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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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ミュシャ神帰天


「……起きよ、起きよ、小僧。もうこれ以上は待てん」


 バシーーン!! と眉間に衝撃を受けた。誰かが「ひっ」と声を漏らす。それを区切りに、アノニムの意識はムリヤリ暖かな闇から引きずり出された。視界に映る、顔をのぞき込むエリスをはじめとした数人の神官たち。……自分がベッドに寝かされていたのに気づかされた。


「……見知らぬ天井ごっこもさせてくれないんですか……」

「? 訳の分からん事を言うとらんで起きよ。辛いのは分かるが、今だけ根性見せんかい」

「あ、あの、エリスさま。ミュシャさまのために尽くされた方に、そのやり方はちょっと……」


 巫女の一人が控えめながら抗議の声を上げる。つい、相手が知らない道具を解説してしまうアノニム。


「大丈夫ですよ、ハリセンと言って、音が派手に鳴るだけの道具なんです」

「そうなんですか? よかった。では、こちらへご一緒に」


 ……ハリセンで叩かれたのは大した事はないけれど、身体強化の反動が始まった身で、正直起きるのは辛い。しかしうら若き巫女(アノニム――トモヤにとってはお姉さん世代なのだが)にニッコリ笑って手を差し伸べられると、今さらイヤだとは言えない流れになってしまった。結構やせ我慢をしてベッドから起き出す。


「何かあるんですか? 皆さん一緒の上に俺もとなると」

「うむ、我らが主のお見送りじゃよ」

「あ……」


 言葉を飲み込み一向について行く。長い回廊を抜け、石造りの巨大なドームの中に出た。中央には一段高く荘厳な台座が設置されており、中央には文字通りその身から光を放つ、ピンクと水色・純白の三毛猫の姿が。神座を囲んで数十人の楽士たちが、一糸乱れぬ演奏で舞楽の神を称えていた。エリスたちに混じって猫さまの前に進み、周りの皆が伏し拝むさまをぎこちなくマネするアノニム。ふと猫さまを見やれば、目を細め含み笑いでもするかのようだった。

 恭しく、老神官長が進み出て、歌うように祝詞を捧げる。


『歌は湧き出ずる とこしえに 舞いは廻り降る 永久とことわに 花は咲き 実を結び 冬を越し また芽吹く 称えよミュシャ 尽きせぬ泉 願わくば再び降臨の 光輝に与らんことをこいねがう』

「「「「「ラーラーラー、ラーラーラー、ラーラーラー……」」」」」


 合唱に包まれて、猫さまの姿が薄れてゆく。きらめく光の粒子を残してその姿が完全に消え去った後には、えも言われぬ芳香が漂っていた。泉の神にして舞楽の守護神ミュシャ。受肉降臨の帰天であった。

 猫さまの消えた神座を、茫然と見つめるアノニム。


(しまった……あれがこの世界の神の一人なら、帰還をお願いしてみるべきだった……ダメ元でも)


 思いながらも、何となく、頼んでもダメだったろうなぁという気もする。短いつきあいだったが猫さまにとって、そういう頼み事は〝野暮〟なんだろうなと、そんな感じがするのである。

 立ちつくすアノニムに、エリスが歩み寄って声をかけた。


「なんじゃ、呆けた顔をしおってからに」

「いや……ミュシャさまって、猫の神さまなんですね」

「そういうわけではない。神々に我らの知覚できる形での決まったお姿はないのじゃよ。あれは今回受肉降臨されるに当たって、たまたまあの姿をとられただけじゃ」

「そうなんですか……でも、キレイでしたね」

「うむ、佳いお姿じゃったのう……早速絵師を手配せねばな……」


 顔を伏せてぶつぶつと考え事を始めるエリス。側に控えていた若い巫女が気遣わしげに声をかけた。


「神官長、もうアノニムさまは戻られてよいのでは?」

「おお、そうじゃった。戻って休むがいい」


 その言葉を待ってましたとばかりに、アノニムの両脇に女性神官が立ち、しっかと腕をからめ取った。


「え?! いや、歩けます! 一人で歩けますって!」


 当たってる! 腕に当たってるよ、結構なボリュームのが!


