転生したら悪女だった14
「旦那様、お帰りなさいませ」
私――ロレインは、玄関でおじぎをして、王宮から戻ってきたフレドリック殿下を出迎えた。
お出迎えは、手が空いているメイドがすることになっていて、料理をしているメイドは手が離せないから、掃除担当の私がすることが多い。
掃除の手が止まるから嫌だけど、せいぜい一分ほどのことだ。
殿下は私に向かって無言で花束を差し出した。
ピンク色の薔薇の花が五十ほども入っている。
いい香りがしている。
「お預かりします」
殿下が小さい声で何か話したが聞こえない。
花を生けろということだろう。
聖女は儀式のときに花を生けるから、フラワーアレンジは得意よ。任せて!
ラウンド型に生けて、殿下の部屋に持っていく。
「旦那様、お花をお持ちしました。こちらに置かせて頂きますね」
チェス盤を前に考え込んでいた殿下は、きょとんとした様子で立ち上がった。
「君へのプレゼントのつもりだったんだが」
「えっ!? なんでいきなり?」
「ロレインは今日が誕生日だろう? おめでとう19歳」
「ええええ? そうだったんですか!? 何で誕生日を知って……」
「婚約していたんだぞ。誕生日ぐらい知っている」
殿下の顔が赤くなっている。なんだかちょっとかわいい。いつもムスッとした顔をしているのに。
だからつい言ってしまった。
ずっと聞きたかったこと。
ずっと聞けなかったこと。
「でも、殿下は、私を殺した」
「殺してない! 縄が切れるように細工しておいただろう。ケガをしないよう藁を敷いておいたし、脱出のための横穴も掘っておいた」
あの藁は、私を火刑にするためじゃなかったのね。
横穴があったの?
ぜんぜん知らなかった。
「じゃあ、殿下は私を死んだことにして逃がすつもりで……」
「死亡確認をするのは司法院長官の私の役割だからな。死んだふりをするように打ち合わせておいたのに、ロレインは起き上がった」
前に殿下は私に聞いたことがある。
なぜ打ち合わせ通りにやらなかったのかと。
私は何のことかわからなかった。
「すみません。私、記憶が混乱していて」
「わかってる。今のロレインは昔の君とは別人だからな」
昔の私ってどんな人だったんだろう。
殿下とは婚約していたそうだが、殿下は昔の私を好きだったんだろうか?
「殿下は昔の私を好きでしたか? 婚約していたそうですが」
「政略結婚だが、多分好きだったのだと思う。君と私は同類だったから。だが、今のあなたは、ただ単純に好ましいと思ってる」
抱きしめられた。
「君が好きだ」
だ、大丈夫よ。手袋してるし、服の上からふれ合ってるだけだし。
心臓の音がうるさい。
殿下の綺麗な顔が近づいてきた。
なんて青い瞳。
頭の中でボボンッと音が鳴り、身体がかっと熱くなった。
「きゃーっ。花が咲いてるぅっ」
「メアリさん、何を騒いで……ほ、ほんとうに花が咲いているっ。なんでなんだぁっ」
窓の外から悲鳴が響いた。メアリさんと庭師のジョゼッペさんの声ね。
庭が花だらけになってるらしい。
やってしまった。私は興奮すると花を咲かせてしまうのよ。
ジョゼッペさんが端正した庭を、花畑にしてしまってごめんなさい。
「何事だ?」
抱擁が緩んだのを幸い、私は殿下の腕を振り払った。逃げればいいのに蹴りを放ち、突きを繰り出す。気合いの声も上げず、まったくの無言で。
「うわっ」
殿下は私の突きと蹴りを全部弾いた。
「それが君の答えなのか?」
「違うっ、違いますっ、か、勝手に身体が動いて。わぁあぁああっ。私、どうなってしまったのっ。殿下は好きです。あっ、あっ、そ、その嫌いではないという意味ですっ。でも、私は人を好きになっちゃいけないんですっ」
「記憶を取り戻したのか?」
「なんのことはわかりません。失礼します!」
おじぎをして逃げだそうとしたら、殿下が花瓶の薔薇を一輪だけ引き抜いて差し出した。
「せめて一輪だけでも貰ってくれ」
殿下は顔を真っ赤にしていた。
「頂きますっ」
私は一輪の薔薇の花を大事に持って走った。
自分の部屋に走り込む。
コップに水を入れて薔薇の花を生ける。
ベッドに伏せ、と枕の間に顔を入れ、無言で悶えた。
『きゃあああああっ』
心で悲鳴をあげてじたばたする。
そして、気持ちをいったん吐き出してから、大きく深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「えっ? 花、なくなってしまった」
「嘘っ、な、なんで?」
「まぼろしかなぁ」
すみません。私がやりました。ごめんなさい。
――それが君の答えなのか?
殿下はがっかりした顔をしていた。
違う。違いますっ!
ロレイン、あなたって何なの?
なんで伯爵令嬢のはずのあなたが、護身術ができるのよ?
知りたい。生前のロレインを。
彼女がなぜ悪女だと言われたのか?
なんで婚約破棄したのか?
なんで死罪になったのか?
でも、どうやって調べるのよ?
殿下に聞くのがいちばんだけど、二人きりで話すといろいろやばい気がするのね。それに、殿下って王宮に通って公務をしているから、そもそも、お屋敷にいる時間はそんなにないのよね。
それに、知ってはいけない、という気がした。
私が欲しい平凡な幸せは、知ってしまうと手に入らない。
そんな気がした。




