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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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旅立ちの時(付:略地図)


「なぜです? どうしてアノニムさまが神殿を出て旅などに?」

「目的地もわからないって……それではまるで『追放』ではないですか!」

「ミュシャさまの加護を受けられ、古霊のレヴナントを防がれた……アノニムさま以上に神殿騎士にふさわしい方がありましょうか!」


 神殿の小聖堂に、アノニムの世話係だった巫女たちが集められていた。そこで彼女たちは神官長エリスから突然、アノニムがミュシャ神殿を離れ一人旅に出ると告げられたのである。全員驚愕し、そして強硬に反対した。エリスは言葉を選びながら、彼女たちをなだめる。


「落ち着きな、みんな。旅に出ると決めたのはあの子なんだよ。訳あって「それ」が何かは教えられないけど、あの子は探しているモノがあって、それを見つけるためには神殿を出て自分自身で探し出すほかない。私たちでは力になれないんだ。残念ながら……ね」

「教えられない……何かって……」

「〝地仙眼〟の神官長でもお力になれないと?」

「……まさか……失われたガーナディーンの王冠?! 戦った強敵ともから探索を託された……とか?」


(い、いかん、ちょっと想像力がたくましすぎる子がおる)


「一つだけ言うなら……それは形あるモノじゃないんだ。だからこそ、私たちがあの子を縛り付ける鎖になっちゃいけない」


 老神官長の言葉に年若い巫女たちは、はっと胸を突かれた表情を浮かべた。


「先だってね、私にこう言った男がいたよ。『ミュシャさまは見守るだけで、治めては下さらぬ』とね……。一面の真理だと思う。でもね、私に言わせれば、それこそがミュシャさまの人間への愛なんだ。だから……私たちも、笑ってあの子を見送ってやろう。ね?」

「「「………………」」」


 巫女たちは伏せた目に涙を浮かべながら、小さくうなずいた。


 ◇


 自分の素性を明かし「今日はもう休むがよい」と、エリスと別れた翌日。アノニムは自分から神官長との面会を求めて告げた。「神殿を出て帰還の方策を探る旅に出る」と。


「……昨日言ったとおり、私たちはどこを探せばいいのか目算さえ示せないよ。その上で……当てはあるのかい?」

「ないよ。でも、エリスさんたちも、この世の全てを知ってるわけじゃないですよね?」

「……まあ、当然じゃな」

「なら、どこかのダンジョンの奥に一つか二つ〝旅の扉〟があってもおかしくないでしょう?」

「なんじゃそれは? いや、答えんでよいぞ。聞くだけムダな話の気がする……」


 頭を抱える老神官長に、アノニムは満面の笑みを浮かべた。


 それから一ヶ月ほどが旅立ちの準備に費やされた。資金、知識、そして装備の一新……。トラヴァリアの洞穴で得た『闇渡り蜘蛛』から、魔の森で仕留めたままになっていた、角のあるセイザンコウのような魔物まで(初めて『鞭角獣べんかくじゅう』と、正式名称を知った)。副神官長格のカイムに補佐されて、素材売却と武具制作のオーダーメイドを行った。カイムから商人・職人含めて、顔を青くしたり赤くしたりしてたのだが、そこら辺は省略する。

 怪しいままだった「この世界の一般常識」も、大急ぎで詰め込まれた。アノニムの看護を担当していた巫女たちが、雰囲気を一変させてスパルタ方式で教育してくれた。厳しさだけではなく、時間を一刻もムダにできないという真剣さが伝わってきて、アノニムも彼女たちの意気に応えようと真摯に取り組んだ。

 そして、中でも『自分自身の大改造』といえるのが――


「アノニム、遅くなったの。護衛依頼の達成証書と代金じゃ」

「はい、確かに、約束通りに……って『アラミス』って何です? え? Gランクのアラミスって……ひょっとして誤記?」


 冒険者ギルド発行の依頼達成証書の名前に戸惑うアノニム。エリスは耳元に口を寄せてささやいた。


「用心のためメグナの冒険者ギルドの記録に、ちょいと細工をしたのじゃよ。これでメグナで私に雇われたのはアラミスという男で、その後の消息は不明……という事になる」

「あー……」


 過剰な用心……と思わなくもなかったが、改めて考えると、ザルトクス子爵領→魔の森→城塞都市メグナ、地理的な隣接地を繋げて考える者がいないとは限らない。


「用心に越した事はないぞ。ざっと調べた限りでは、どうもザルトクス子爵の寄親にあたるホルトミルガー公爵が、何やらトラヴァリア宮中で動いているとも聞く。子爵のやった事は、もしや裏側の根が深いかもしれんな。……そこでの、アノニム、提案なのじゃが……」

