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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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乾坤一擲の大外れ

 間髪を入れずに装備を交換し、ザルトクス子爵家から渡された『不壊剣』を構える。これならば、易々と断ち斬られる事はないはずだ……多分。

 ……レヴナントの様子が変わった。剣を正式に構え、アノニムに正対する。一対一でやりあうに値する相手と認めたのだろうか。


(やれやれ、楽できるならナメられたままでも良かったんだけどねー)


 『伝説』とか言ってたけど生前はとんでもない人物だったらしい。強化魔法使いまくりの攻撃無効チートつきでお迎えして済みませんね、こんちくしょう。

 全身、総毛立つような緊張のまま、エリスに目配せする。老巫女も覚悟を決め


「死ぬな、小僧!」


それだけ言い残して走り去った。

 小さく息をつく。懸案の一つは減った。そこに切り込んでこられた。「その隙は見逃さぬ」と言わんばかりに。

 パワーもスピードも、それまで経験したどの戦いより上だった。意識はおいてけぼりで、反射神経だけが五体をコントロールする。数合の斬りむすびの後、


「!」

「ぷはっ!」


再び飛び退って対峙する。……やられたねぇ、今度も。絶妙の引きフェイントで防御を崩され、首筋を斬られた。見事に一本。ばあさんのくれたアドバンテージは、後三本。

 ……しかし、ちょっとモヤッとするな。

 左腕斬られた時も、今の首筋も、自前の回復魔法でしのげない訳じゃなかったと思うんだが。そりゃあ、回復している隙に攻め立てられて「詰み」って事もあるから、無効化はありがたいっちゃ、ありがたいんだけどさ。

 でも、ゲーム的な割り切った考え方すれば、結論は明らかだよね? 「手傷を無効化するより、致命傷を無効化する方がコスパがいい」

 そして、もう一つ。ばあさんは「回避に徹しろ」って言ったけど、これほどの相手には通じない。むしろどこかで攻めないとジリ貧に陥る……と思う。

 そこまで考えた以降のことを、アノニムはよく思い出せない。いや、頭では覚えていないが体は覚えている、と言うべきか。自分自身が研ぎ澄まされ、一点に集中して行く感覚。それでいて知覚はあまねく全方位に広がり、五感に加え魔力も溶け合った〝全感覚〟の域にいた。……多分、長時間続けたら精神を病むと思う。脳・脊髄引っくるめ『中枢神経系』で処理できる情報容量を超えている。


「はっ……はっ……はっ……」

「……フヒュルルル~~……」


 どれくらいの時間、切り結んだろう。時間の感覚が判然としない。アノニムは粘った。この化け物じみた「剣豪の記憶の残滓」と渡り合い、通常の手段は防ぎ通す事さえした。その抵抗は、おそらくこのレヴナントにしても予想外のものだったろう。二度、神授ギフトのスキルかと思われるような技を放ち「絶対防御」を削っていった。「りー!」と叫びたいところだが、それはお互い様だったろう。

 「必殺技」の連打で勝負を決めようとしたレヴナントだったが、今のアノニムに同じ手は通じない。魔力の流れをなぞるように逆流させて、二種類の技を切り返し、防いでしまった。既に双方の消耗は相当に厳しいはずなのだが、アンデッドの不痛性故か、レヴナントの口から笑いに似た息がこぼれる。対するアノニムは……生身の悲しさ、そろそろ限界だった。今、勝負を終結させなければ、自分が壊れてしまうだろう。全身に熱と苦痛の混合物が入り乱れているようだ。「絶対防御」の残りは一回。これを利用して仕掛けるなら、チャンスは今しかない。

 無言。軽く息を吐いて、初めてアノニムから仕掛けた。レヴナントは眉に当たる部分をわずかにつり上げ、受ける。二人の速さを目で追える者がいたら、一見その攻防は平凡に見えただろう。しかし、全てをそぎ落とした後に残る技とは、結局平凡なものなのだ。間合いの出し入れ、機の奪い合い、そんなところである。この立ち会いで得たものを、あたかも返納するような一閃を、アノニムは相手に浴びせた。自分自身の剣技を鏡写しのように突き返されて、薄皮を張ったしゃれこうべの面相に怒りとも笑いともつかない表情が浮かぶ。受けた剣をそのままに、猛然と切り返した。その瞬間、かくりと、アノニムの防御に隙が生じる。


