転生したら悪女だった12
「リラ、お前、聞いたのか?」
「そりゃ、そんな大きな声で、私の名前を呼んでるんだもん。聞こえてきたわよ。こんなのいらないっ!」
リラさんは、軽薄男がプレゼントしたカモミールのサシュを投げ捨てた。
軽薄男の連れの女性が拾いあげてカバンに入れている。
「リラさん。これっ」
私は給料入りの革袋をリラさんに向けて放り投げた。
リラさんが革袋をキャッチした。
ちゃりっとコインの音がした。
「返せよっ」
リラさんにつかみかかろうとする軽薄男に私は抱きついた。手袋が外れているけど、気にしていられない。無我夢中だ。
「リラさん。逃げてっ! 自分を大事にして!! リラさんのお金は、リラさんのために使ってっ」
「邪魔だっ!」
軽薄男が私の頭だの肩だのを握りこぶしで殴ってくる。
「痛いっ」
「誰かきてーっ。誰かー」
リラさんが叫んだ。
私は信じられないことをした。男の襟首を持って背後にくるっと回ると、軽薄男を自分の背中に乗せるようにして投げ飛ばしたのだ。
「ヤアッ!」
仰向けに倒れた男の顔面に握りこぶしを見舞う。
鼻先一センチで寸止めした。
軽薄男は目を見開いてビクビクしている。
「リラさんはね。私の大事な先輩なのっ! リラさんを泣かせるなんて許さないっ!」
わーっと歓声が上がり、拍手が響いた。
私の周囲に人だかりができていた。
「かっこいいーっ」
「すごいっ。あの女の人、自分よりでかい男を投げ飛ばしたわよっ」
「上品ななりをしているのに、強いんだぁっ」
私のしたことが信じられない。私の身体ってどうなってるの?
これって格闘技よね?
戦地で兵士たちが、格闘訓練をしていたのを見ていたけど、そうとう練習しないとこんな風に綺麗に決まらないはずよ。
貴族の令嬢がなんで格闘技ができるの?
それに、大人の男と素手で触れたのに、女神の鉄槌がない?
そういえば。
前世で私が崖から転落したときも、少年の手を握ってしまったけど、なんともなかった。
助けるためにしたから?
なんでなんだろう。わからないことばかりだ。
王都警邏隊の隊員がかけつけてきて、軽薄男をしょっぴいてくれた。
「またお前か」
「こいつ札付きのワルで、結婚詐欺師なんですよ。被害は?」
「殴られたけど、殴り返したので、おあいこです」
「この娘さん。ヤアッて詐欺師を投げ捨てたんですよ」
「かっこよかったんだよ」
野次馬が言った。
「勇敢な娘さんだ」
「警邏隊は隊員募集中ですぞーっ」
「あはは」
隊員の冗談を、私は笑って流しておいた。私は静かな暮らしがしたいの。
「リラさん。被害を訴えなくていいの?」
「給料は戻ってきたし、貢いだお金は無くなってしまったけど、いい勉強をさせてもらったと思っておくことにします」
軽薄男の連れのセクシー女性はいつの間にかいなくなっていた。
「痛いなぁ」
つぶやくと、リラさんがハンカチを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
私はハンカチで隠しながら、治癒魔法を掛けた。
「なんで私を助けてくれたの? 私、ロレインさんに意地悪をいっぱいしたのに」
「リラさんは先輩ですから」
「強いのね。何か訓練をしていたの?」
「それが絞首刑以前の記憶がなくて、ぜんぜん分からないんです」
「ふふっ。私も記憶を無くしたいな」
「忘れちゃダメです。いい勉強をしたって言っていたじゃないですか? リラさんがあの男性を好きな気持ちは本物だったんですから」
「ロレインさんて、すごい。聖女みたいね」
「あははっ。バレちゃいましたね。私、実は聖女なんですよーっ」
「やだもうっ。おかしいっ。ロレインさん悪女で伯爵令嬢のはずなのに、ぜんぜんイメージと違うわ。いじめてもへこたれないし。そのう、ケガは大丈夫?」
「大丈夫ですよっ。ほらっ。そんなに強く殴られてませんしっ。あ、そうだっ。廊下の掃除完璧にやりましたよ!」
「すごいすごいっ。私の後輩は、何て有能なのかしら」
笑っていたはずなのに、リラさんの顔がくしゃっと歪むとぽろぽろと泣き出した。
そしてリラさんは、私に抱きついた。
「いじめてごめん。もう、二度としない。許してね」
「私は気にしていません。大丈夫ですよ」
「ロレインさんって、本当に聖女みたいね。私を守ってくれてありがとう。私、アイツが私を金づるとしか思ってないことわかってた。それでも、貢いでしまったの。なんていうか、夢を見たかったの。バカよね」
気持ちはわかる。
人間というものは不合理なものだ。
ダメだとわかっていても、それでも夢を見たいのだ。
「あなたに八つ当たりをするなんて、ああもう、私が恥ずかしい。飲んだくれたいっ」
「飲みましょうか?」
私はお酒の屋台を指さしてから、くいっとお酒を飲む仕草をした。
「そうね! 飲もうっ。私がおごってあげるわよっ。ロレインさんが取り返してくれたお金だから、一緒に使っちゃう!」
私たちは屋台でお酒とチーズに揚げ菓子を買い込んだ。
「かんぱーいっ」




