転生したら悪女だった17
私――ロレインは掃除をしていた。
朝日がキラキラでまぶしい。朝一番早く起きて、モップを使って掃除をするのは、爽やかで楽しい時間だ。仕上げに清浄魔法を掛けて、隅々まで綺麗にする。
ところが、綺麗になったばかりの廊下に、ぽとんと小さな羽虫が落ちた。
「え?」
わぁ。たくさんいる。羽虫が数十匹ほども飛んでいた。
小さいけど、たくさんいるので気持ち悪い。
なんでだろ? 今日は虫が多い。こんなことはじめてだ。
「きゃああああっ」
この悲鳴はドロシーさんだ。メイドの寝室から部屋から聞こえてくる。
「虫よーっ。やだーっ」
「きゃあああ。何でっ? 何でぇっ!?」
「やだやだっ。気持ち悪いっ!」
メアリさん、ドロシーさん、リラさんが、寝間着姿のままで走り出てきた。
メイド部屋のドアが開いた瞬間、彼女らを追いかけるようにして、羽虫がブワッと出てきた。
この部屋から虫が発生しているみたいね。
「きゃああっ」
「窓開けますねーっ」
私はメイド部屋に入り、窓を開けた。
羽虫が飛んでいく。
ほっとして部屋を出ようとすると、枕の下が黒くうごめいていることに気がついた。
「何事ですか?」
メイド長が来た。
私が立ち尽くしているのを見て、メイド長が枕をずらした。
羽虫でいっぱいの黒い塊。
サシュだった。
メイド長はサシュの紐を指先でつまみ上げ、窓の外へ放り出した。
「このサシュは誰のですか?」
「私です」
ドロシーが手を上げた。
「中身は何ですか?」
「カモミールのポプリです」
「ポプリの中に虫の卵がまぎれこんでいたのでしょうね」
サシュは花びらを乾燥させてポプリにしたものを袋に入れて作るから、ありえる話だった。
ドロシーさんは真っ青になっている。
「どこで手に入れましたか?」
「頂きました」
「誰から」
「昔のメイド仲間です」
「身元は確かですか?」
まるで尋問だ。メイド長が怒ってる。
「臨時メイドなので、確かだと思います」
「そう。ドロシーさんの友達なのね。じゃあ、ドロシーさんの進退について、旦那様に相談しなくてはなりませんね」
「メイド長、解雇しないでくださいっ」
ドロシーさんが平服した。
「ここは王弟殿下のお屋敷です。王族のお住まいなのですよ。おかしなものを持ってきてはなりません。殿下に何かあったらどうするつもりですか?」
私は耐えきれず口を出した。
「メイド長、先に掃除をしましょう。ドロシーさんもリラさんも、メアリさんも、まだ寝間着のままです。身だしなみをしないと。あと一時間もすれば、執事さんや旦那様が起きてこられます。まずは虫を片付けませんか?」
「そうね。でも、どうしたらいいの? 虫はそのう、気持ち悪いのよ」
メイド長が珍しく弱気な口調で言った。メイド長はしっかりした女性だが、虫は嫌悪感があるらしい。苦手意識もあって、ドロシーさんに厳しく言ってしまったようだ。
「私に任せてください」
「ロレインさん。そんなこと、できるの? こんなにたくさんいるのよ」
「できます。半時間で虫を全部追い払いますよ」
「そうね。ロレインさんならやってくれそう。お任せするわ」
「紅茶を頂いてもいいですか? 安物でいいんです。飲むわけじゃないので」
「だったら、古くなって香りがなくなっているのがあるわ」
「それ頂きます」
「執事さんと旦那様が起きてこられるまでに、用事をすませないと。時間がないわよ」
「「「「はい」」」」
四人のメイドの声が揃った。
私は、フチの欠けたお皿に紅茶の葉をぱらぱらと入れて、魔法粒子を振りかけた。
私の部屋はゴミ倉庫だったので、この手のまだ使えるけどお客様にはお出しできない皿がたくさんある。
