転生したら悪女だった8
私は執事さんをおんぶして街道を走った。
そして、そうっと治癒魔法を掛ける。魔法って、一気にやるより、小出しにするほうが大変だ。
「すみません。若いお嬢様にこのようなこと。恐縮しております」
「あら、気にしないで。人助けはせ……」
聖女のたしなみだと言いかけて言葉を飲み込む。今の私は悪女ロレインだ。
「ふうふう」
私は息を切らしながら走る。
治癒魔法をかけながらなので、体力が削られる。
「ロレインさんはいい人ですね。まるで聖女のようだ」
ぎくっとしたが、笑ってごまかす。
「えへへ。ばれちゃいました? 私、実は聖女なんでーすっ」
「実のところ、私はあなたを警戒しておりました」
「ふふっ。王太后様を毒殺して、死刑判決を受けた悪女ですから、嫌われて当然です」
「死罪になったのは、ハワード伯爵家が王兄派でいらっしゃったからでしょう。あなたのお父様は、罠にはまってしまわれた」
「えっ!?」
王兄派って? あの陛下には兄がいたの?
旦那様……フレドリック・ユグアス王弟殿下は、三兄弟の末弟ってこと?
普通、王位って、いちばん上のお兄さんが継ぐよね? なんで次男の陛下が国王になってるの?
罠に嵌まった、というのもショッキングだった。
驚きのあまり、歩く速度が速くなる。
「知らないです。忘れたのかも」
「昔、婚約されていたことも、ですか?」
「誰と誰が?」
「ロレインさんとぼっちゃんです」
ちょっと待って!
い、いま、すごいことを聞かされたんだけど!!
あの殿下、恋人を処刑したの?
あのキラキラ殿下は、肩に手を置いてきたり、なれなれしいなと思ってた。
「すっかり嫌われてしまったな」なんて言うし、距離感のおかしい変な人だなと思っていたけど、婚約者だったなんて。
執事さんは「昔」って言った。じゃあ、今は婚約を解消している、ってこと?
私は完全に立ち止まってしまった。地面を見つめて考え込む。
「いつのことですか?」
「5年ほど前のことですね」
「私、ぜんぜん覚えていません」
「そうですか。忘れたほうが幸せでしょう。旦那様を恨まないであげてください。立場上、そうするしかなかったのです」
この世界は戦争がなくて平和だと思っていた。
でも、貴族たちは見えない戦争をしていたんだ。王兄派だとかでいさかいを起こして。毒殺して。罠に嵌めて、罠をしかけて。
ぞっとした。
かかわらないほうがいい。
私が欲しいのは平凡な幸せなのよ。
「ロレイン! じいやもっ」
旦那様の声が響いた。
馬車が止まり、キャリッジの車窓から、フレドリック王弟殿下が身を乗り出している。
王宮から戻ってきたらしい。
馬車のすぐ横を、馬に乗ったアランさんがついている。
「執事さんが腰痛を起こしたので、治療院につれていくところです」
「ばかものっ!」
旦那様が怒鳴った。
「ロレイン、ふらふらじゃないかっ。止まりながらよろよろ歩いていたのを見ていたぞ。重いんだろう? 無理をするなっ! 早く乗れっ。馬車で送ってやるっ」
護衛騎士のアランさんに執事さんを預けると、急に身体が軽くなってくらりと来た。
馬車に同乗させてもらい、治療院を目指す。
ゴトゴトと車輪がきしむ音がしている。眠い。おかしなやり方で治癒魔法を使ったから、疲労がどっと押し寄せてきた。
私はそのまま寝てしまった。あろうことか、フレデリック王子殿下にもたれかかって。