「!!」


 それは、かつての自分自身の悪癖だった。矯正するため、何百、何千回鍛錬を繰り返したろう。先輩剣士たちに頼んでわざと打ち込んでもらう事もやった。その隙へ――剣が吸い寄せられていく。

 『罠だ!!』という声が、生前の意識も定かではない魂の中で響いた。しかし、剣は止まらない。剣士の本能に従って振るわれていく。なぜなら、必勝の一太刀だから。それが決まれば、確実に勝負は決まる。絶対の一振りだから。


「がふ……っ!」


 レヴナントの剣がアノニムの首に食い込み、切り裂いて断ち切った、はずだった。――その後しばらくアノニムは、喉奥を鉄塊が通り過ぎる感触の記憶に悩まされる―― 最後の「絶対防御」が発動し、狙いどおり致命傷を無効化した。同時に、


「コフッ……!」


レヴナントの心臓部をアノニムの突きが貫いていた。いかにナマクラ呼ばわりされている不壊剣とは言え、相打ち狙いのカウンターで突き技を繰り出せば、この程度はできるのだ。


「シッ!」

「?!……」


 一瞬で剣を引き抜き、飛び退いたアノニムに対し、かつての英雄は信じられぬものを見るように、己の胸元に顔を向け固まっていた。次の瞬間、チップを使い切ったバクチ打ちは、己のバカさ加減を思い知る。


(コイツ、アンデッドじゃねーかぁーっ!! どうやってとどめを刺すんだよおぉぉぉっ!!)


 ばあさんに残機五機もらってゲーム始めたと思ったら、相手の残機は無限大だった件。自分の貧弱な「神聖系」魔法で、このレベルの相手にダメージさえ通るとは思えない。もう、逃走を考えるべきかと思ったら


「クフォ……フォ、フォ、フォ、ホォ、ホーホホホ……!」


突然、アンデッドが笑い出した。骨と皮だけになってしまった身に許される範囲でだが、愉快でならぬという、あの調子は伝わってくる。「まんまと誘われたわ。この俺が、こんな手にかかるとは!」そんな声が聞こえてきそうな気がする。


『……黄泉の神ドメルの元へ』

『眠り醒まされし魂よ還りたまえ』


 呪言を聞いて初めて気づいた。それだけ意識が限られた範囲にのみ集中していたのだ。自分たちの周りを三十mほど離れて、六人の男女が取り囲んでいる。レヴナントの真後ろにはエリスがいた。ミュシャ神殿の神官たちと思われた。


『慈悲深き月の神リュナ』

『迷いし御霊を導かれませ』


 各々を頂点にした六芒星が形作られた。囲みの中心――アノニムとレヴナントを、黄金色の暖かな光が包んでいく。委細構わぬといった調子で、彼はアノニムに歩み寄り、無造作に右手を差し出した。その、あまりに自然な調子にアノニムも、つい右手を差し出し……軽く握手を交わした。


『清めるは、生者の妄念』

『駆られた魂に救いあれ』

『『『『『『ターン・アンデッド』』』』』


 光の中に瘴気が溶けていく。レヴナントの圧倒的な気配が水泡が弾けるように薄れていく。神官六人によるアンデッド浄化魔法は、さすがに効果は抜群だった。おぼろに霞む輪郭が戻ると、後には小柄な浮浪者の死体だけが残されていた。

 歩み寄ってきたエリスが吐息と供につぶやく。


「今の死体を入れ物にして往古の魂を喚んだのか……何で釣られたか知らないが、気の毒にね……小僧?!」


 そしてアノニムの意識も、そこまでで途切れ、糸の切れた人形のようにくずおれたのだった。


 ◇

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