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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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召喚勇者の痕跡

 そんな日々が一週間ほど続き、ようやくしつこい筋肉痛も薄れてきた。そうなると、看護役の巫女さんたちが代わる代わる神殿見学に連れ出してくれた。……正直少しは「デート」などという言葉も脳裏に浮かんだが、さすがにそれは自意識過剰というものだろう。ただ、神殿にかなり立派な図書館が併設されていたのはうれしい誤算だった。少しでも興味の惹かれたものはかたっぱしから貪り読んだ。思考・意識に強化魔法をかけて速読したので、傍目には流し見て放り出しているだけに見えたかも知れない。

 そんな『速読チート』を持っていても、目当ての情報にはなかなかたどり着けなくて……


「ねえ、シルヴィアさん。俺、田舎で聞いた事があるんだけど……異世界から呼び寄せられた勇者さまが世界を救った事があったって」

「召喚勇者さまの冒険ですか? それなら、確かこちらに……」


 付き添いの巫女に尋ねて案内されたのは、子供向けの読み物のコーナーだった。いや、そうじゃない。……これはこれで読むけどさ。


「何か正式な歴史資料に残っている、その手の話ってないかな?」

「正史に残る、勇者召喚の話ですか? ……うーん、ちょっと、それは……」


 頬に指を当て、考え込んでしまった。いかん、ちょっと性急に求めすぎたか。


「い、いや、元になる話がホントにあったのかなって、気になったからさ。これ、ちょっと借りてくね」

「はい。もう、アノニムさま、結構お話の好みがお若いのね。うふふっ」


 からかわれて赤面するアノニム。その場は絵本を数冊借りて自室へ引き上げた。


 ◇


「……正史に残る……召還勇者の話とな……」

「はい。『ちょっと気になっただけ』と、ごまかされましたが」


 少し後、別室で卓を囲む神官長エリス、補佐役の高位神官ミネア、カイム、そして本日のアノニム担当シルヴィア。

 シルヴィアは先ほどまでの様子とは打って変わって冷静にアノニムの行動を報告する。時折エリスに混ぜ返されると「任務ですっ」とふくれて見せる年相応の面も見せていたが。そんなシルヴィアにも、自分のもたらしたひと言が場の雰囲気を一変させた事が感じられた。

 明らかに緊張の度を増したエリス。普段おっとりした様子のミネアは青ざめ、切れ者カイムは逆に顔を紅潮させながらも小さく震えている。神殿幹部のこんな様子は、今まで見た事がなかった。え? 私、何か変な事言った?

 と、エリスが急に顔をほころばせてシルヴィアを労った。


「ご苦労さま、シルヴィ。今日はもう上がって休むといい」

「え、はい、神官長。あの、でもまだ給仕場の」

「そっちは私が言っとくよ。今日くらい休んでもバチは当たらないさ」

「そ、そうですか? それなら……はい」


 降って湧いた半休みに、頬を緩める少女。椅子をたつ彼女に老巫女はさらに声をかけた。


「毎日あの坊主の相手をして大変だねえ」

「そんな、大変だなんて」

「今日は、何だっけ? 子供向けの絵本を借り出したんだったかい? 確か……」


 ◇


「それでは失礼します」


 一礼し会議室を出るシルヴィア。急な休みだ。空いた時間、何をしようか。


「それにしても、アノニムさまも子供っぽいわねっ。『こびとの国』と『もの言うカエル』だったかしら? ふふふっ」


 ◇


 会議室ではエリスが椅子に寄りかかるように腰掛けていた。悄然として口にする。


「……まさか身内に記憶誘導をすることになるとは、思わなかったよ」

「……致し方ないでしょう、事は、それほどに……」

「し、しかし、本当にそんな事が行われたのでしょうか? 人の手による異世界人召喚など……」


 重い沈黙が部屋に満ちた。それをふり払うように、老巫女は口にする。


「……集まった情報を見れば、極めて疑わしい。後は……ウダウダ考えるより、坊主に直接尋ねてみようかい」


 側近二人は、その言葉に思わず息を呑んだ。


 ◇


「……へぇ、ミュシャさまの受け持つ営みって、広いんですねえ。でも、よく分からないんですけど、鍛冶神のゴドファさまと領分がかぶっていませんか?」

「そう思われますよね。実際、完全に分けるのは不可能だというのが大方の意見です。……そうだ、料理人の昔話がありましたわ」


 アノニム、今日は部屋でメガネっ子の巫女から、この世界の神話を色々教わっていた。そういう話を語るのが好きな子らしく、目を輝かせて語り込んでいる。


「昔々、料理人が神さまに加護を願い出ました。その時、二柱の神が、どちらが加護を与えるかで争いました。炎の神にして鍛冶の神ゴドファは言います。『人は食べねば生きてゆけぬ。料理は必要不可欠なものじゃから、ワシが加護を与えるのは譲れぬ』対して泉の神にして舞楽の神ミュシャは言います。『食べられるだけでは料理人の意味がない。美味しさという楽しみがあってこその料理なのです。私が加護を与えるのは譲れません』二柱はどちらも譲らず、ついに時と秩序の神ザナに裁定を求めました……あら?」


 ちょうどそこでドアがノックされた。


「どうぞ、開いてます」

「ジャマするよ……おや、ホントにジャマだったねえ」

「そんな事は……」


 入ってきたのはエリス神官長。挨拶代わりのからかいをはさみ、直裁に切り出した。


「悪いねえ、坊主にレミィ。急に話しとく事ができちまってね。今日はこれ以降私に時間を空けてくれるかい」


 巫女さんの方は是非もなく、アノニムも『何かあった』と察せられれば、断る選択はない。


「はい……それではアノニムさん、続きは又の機会に……」

「楽しみにしてます」


 巫女が部屋を出ると、残された二人の間に互いを探るような沈黙が流れた。ぽつりとアノニムが漏らす。


「……いい加減、坊主はやめてくれませんか」

「む、そうじゃったの。済まぬ。……アノニム……という名が、どうも人に根付いて聞こえぬもので、つい、な」

「…………」

「約束したの。猫さまを届けてくれれば、ミュシャ神殿は決してお主を粗略に扱わぬ、と。じゃから……私の知りうる限りの事を話そう。この世界で起こった、界渡り……異世界人召喚の事例を」

「!!」


 ◇

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