「何です?」

「お主、芸人ギルドに入ってみんか?」

「……は!? 芸人!!」


 ◇


 九月初頭の夜明け前。残暑は厳しいながらも秋の気配が感じられる頃になっていた。グレイビル王国ミュシャ大神殿の、普段は使われない通用門前に、旅立つアノニムと、それを見送る神官長エリスを始め数名の姿があった。


「お体にお気をつけて、ミュシャさまのご加護のあらん事を」

「各地のミュシャ神殿訪問時には、お教えした符諜をお忘れなきよう」


 副神官長ミネアとカイムが実直な挨拶を交わす。


「グスッ、寒くなりますからねっ、辛くなったら……いつでも帰ってきて、ヒック……」

「搦め手だけは注意してね、アノニムさま……それさえ防げば、絶対大丈夫……」

「まだまだ……たくさんお教えしたいお話がありますの……ですから……きっと……」


 世話役だった巫女たちが、声を詰まらせながら別れの言葉を贈る。

 老神官長エリス・ミュシャール・セネディーが、一歩足を進めアノニムの顔をのぞきこんだ。


「あの時――私を『ばあさん』と呼びおったの」

「! あ、あれは緊急事態で、その……すんません!」


 自分だって『小僧』呼ばわりしてたくせに、と思わないでもないが、ここは素直に謝っておく。


「ああいう物言いは、孫にしか許さんときめておるのじゃ。だから……帰ってこい、いつか、心の区切りがついた時に」

「…………約束は……できません」


 目を伏せるアノニムに、老神官長はゆるりとした笑みを向け


「約束は、求めぬよ。なぜなら我らはミュシャさまの信徒。『明日は明日の風が吹く』じゃて」


 無言のままアノニムは、彼女らに一礼し、その場に背をむけた後は一度も振り返らなかった。涙を、見るのも見せるのも嫌だったから。


 ◇


 夜が明けそめる頃、アノニムは数人の行商人たちと一緒に、乗合馬車の荷台でゴトゴトと揺られていた。恰幅のいい中年男が、アノニムの旅装から何か察したようで――


「よう、兄ちゃん、芸人さんかい? ミュシャさまのお参りたあ、若ぇのに感心じゃねえか」

「はい、まだ成りたてですけどね」

「首にかけてる土笛オカリナ、飾りじゃないなら吹いてくれよ。気に入ったらおひねり出すぜ」

「いいですよ、まだお金をもらえるような腕じゃないです……」


 言いつつ、陽気な民謡を奏で出す。まだ眠たげな表情だった行商人たちが次第に目を輝かせて、手拍子を入れ始める――


 アノニムの脳裏に、この一月の『芸人特訓コース』が蘇る。エリスから「冒険者ギルドは真っ先にザルトクス子爵一派の監視が向く。だったら、いっそ芸人ギルドに入った方が身軽じゃぞ」と説得され、なるほどと同意したのが運の尽き。それまで以上の過密スケジュールでの詰め込み教育が始まった。そしてさらに驚いたのが、自分の身がその『芸』を、あっという間に習得してしまった事。

 こちらの世界に来てから、異世界人の特権なのか、異様に「物覚え」がいい自覚はあったのだが、どうもそういったレベルを超えている。オカリナなどはメロディを思い浮かべれば勝手に指が動き、ただ情感のままに吹き鳴らせばいい。まるで『第二の声』である。「これは一体……」と戸惑う彼に、教育係の(注:世話係からランクアップ)巫女たちは口々に指摘した。「当然です、アノニムさまは、ミュシャさまより加護を授けられた方ですからっ」初耳であった。心当たりがあるとすれば……あの洞窟で猫さまに指を舐められた時だろうか。


 一曲吹き終えると、やんやの喝采を受けた。


「よう、上手ぇじゃねえか! とっときな!」

「おう、いい景気づけだったぜ! ほれ、オレも!」

「ああ、ありがとうございます」

「おお、わしゃあ銭はないが、ホレ、この実を持ってっておくれ」

「ありがとーございます!」


 やがてまた、乗客のリクエストを受けて笛の音が流れ出す。昇る朝日の向こうには、ミュシャ大神殿がもう小さくなって見えていた。


 ◇―――――◇

「概略地図」


■■    △       ホローデン

      △          帝国 

 グレイビル △ トラヴァリア     

  王国   △   王国  ■■■  

■■   イクシス   ■■■■■■  

■■■■■  教皇国 ■■■ マホロ  

■■■■■■■■  ■    共和国  

■■■■(海洋)■■■■■■      

■■■■■■■■■■■■■■■■■   

      南方大陸          

△山 ■海


回想回であった第二章終了です。第三章より現在視点(数年経験を積んだトモヤ)に戻ります。

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