転生したら悪女だった15
フレドリック・ユグアス王弟殿下は自室で、中年の男性と会っていた。
「ロレインが記憶を取り戻したらしい」
「殿下、私にはそんな風には思えないのです。私の娘と今の彼女は違いすぎて、別人ではないかと思うことさえあります」
「『私は人を好きになってはいけない』と、ロレインはそう言ったんだよ。まったく同じことを前にも言っていた」
「そうですか」
「ティーパーティを開き、彼女をしかるべき母の遠縁の娘として社交界に紹介したい。悪女のときの彼女と今の彼女は、まったくの別人だ。顔が似ているのは偶然ということにする。名前を変えることになるが、かまわないだろうか?」
「彼女は今の仕事を気に入っているようです。このままでいいのでは?」
「メイドと雇用者のままだと、私が彼女と結婚することができぬではないか!?」
「殿下、冷静になってください。まずは娘の意向を確かめるのが先ではありませんか?」
「その通りなのだが……」
「はっきり聞けばいいのでは?」
「それができたら苦労はしない。ロレインの強さは、伯爵だってわかってるだろう!」
「ははは。そんなにも愛して貰えて、私の娘は果報者です」
中年の男――庭師のジョゼッペ爺さん――は明るく笑った。
☆
私――ロレイン――はメイド部屋で、シーツにアイロンを当てていた。
アイロンストーブで鉄のアイロンを熱して、布に押し当ててしわを伸ばす。
暑いし、前世では、やったことのない仕事なので大変だ。
「ドロシーさん。茶葉を入れるより先に、茶器にお湯を入れて温めるの」
ドロシーさんは、メイド長の指導でティーサービスの練習をしている。
「あっ。そうでしたね。メイド長。すみません。やり直します」
お茶を入れるのは複雑な手順がある。この屋敷ではメイド長しかできない。
「どうぞ」
「うむ。頂くであるぞ!」
旦那様役のメアリさんが偉そうにふんぞり返ってお茶を飲む。
メアリさんは、一口飲んで、わざとらしく顔をしかめた。ドロシーさんが不安そうに身体をすくめる。メアリさんはぱっと笑みを浮かべた。
「おいしい~っ」
「よかったぁ。苦かったのかと思ったわよ」
「私も頂いていいかしら?」
「どうぞ。メイド長」
「そうね。渋みも出てないし、濃さもちょうどいいわ。でも、香りがでていないわ。今日のように温かい日は『蒸らし』の時間を、少しだけ短くしましょう」
「ということは?」
「不合格です」
「ああ、またかぁ。……難しいです」
「ティサービスをマスターすると、給料が上がりますよ」
「えっ? お給料が増えるの?」
「当然です。お客様にお茶をお出しすることができるメイドは、ランクが高いのですよ。旦那様も、みなさんに早く覚えてほしいと望んでいらっしゃいます」
「わぁっ。私も覚えますっ。がんばります。いろいろ買いたいものがあるのよ」
じゃがいもを剥いているリラさんが言った。
「リラ、あんた、最近、買い物ばかりしてるじゃない?」
「だってさ。自分で儲けたお金を、自分のために使うのって最高だもん」
「何を変なこと言ってるの? 当然じゃないの?」
つまらない男に貢いだリラさんは、反動で買い物好きになってしまった。
今は、裏切られた傷を癒やしている最中なのだろう。
そのうちに傷も癒えて、普通にお金を使うようになる。
「私もティーサービス覚えたい。手順、紙に書いて張り出しておこうよ。みんなで覚えられるし」
メアリさんが言った。
「そうね」
「書いて張り出すのって手間だよぉ」
「みなさんでティーサービスを覚えましょう。ああ、でも、ロレインさんはだめよ」
「はい」
「メイド長、いじわるだわ。ロレインさんも仲間に入れてよ。ロレインさんいい人よ!! 私が保証するわっ」
リラさんが言った。
みんなが、えっ? というような顔をしてリラさんを見ている。
私をいじめていたリラさんが、私をいきなり擁護したものだから、混乱しているようだ。
「いいえ、いじわるではありません。ロレインさんは掃除や洗濯など下働き担当です。わかっていますね。ロレインさん」
「はい。存じています」
「リラ、あんた、何かあったの?」
「何もないわよ。ロレインさんを見直したっていうだけ。ドロシーもね。いい加減、メイジャー男爵家のことは忘れなさいよー。いつまで前の旦那様のこと引きずるつもりなのよ」
「私はロレインさん好きだよ。だってロレインさん仕事ができるもーんっ。私の仕事が楽になったのよ!」
「そうね。メアリははじめからロレインさん嫌ってなかったよね」
「お祭りのときにドレスを貸したら、ロレインさんお菓子をくれたのよ! お給料なんてまだ銅貨一枚なのにっ。こんなに気がつく仕事仲間はいないわ」
私はニコニコしながらアイロンを動かした。
元聖女だけど、褒められると素直にうれしい。私の理想は、仕事仲間と楽しく過ごして、平和に平凡に暮らすことなのだから。
「私としてはメイド同士仲良くしてほしいわね。仲間だしね」
メイド長が言った。
ドロシーさんは不満そうに眉根を寄せた。
☆
翌日。
ドロシーは、メイド部屋の壁に張ってあった「ティーサービスの手順」を見て弾んだ声をあげた。
「わぁ。うれしい。手順書いてくれたんだ! 助かるわ」
手順や注意事項、茶葉の種類や特徴、お菓子との相性などを書き出してある。イラスト入りの力作だ。
やろうやろうと思いながらも、余裕がなくてできなかったものだ。
「すごい。蒸らしのタイミングまで書いてあるわ。完璧じゃない!? 誰が書いてくれたの!?」
「ロレインさんよ」
かぁっとなったドロシーは、いらだちのままに、壁の手順書を破り捨てた。
「あんたなんかの世話にはならない! 余計なことをしないでっ!!」




