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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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伝説の影法師

 豪奢さと安っぽさが、奇妙に同居した部屋だった。飾られている調度品は豪華なのに、壁とか床とか、部屋の作り自体は不釣り合いに安っぽいのだ。まるで……元は安い造りの部屋に、急な事情で高級な家具・調度類を並べ体裁を整えたような……恐らく、その予想は外れていない。

 部屋の中央にしつらえられたソファーに身を預け、ちびちびとグラスを傾ける男が一人。歳の頃は三〇前後か。ダークグレイの髪を隙なくまとめ、同色の瞳に整った風貌――と言っていいのだが、何故か長くは見ていたくない、そんな印象を抱かせる。

 ドアがノックされ、執事が取り次ぐ。


「……ザカロックさまたちの下調べが終わったとの事です」

「ここへ通せ。私が直に聴く」


 しばしの間を置き、少々やつれた様子のザカロックたち三人が、さらに数名の武装騎士に付き添われて入室した。……手錠はないものの、まるで「連行」されて来たかのようである。

 事実、部屋の主から彼らに投げかけられたのは、聴聞と言うより、ほとんど叱責であった。


「お前たち三人がそろってそのざまか! 『紅蓮風エリス』とは言え、相手は八十に手が届く老人一人だぞ。あまつさえ結界に保護され眠らされていたなどは、『手加減してやった』と言われているも同然だろうが!! 恥を知れ!!」


 男の面罵に身をすくめる若者二人をよそに、ザカロックは淡々と言葉を返す。


「面目次第もありません、殿……閣下。ですが、さらに恥をさらさねばなりません」

「む? どういうことだ?」

「我らが敗れたのは、セネディー神官長ではありません。一緒にいた、まだ年若い……冒険者風の少年一人に……蹂躙されました」

「何だと?!」


 ザカロックは冷静に事実を報告する。最初はエリス一人が三人を迎え撃ち、その段階では戦況は拮抗していた。ところが急に一人の冒険者風の少年が戦いに乱入し、桁外れのスピード・パワー・魔力をもって三人を戦闘不能にしてしまった。そのさまは、まるで……


「……人を相手に戦っているというより、強力な魔物を相手にしているかのようでした」

「自分も同じ印象を持ちました」

「そういえば、自分が麻痺させられたスキルも、ゴースト系モンスターが使うモノに似ていたように思います」

「ぬう……」


 アゴをひねりながら「閣下」は考え込む。三人が発見されて救出、城塞都市メグナまで運ばれてきた経緯を考えると、口裏を合わせる時間や状況があったとは考えづらい。


「……わかった、全員下がれ。しばらく一人で考えたい」


 人払いをして男は、ソファーに身を沈め、しばらく瞑目していたのだが


「……モンスターのような……少年? 紅蓮風エリスが召還魔法を使ったとは聞かんが……ミュシャ神の新たな加護か?」


 立ち上がり、うろうろと歩きながらつぶやく。


「今さら、放置は論外。兄上たちの笑いの種になるだけよ。さりとて、今から切れる手札で、ザカロックども以上の手は……」


 寝台の枕元、鍵の掛かったチェストから、さらに魔法で封がなされた古びた小箱を取り出した。密かに取引している怪しい古物商から仕入れた魔道具である。盗掘品が元になっているのは明らかだったが、売り手も買い手もそんな事は問題にしない界隈での取引品であった。


「……いくらなんでも、『ロズウェル・ベルデ・ガーナディーン』はないと思うが、相当に高位の霊格なのは確か。今はこれに賭けるしかないか……」


 しかめ面でつぶやく男。執念も感情の高ぶりもなく、ただ、仕方なくやっていると言わんばかりの態度だった。


 ◇


「それでは、お手数をおかけしました……」

「道中気をつけて」

「達者でな……」


 グレイビル国国境、ゼブラ砦の西門にて。深々と頭を下げる「ばあや」役のエリスを、警備の兵二人が気遣わしげに見送る。「坊ちゃん」役アノニムも、あくまでいらだたしげに、不遜な態度でその場に背を向ける。警備兵、これにはツバを吐きかねない視線で見送り、砦内へ戻って行った。トラヴァリア、サンド砦『勧進帳』の再演である。

