転生したら悪女だった7
「国王陛下。私は今の生活に満足しています。そっとしてください」
「わかった」
国王陛下は殿下とお茶を飲んでから王宮に戻った。
殿下も陛下と一緒に馬車に乗り込む。
「王宮に出かけてくるよ」
メイドや護衛騎士、執事さん、庭師のジョゼッペ爺さんと一緒に、陛下と旦那様を送り出す。
馬車が出ると、みんながほぉっとため息をついた。
「あーっ。疲れたぁっ。陛下の予告なしの訪問はやめてほしいよね」
「私なんか慌てちゃって、茶器を割ってしまったわ」
「ビスキュイの作り置きがあってよかったわぁっ」
「王弟殿下のお屋敷とはいえ、王宮の外だから気楽だと思ってお勤めしているのに」
あれ? なんで旦那様は王宮に住まないんだろう?
王族はお城に住むはず。
わざわざ王宮と違うところに住んでいるって不思議よね。
「ロレイン、あんた、何をやったのよ……?」
「わかりません。過去の記憶がないんです」
記憶がないっていうのは便利な言い訳だわ。次からはこれで押し通すことにしよう。
「生まれ変わった気持ちで働いております。どうか、追い出さないでくださいませ」
私がおじぎをすると、メイド長が言った。
「追い出さないわ。というより、追い出す権限が私たちにはないのよ。旦那様のお心次第です。今日はなんていうか、仕事する気分じゃないわね。休憩にしたいのですけど、執事さん。いいですよね?」
「はい。いいですよ。休憩にしましょう」
「ロレイン、ダンスを教えてね。もうすぐ女神様の生誕祭があるの。みんなダンスを覚えたいのよ。今日は踊って楽しみましょう」
「はいっ。まかせてくださいっ!」
私は元気良く言い切ったが、ダンスなんてできない。聖女は男性と手を繋ぐことができないからだ。
でも、踊らないと、伯爵令嬢でないことがばれてしまう。
「音楽とパートナーが必要ですよね?」
「楽器はワシがやりましょう」
庭師のジョゼッペ爺さんが、ギターを構えて椅子に座った。弦をかき鳴らす指先から、美しいメロディが零れる。神殿の聖女の舞と違って、踊り出したくなるような明るいリズムだ。
芝生の中庭に響く音楽に、皆の顔がほころんぶ。
「私がパートナーをしましょう。お嬢様、ダンスのお相手をお願いします」
執事さんが言った。
「はい。喜んで」
笑顔がひきつる。
絶体絶命だ。
お互いにおじぎをし、執事さんの手を取った。
ジョゼッペ爺さんのギターに合わせてステップを踏む。
私は滑るように踊っていた。
スロースロー、クイッククイック、クラップクラップ、ハーフターン、フルターン。
踊れる。踊れるわ!
「さすが伯爵令嬢でいらっしゃいますね。踊りが軽いですね」
「執事さん。褒めて頂いてありがとうございます。昔のことを忘れてしまったようなので、踊れるかどうか不安でした」
「記憶は忘れても、身体が覚えたことは忘れないものですよ」
踊りながら執事さんと話す。
この世界のロレインはダンスが得意なのね。
芝生の上をくるくると回りながら移動する。
ダンス、すごく楽しいわ!
「わぁっ。ロレインさん。上手っ」
「さすが貴族のご令嬢ね。踊りが美しいわ」
「ふんっ!」
「ああもうっ、なんか腹が立つっ!」
「ドロシーもリラも、ダンス覚えようよ。貴族の令嬢に教えてもらえる機会なんてめったにないんだから」
メアリさんがとりなしてくれている。
「ゆっくり踊りますので、真似をしてください」
執事さんが言った。
メイドさんが私のステップを真似る。
ドロシーさんもリラさんも真似をしている。
「いちにいさんでターンして、二歩右にステップして手を叩くのね」
「ドロシー、あんた上手いじゃない?」
「すっごく楽しいっ」
「同じステップの繰り返しね」
「簡単だわ」
「そうそう。みなさん。お上手ですよ」
「執事さん、教え方が上手いですね」
「ですが、その、ゆっくり踊るのは老体にこう、なんというか」
早く踊るより、ゆっくり踊るほうが筋力を使う。私は平気だが、執事さんはお年を召していらっしゃるせいもあって、汗まみれになっている。
上体を起こそうとしたとき、執事さんの背中でゴキッと妙な音がした。執事さんはその場にうずくまり、腰に手を当てて、苦悶の表情を浮かべた。
「つぅっ」
「執事さん。大丈夫ですか?」
「腰が……うぅっ、痛い」
「アランさんを呼んできて! 治療院に運ばないと」
「アランさんは旦那様の護衛で王宮に行かれました」
「お医者さんに来てもらうことは?」
「無理です。あの治療院はこちらから行かなきゃ」
ジョゼッペ爺さんは足が悪いみたいだし、メイドさんたちも執事さんは運べない。
治癒魔法を掛けることができたら、腰痛なんて治してあげることができるのに。
でも、ダメなの。治癒魔法を掛けるとき、魔法粒子が光るから、みなさんのいる前では治療ができない。
「私が運びます!」
「ロレインさん。無理よ」
「大丈夫です。執事さん。私におぶさってください」
「私が運びますよ」
「だめよ。ジョゼッペさん、足がお悪いでしょ。腰を痛めてしまいますわ。私、若いし、力持ちなんですよ」
「治療院の位置わかる?」
「わかります! そんなに遠くないから大丈夫です」
「私も行くわ!」
「メアリさんは窓拭きの続きをお願いします」
私は執事さんをおんぶして街道を走った。