転生したら悪女だった9
私――フレデリック・ユグアス――は、私にもたれて眠っているロレインに困惑していた。馬車の揺れが眠気を誘ったらしいが、無邪気に眠っている彼女には、悪女ロレインの面影はない。
「ぼっちゃん。ロレインさんは疲れているんです。押しのけないであげてくださいませ」
じいやと話す。
「じいや。なんで急に腰痛なんて」
「メイドさんたちのリクエストで、ロレインさんと二人でダンスをしたんです。もうすぐお祭りだから、メイドさんたちはダンスを覚えたがっています。今はもう、腰はだいぶマシですが」
ロレインがじいやとダンスをした?
私に触れられることは嫌がるくせに、
ムッとした。おもしろくない。
「仕事中にダンスなんて申し分けありません」
「仕事さえきちんとしてくれたら、休憩時間に息抜きをするのはかまわない。じいや、お願いだから身体を大事にしてくれ。この屋敷はじいやがいないと回らないんだ。じいやは家族みたいなものだからな」
「そういう優しいセリフを、ロレインさんにも言ってあげてください。昔は婚約者だったんですから」
「ロレインとは政略結婚だった。とうに婚約解消をしている。愛情などない。私はロレインを処刑した人間だ。彼女は私を嫌っている」
「ロレインさんは記憶がなく、人権もありません。彼女はいろんな人たちに嫌われています。仕事仲間もです。その上、坊っちゃんにまで嫌われたらかわいそうですよ」
「メイドがロレインをいじめたことは現場を見ているから知ってる。だが、その程度のこと、あのロレインなら、自分でなんとかするだろう?」
「はい。メイド長とメアリさんはロレインさんの味方になりましたね」
「そうか」
「ロレインさんは、ゴミ屋敷から拾った金貨を、メイドたちに分けて、自分の分は取りませんでした」
「私もあれは驚いた」
「実はゴミ部屋に金貨を仕込んだのは私です。ブローチとネックレスは予想外でしたが」
「ロレインをテストしたわけか?」
「はい。執事として当然です。ロレインさんは悪女だとか言われていましたが、元からまともな倫理観をお持ちの、優しい性格だったのだと考えます」
「優しいフリをしているだけはないのか」
「芝居なら、私をおんぶして走ったりしませんよ」
立場がロレインを悪女にさせていたのだろうか。私はロレインのことを知らなかったのかもしれない。
疲れて眠っている彼女はとてもかわいらしい。
夜会や舞踏会で出逢う彼女は、紫や赤や黒のドレスが似合っていて、咲き誇る花のようだった。毒々しいほど美しかった。
こういう地味な格好も似合う。
清楚で愛らしい。
「婚約解消なんてするんじゃなかったな……。あのとき、婚約を続けていたら、全てが変わっていたかもしれないのに」
私は彼女の髪をそっと撫でた。
☆
馬車の振動が心地良い。
はっと気付くと私――ロレイン――は殿下にもたれて眠っていた。
馬車の中だ。
殿下と私の二人だけ。
殿下は私の肩を抱いて、髪をいじっている。
恋人同士のように。
「きゃああっ」
私はあわてて隅のほうへと移動した。
馬車の中は狭い。殿下と距離が近い。
「執事さんはどうされました?」
「治療院に置いてきた」
「執事さんの具合、悪いんですか?」
「もう大丈夫だと本人は言うんだが、大事をとった」
「私、馬車降りますね。歩いて帰ります」
「待て、二人だけで話をしたい」
馬車から降りたくてドアを開けようとしていたら、手を捕まれた。
手袋をしているから大丈夫だけど、私は手を振りほどいて王子に言った。
「触らないでください!」
「わかった」
あっさり手を放された。ほっとして手を引っ込める。
「執事さんから聞きました。婚約者だったそうですが、今は私はメイドで、フレドッリック・ユグアス王弟殿下は雇用者です。私のことはそっとしておいてください」
「ははは。君は私に怯えているのか? 今の君は、清楚でかわいい。……好みだよ」
綺麗な顔が迫ってきてドキドキする。
何なの? この甘い雰囲気は?
怖い。
私を殺しておきながら、私に言い寄るフレドリック殿下が怖い。
この男性は、人間の心を持っているのだろうか?
ドアを開けようとしてあせる。
「旦那様、私は悪女のロレインですよっ」
「では悪女のロレインに聞く。なぜ君は、打ち合わせ通りにしなかった?」
「何のことかわかりませんっ!」
ようやくドアが開いた。
「業務外です。すみませんっ」
私は馬車の外へと飛び出した。
えっ? 地面が遠い。
乗り合い馬車の感覚で飛び降りたが、貴族が使う馬車は車輪が大きくて車体が高い。どうしよう。こんな高いところから飛び降りたらケガしてしまうっ。