?」
「腹蔵なく本気だよ。大体、アンデッドが生前の能力を十全に再現できた例を、私は知らないね」
「そうか……しかし……やり合えれば、古式の剣技を見る事もできたろうなあ……やっぱ惜しい……」
(やれやれだね。いつまで経っても子供なんだから、この男は……)
正直、迷惑に思う気持ちも強かったが、それでもティレルを無碍に扱わなかったのは、万が一アノニムの心が闇の方へ傾いてしまった時に、彼を止められる人物の心当たりは、『鉄腕ティレル』しかいないのも事実だったから。
(この婆の懸念が、取り越し苦労で終わりますように……)
◇