そして聖なる魔法で火をつけて、煙がもくもくと上がっているお皿をメイド部屋に置く。
「わ。何それ?」
「虫が嫌がる香りです」
「うわぁ。本当だぁ。すごい。虫が出ていくわ」
ほんとうは、虫さんに部屋から出て行ってねってお願いしているだけ。それを煙で伝えている。
こういう応用技って、疲れるから嫌なんだけど、みんなのいる前で魔法を使うことができないから、がんばるしかない。
お皿をあちこちに起き、燃え切ったお皿にまた紅茶を足して燃やす。広い屋敷だし、火を使うから熱いし、汗まみれになる。
「できました。もう、虫は一匹もいないはずです」
半時間以上かかってしまった。
「ドロシーさん。シーツと枕カバー洗濯しましょう。ベッドパットも掛け布団も枕も干したましょう。虫がついた枕なんなんて気持ち悪いですもん。……よいしょっと」
「ありがとう。その、いままでいじめて、ごめんなさい」
ドロシーさんが恐縮している。
「大丈夫ですよーっ」
掛け布団に枕を載せて、両手で抱えて走ると、くらっと来た。
私はその場にへたり込んだ。布団を抱えたままで座りこんでしまって、起き上がれない。
「どうしたの、ロレインさん。貧血なの?」
ドロシーさんが、私から布団を取り上げる。
「私が持つわ。大丈夫? 休んだほうがいいんじゃないの」
両手が空いたので、床に手をついて起き上がる。まだふらふらしている。
「大丈夫です」
「休みなさいよっ」
「私は悪女だから大丈夫ですよーっ」
「ロレインさんは、悪女なんかじゃないわ。お願い。休んで。私たちの大事な仲間なんだから」
「ドロシーさん、今、何て?」
「ロレインさんは、仲間だって言ったのよっ」
ロレインさんが、恥ずかしそうにそっぽを向きながら言った。
うるっと来た。
ドロシーさんが、私を仲間だと認めてくれた。
「えぐっ」
私は泣き出した。
「うれしい。私、やっと、ドロシーさんに、認めて貰えたんですね」
「悪いのは私よ。あなたのお父さんとあなたは別なのに、気持ちが収まらなかったの。ごめんなさいね」
「わーんっ。ドロシーさんっ」
私はドロシーさんに抱きついた。
「私、ドロシーさんとずっと仲良くなりたかったです。うれしい、うれしいです」
「ちょっ、枕、布団落ちちゃう」
「私、持ってあげるねー」
メアリさんが布団を持ち上げた。
「私、いろいろあったから、みなさんと仲良くなって、仕事をして静かに暮らしたいんです」
「はいはい。そうしようね。泣かないで」
ドロシーさんと抱き合っていると、リラさんも抱きついてきた。
「大好きよ。ロレインさん」
「私も参加するーっ。布団と枕置いてくるねーっ」
「布団は私が持ちましょう」
「メイド長、お願いします」
「参加ーっ。えーいっ」
メアリさんが抱きついてきて、四人で抱き合う形になった。
「暑いよーっ」
「大好きです。みなさん」
「やだもう。ロレインさんが泣いてるから私まで泣けてきたじゃないの」
「おまえたち、何をしてるんだ?」
殿下の声だ。
「きゃあっ。旦那様っ!」
「すみませんっ!」
「わぁぁっ。やだーっ」
「首にしないでくださいっ」
四人のメイドが飛び退いた。
「首になんてしないよ。仲が良くてけっこうなことだ」
殿下は寝間着姿だった。
寝癖がついたくしゃくしゃの髪をして、ふわぁっとあくびをしている。
いつもきちんとした格好をしているから、その様子がちょっとかわいい。
「「「「おはようございます。旦那様」」」」
ロレインを含め、四人のメイドが壁際に並んで頭を下げた。
いつもの朝が始まった。
トラブルはこれで終わりだと思っていた。
だが終わりではなかった。
はじまりだったのだ。




