転生したら悪女だった5
「旦那様、申し分けありません! 私にはわかりませんっ」
メイド長はおじぎをした。
「説明せよ。宝石をなぜ隠した!?」
「隠したわけでは。ロレインにこの部屋を与えて掃除させたところ、部屋から宝石が出てきたそうです」
「この部屋……ゴミ倉庫だろう? ロレインをいじめたのか?」
「私がいじめたわけでは……皆が、そのう」
ああ、メイド長、これは言ってはいけないわ。
私は仕事柄、地方領主と話すことが多い。
偉い人たちは、使用人の内輪もめをいちばん嫌う。
全員まとめて首にされてしまうわよ。
「メイド長が、ロレインさんをいじめようって言ったのよ」
「はじめに言い出したのは、ドロシー、あなたでしょ!?」
「私のブローチもこの部屋からでてきたんですよ。旦那様」
「馬の餌のトウモロコシでおかゆを作って食べさせようって言ったのはあんたでしょ」
「前にお仕えしてた旦那様は、あの女の父親のせいで失脚したのよっ」
メイドさんたちは言い合いをはじめた。
お互いに責任を押しつけあっている。
今にもつかみ合いの喧嘩に発展しそうだった。
「ネックレスを隠した犯人は誰だと聞いている!」
殿下が言った。
殿下は苦虫をかみつぶしたような表情をしている。
怒ってる。ものすごく怒ってる。
このままだとメイドさんたち、全員首にされてしまう。
『ネズミさん、お願い、私の頼みを聞いてくれない?』
私はネズミさんにお願いした。
動物と話すことも、聖女の力のひとつだ。
壁の穴から出てきたネズミが、私に向かって大きく頷く。
「旦那様。私はいじめられてません!」
私は声を張り上げた。
「犯人はネズミさんです」
殿下の足下を、金ボタンをくわえたネズミが走って行く。
「私が頂いた部屋には、ネズミさんの巣がありました。ネズミさんはキラキラしたものが好きで、集めていたんです」
「そうか。なるほど。わかった」
殿下が大きく頷いた。ネックレスをズボンのポケットに入れる。
「ええ? そうだったの?」
「よかったぁ!」
「犯人はネズミかぁ」
「ロレイン、部屋の掃除は終わったのか?」
「はい、終わりました」
私は部屋のドアをさらに大きく開けた。
「ほんとうだ。綺麗になってる。すごいな」
「先輩のみなさんが手伝ってくださったんです」
メイド長と先輩メイドさんたちがぎくっとした様子で視線をそらし、引きつった笑みを浮かべた。
「そうか。今日はいろんなことがあって疲れただろう。風呂に入って早く休むといい」
殿下が私の肩に手を置こうとした。
私は足を引き、すっと逃げた。
殿下は手をひらひらさせて苦笑した。
「すっかり嫌われてしまったな」
別に嫌ってるわけじゃないけど、首に手が当たるのは困る。
聖女は大人の男性とじかにふれ合ってはだめなの。
女神の制裁があるかどうかは場合によるらしいし、服の上からならいいそうだけど。
「ロレイン、母の形見を見つけてくれてありがとう。感謝している」
へえ、この殿下、ちゃんとお礼を言えるんだ。悪い人ではなさそうね。
ハンサムなので黙っていると冷酷そうに見えるけど、笑っている顔は優しそうで感じがいい。
「旦那様、この金貨、どうしましょう?」
「皆で分けたらいい」
殿下は踵を返して歩き去って行った。
執事さんはその場にとどまり、私をじっと見つめている。
「どうぞ」
金貨はちょうど4枚ある。私は四人のメイドさんに、一枚ずつ渡した。
「え? いいの? 貰っちゃう。ありがとう。うれしいなぁうれしいなぁ」
「頂くわ。わりがとう」
「ふんっ」
「まあいいわ。受け取ってあげるわ」
リラさん、しぶしぶって感じで受け取ったけど、とてもうれしそうだわ。
「ロレインさんの分はいいのですか?」
執事さんが聞いた。
「私はいいんです。お屋敷で働かせて貰えるだけで満足です」
「さっきはありがとう。助けられました。あなたは合格よ。掃除洗濯担当メイドとして認めます」
メイド長が言った。
「ありがとうございます! 私、掃除得意なんです。任せてください」
私は頭を下げた。聖女はみんな掃除が好きだ。だって、聖女の修行は掃除から始まるんだから。
「私は、あんたなんて嫌いだからっ。私がお仕えしていたメイジャー家は」
「ドロシー、うるさい。ロレインさん本人がやったわけじゃないでしょ!? 私はメアリ。後輩ができてうれしいわ。歓迎します」
「メアリ、あんた、何を考えてるの? この女は犯罪者なのよっ」
「だって、私はロレインさんのこと、悪い人には思えないんだ。それに、仕事が楽になりそうだしね」
「ふん」
「ロレインさん。よろしくね」
「こちらこそ。よろしくお願いします。先輩」
「あなたが伯爵令嬢だったなんて信じられないわね」
メイド長が言った。
「私たちが掃除を手伝ったって、あてこすりかしら。それともいやみ?」
「リラ、もう、ロレインにつっかかるの、やめようよ」
メイド長と3人のメイドさんのうち、私を認めてくれたのは2人。メイド長とメアリさんだけ。
ドロシーさんとリラさんは私を嫌ってる。
でも、大丈夫。私はメイドさんたちと仲良くなって見せるわ。
女ばかりの修道院で生活していた聖女ですもの。
私は平凡で平穏な生活をしたいんだもの。
「がんばります。よろしくご指導ください。私でできることがあれば、何でもおっしゃってください」
私はメイドさんたちに向かって頭を下げた。
「ダンスを教えて。もうすぐお祭りがあるの。女神様の生誕祭よ。貴族の令嬢だったらできるでしょ? 休憩時間にちょっとだけでいいから。ねえ。ドロシーもリラも覚えたいでしょ?」
メアリさんが言った。
私は冷や汗を掻いた。
どうしたらいいの? ダンスなんて、一度もやったことがないんだけど。
踊れないと、私が伯爵令嬢でないことがばれてしまう。