転生したら悪女だった2
獄卒に背中をドンと押され、私は台から落下した。
「きゃあっ」
首に縄が食い込む。首が絞まる。息が出来なく……ならなかった。
ズサッと音がして、私は穴の中に転がっていた。
麦わらがたくさん敷き詰められていて、私は麦わらまみれになった。
「痛い……」
上を見ると切れた縄がゆらゆらと揺れてる。縄が切れたのだ。
落ちたときにぶつけた足首と太腿と腰が痛いけど、私は生きてる。
麦わらがクッションになったようだ。
後ろ手にくくってあった縄がほどけて落ちた。
首の縄を外して、私は麦わらをはたき落とした。
自分に治癒魔法を掛けながら立ち上がる。
治癒魔法に特有の魔法粒子が、キラキラと輝きながら私の周囲を取り巻く。
周囲はシンと静まりかえった。
みんなあっけに取られている。
「生きてる」
「化け物……」
「さすがは悪の化身だな」
「気味悪い」
「毒婦」
「見た目は綺麗なのに」
「あの悪女、外見だけは美しいな。あの金髪なんて太陽みたいじゃないか。瞳は宝石みたいな青色だし」
「悪女は殺しても死なぬのか」
ささやく声が聞こえてきた。
悪女なんて失礼だわ。
私は聖女よ!
「こういうときどうしたらいいんだ」
「法律書にはないぞ」
「前代未聞だ」
「頭を潰せば死ぬるかもしれぬ」
「いや、それでも生き返るかも……」
「予定通り燃やしてしまおう」
えええ? やだっ。
この麦わら、私を燃やすためなの?
早くここから出ないと。
「このまま生き埋めにするか? 首を切るか? 燃やすか?」
役人たちがこそこそと話し合っている。
顔を布で隠した獄卒たちも、とまどって立ち尽くしている。
彼らの視線が、王弟殿下に注がれた。自分たちでは決められないから、偉い人に決めてもらおう、という雰囲気だ。
殿下は聲を張り上げて言った。
「悪女ロレインの処刑は執行された」
「あのう、すみません。どういう意味でしょうか?」
私は声をあげた。私と同じ声だった。
転生しても声は同じなのね。
「この女は死んだ」
柵の向こうの庶民たちから声が上がった。
「生きてるじゃないか?」
「殺せ!」
「私の主人は、その女の父親に殺されたのよっ!」
「コロセ! コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!!」
ブーイングが地鳴りのように沸き起こった。
柵を揺すって抗議している。
死刑は庶民の娯楽だから、コロセコールが沸き起こることは不思議ではないけど、嫌われっぷりがすごい。
この世界の私は、一体何をやったの? こんなにも嫌われることができるなんて才能だわ。
「静まれっ!」
観客がぴたっと静かになった。
この殿下、カリスマ姓があるのね。
声がよく通って、皆が殿下の言うことを聞いてしまう。
すらっと背が高く、堂々としていて、顔立ちが美しい。金のモールと勲章がたくさんついた正装を、凜々しく着こなしている。
青い目は冷酷そうだけど、采配棒を持っている姿は、品が良くてきりっとしている。
「ハワード伯爵は自殺し、伯爵家は廃嫡。親類縁者はもとよりいない。伯爵の家屋敷と財産は国庫に入り、この女の人権は剥奪された。私はユグリス国司法院長官として、この悪女を預かろう。我が屋敷で掃除婦として働かせる。国家に寄与するまっとうな人間に矯正することを約束しよう」
わぁっと歓声が上がった。
掃除婦かぁ。まずまずね。
牢屋に入れられると思っていたので、思いがけない好待遇に喜んでしまう。
「化け物女を預かるなんて、さすがはフレドリック様だ」
「人間ができておられる」
「伯爵令嬢が掃除婦なんて最高じゃないか」
この世界の私は伯爵令嬢だったのね。お父さんが死んで、身分も屋敷も財産も、全部取り上げられたなんてかわいそうだわ。
殿下は穴に近づくと、私に向かって手を差し出した。
「自分で上がれます」
聖女のときのくせがでて、私は殿下の助けを断わった。聖女は男性とふれ合うことは、禁じられている。女神の制裁を受けるからだ。
穴の端に手を掛けて身体を引きあげ、ひらりと地面に立つ。身体が軽いわ。この世界の私は体力があるのね。
おつきの護衛騎士が引いてきた馬に、殿下は乗り、馬上の人となった。
「ついて来い。我が屋敷で奴隷として雇ってやる」
「わかりました。ありがとうございます」
馬をゆっくりと歩かせる殿下の横を、私は徒歩でついていく。
☆
フレドリック・ユグアス王弟殿下邸の使用人控え室に、メイドの声が響いた。
「ちょっと聞いて! ひどいのよっ」
「どうしたの? リラ」
「ずいぶん早いね。絞首刑を見に行ったんでしょう? 悪女ロレインの処刑、どうだった?」
「走ったの? 汗まみれじゃないの?」
「乗り合い馬車に運良く乗れて、駅からは走ってきたの。あの女、うちのお屋敷に来るのよっ」
「え? どういうこと?」
リラは手短に事情を話した。
「ええーっ。じゃあ、私たちと一緒に働くことになるってわけ?」
メアリが言った。
「嫌よ。そんな。絶対嫌。伯爵令嬢が掃除や洗濯なんてできるわけないじゃないの。私たちに押しつけられるのに決まってる」
「仕事が増えるのは嫌だなぁ」
「私がお仕えしていたメイジャー男爵家は、あの女の父親に陥れられたの。旦那様が死んでしまわれたのよ。夫が死んで領地を取り上げられたのに、こんなにたくさんの罰金は払えないって奥様泣いていらっしゃったわ。私が男爵家を首になったのは、あの女のせいよ」
ドロシーが言った。
「許せない」
「いじめて、追いだそう!」
「メイド長、いいですよね?」
ずっと黙っていたメイド長が念を押した。
「旦那様は預かるっておっしゃったのね? まっとうな人間にすると」
「はい。メイド長」
「私たち使用人は、旦那様のご意向に従わなくてはなりません。新参のメイドと仲良くしなくてはなりません」
「ええーっ。そんなの嫌ですっ!」
「私も嫌ですよ。でも、ロレインさんがご自分から屋敷を出て行くのなら、私たちに責任はありません」
「だったら」
「辞退するように仕向けるんですね」
「腐った物でも食べさせて、病気にさせますか?」
「それもいいわね、でも……としたらどうかしら?」
「ふふっ。メイド長、いじわるですね。だったら……するのは……」
「いいわね。それでいきましょう」
メイドたちは意地悪く笑った。
彼女たちのいじめの相談を聞きながら、書類に羽根ペンを走らせていた執事が、そっと席を立った。
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