 しばらく無言で街道を進み、人の気配がない事を確かめて……


「……何だって、こっち側でも芝居を打つ必要があるんです?」

「ちょっと待て。猫さまが先じゃ。猫さま、ご不自由おかけいたしました……」


 言いつつエリスは自分の異空庫から専用背負子ごと猫さまを取り出し、アノニムの肩に掛けた。今日も毛を逆立てて伸びをする猫さま。お疲れ様でした。


「一言で言えば用心じゃよ。グレイビルの役人連中は、トラヴァリアよりはマシだと思うが、それでも砦内に間諜の一人くらい潜り込んでいないとも限らん。人の弱みや欲は国という枠で変わるものではないからのう」

「まあ……そうかも知れませんね」


 そんな話をしつつも、さすがにグレイビル領内に入った気安さがエリスの表情に感じられた。もうエリスたちのためだけに、追っ手など送り込めまい。そんなことをすれば『国際問題』である。そのはずだったのだ、通常の人間レベルのステージ上でなら。

 ゼブラ砦を出て最寄りの宿場町で一休みし、小一時間ほどで出立したのも、急ぐと言うよりゴールのミュシャ神殿がもう近いという事情の方が大きかった。が……

 最初に気づいたのは猫さまだった。


「フー!」

「っ!」


 低いうなりと爪たて1回。視線はまっすぐ前方に向けられている。


「どうされました? よもや、ここで……!」


 言いつつエリスが一歩前に出る。陽炎が立つ道の向こうから、浮浪者らしき男が一人、ふらふらとした足取りで歩いてくる。なんだ、酔っ払いかという想念がアノニムの脳裏をかすめたのは、いまだわずかながら『日本の中学生』の部分が残っていたからだろうか。

 突然男は胸をかきむしり、苦悶の声をあげ始めた。


「おぎっ!……おごぉあぁぉ~~~っ!!」


 ミチミチ音をたてながら、体が変形していく。内側から膨張するように、小柄だった体は二m近い長身となり、全身の肉は干からびて骨に貼りつき、禍々しいまでの魔力が吹き上がる。

 エリスが瞳を青く光らせて見定め……身をのけ反らせてうめいた。


「……人造レヴナント?! ロズウェル・ベルデ・ガーナディーン!! バカな?! そんな!!」


 何かに衝撃を受け固まっていたエリスに猫さまを預けて、アノニムは杖鞭を構えて正面に立つ。礼儀をぶっちぎって告げた。


「ばあさん、走れ。ここは俺が抑える。どんな手を使ってでも止めるから」

「くっ! 小僧……!」


 一瞬ためらったが、老巫女は異空庫から金色に輝く羽を五枚取り出し、何かの呪文を唱えた。羽は光の塊となって消え、光はアノニムを包み込む。何が起こったかと思っていると、


「小僧、五回じゃ! 五回だけ相手の攻撃を無効化できる! じゃから、かわせ、回避に徹するのじゃ! アレが伝説どおりの使い手なら、正攻法で立ち向かっていい相手ではない!」

「りょ!」


 それ以上言葉を発せなかった。レヴナントがロングソードを抜き、切り込んできたのだ。アノニムも、てんこ盛りで限界ギリギリの強化魔法を用いていた。それでも……


「ちぃぃ!」

「!!」

「小僧!」


 ……やられた。受け流しに徹したつもりだったが、杖鞭をあっさり両断されてしまった。元はモンスターの角である。自分で同じ事ができると思えない。あまつさえ同時に左腕を斬られた。……エリスの防御魔法が一回減ってしまったのが分かる。

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