「ふふふ、ムリはいけませんよ、アノニムさま」

「そうですとも。あんな相手と渡り合った後では……どうか一切ご遠慮なく私たちを頼ってくださいまし。ね?」


 小首をかしげ、あざと可愛らしく微笑みながら、彼女たちはアノニムを連行して行く。


「……鼻の下のばして余計な事をじゃべるんじゃないよ」

「のばしてねーし!」


 エリスに混ぜ返されながら、去って行った。


「……やれやれ、激しいねぇみんな」

「それはもう、久しく現れなかったミュシャさまの神徒でしょう? 若い子たちが我先にとなるのも、ムリはないかと……」

「……〝神徒〟ねぇ……ミュシャさまが授けた加護がどの程度のものなのか、そいつは分かってないんだけどねえ……」


 首をひねって「若い者同士」の後ろ姿を見送る老巫女。微笑ましいで済めばいいのだが、その程度では収まるまい。

 最大の懸案が片付くまで棚上げにしてきたが、あの本名も知れぬ少年、どう見ても尋常の存在ではない。その上、ミュシャ神殿として大きな恩義を負う事となったし、かてて加えて、ミュシャさまは物好きにもほどがあろうに、あの子に加護まで与えられた。

 ミュシャさまの帰天という大仕事は終わったが、あの少年の扱いは、一つ間違えればミュシャ神殿が傾きかねない大事になる。そんな予感がしてならない。


「ミネア、まずはトラヴァリアの情勢をもう一度詳しく調べておくれ。出来れば西部……いや、魔の森周辺で変わった動きがなかったか」

「わかりました」

「……ついでに跡も消しとこうかね。カイム、盗賊ギルドにわたりをつけな。エリスがうまい話を持ってるってね」

「よろしいので? 連中、強欲ですよ?」

「大丈夫、一回くらいなら文句なく働くネタはある。急いどくれよ」

「はっ」

 矢継ぎ早に指示を出し、神官たちがあわただしく行き交う。老神官長の意識はもうすっかり次のステージに切り替わっていた。


 ◇


 神殿での療養生活は、天国のような地獄だった。

 限界越えの身体強化の反動と、熾烈な打ち込みを受けたダメージの蓄積で、体はボロボロだった。無論魔法がある世界だから回復魔法も存在する。さらに言えば各神殿は祀る神に違いはあれ、皆、回復魔法のエキスパートがそろっている。筋肉痛や肉離れ程度、なんの怖いことがあろうか……のはずなのだが。

 一般的に、魔法を使ったケガの治療でも、回復は時間を掛けて行うのがよいとされている。即席に魔法で生み出した組織よりも人体が自ら生み出した組織の方が、より強靱で同じケガもしづらくなる……と。


「ですから、もうしばらく我慢なさってくださいね、アノニムさま」

「ここを越えればアノニムさまはより一層お強くなられますから」

「今、体が利かない分は私たちがお手伝いしますからねっ、はい、あ~ん」

「……(あーん)……」


 ミュシャ神殿の巫女たちは、やたら積極的にアノニムの世話を焼きたがった。まあ、当初はまるで手指が動かせなかったので食事の介助はしぶしぶ受け入れたが、やたら明るく尿瓶を持ってこられたのは閉口した。男子の尊厳から断固拒否。残念そうな顔をされてもムリなモンはムリですっ。第一、神殿には普通に男性神官もいるので、やむにやまれず介護される事になっても、同性のほうが気が楽なんだけど。別な用件で部屋に来た男性職員にそこら辺の希望を伝えたのだが、「勘弁してください、女性職員ににらまれたらやってけません」と拒否された。解せぬ。

 あまつさえ、その一件以来、柱や 曲がり角の影から顔を赤らめてこっちを見ている女性職員が増えたような……「尊い」とかつぶやいてるし。……実害はない。実害はないですよ、無視すれば。ええ。

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