転生したら悪女だった11
「女神様、お力をお貸しください」
誰もいないことを確認してから、モップをヤリのように構え、廊下を拭いていく。
「いくわよっ」
雄叫びを上げながら廊下を往復する。
さらに清浄魔法を使って綺麗にしていく。
ほこりひとつ落ちていないほど廊下が綺麗になった。
「ふふっ。完璧、文句はないでしょ」
この程度のいじわる、元聖女には通じないわよ。
額の汗を手の甲で拭き、掃除道具を片付けてから屋敷を出ようとしたら、庭師のジョゼッペ爺さんが話しかけてきた。
「かわいそうに。いじわるをされたのか? お祭りなのに」
「いえ。その、あははは」
「少し待ちなさい。花を切ってあげよう。髪につけるといい」
ジョゼッペ爺さんは、パチンと音を立てて鋏を振るい、クジャク草の花を切ってくれた。
「庭、いつも綺麗ですね。ベテランでいらっしゃるのですね」
「実は庭師になって一年なんだ。新米だよ。でも、ずっとやりたかったから、楽しいよ」
「へえ、そうだったんですか。私も新米のメイドです」
「ロレインさんは、何もかも忘れたって本当なのかい?」
「はい。絞首刑前の記憶があいまいなんです」
「そうか。それは大変だね。……はい。どうぞ」
小さな青い花を10輪ほども差し出される。
「ありがとう」
ハーフアップにしたところに刺していく。
「良く似合うよ。この花は持ちがいいんだ。夜までしおれないよ。鏡はこれを使いなさい」
水の入った桶を勧めてくれた。水鏡に自分を映す。
遠慮がちな大きさの青い花が金髪に映えて、豪華になった。この青い花。私の瞳の色とおそろいだ。
「ありがとう。ジョゼッペさん。楽しんできます!」
親切な庭師のおじいさんにお礼を言い、音楽のするほうに向かって急ぐ。
広場では踊りの輪ができていた。
男女がペアになって踊っている。
青年が娘にダンスを申し込み、一曲踊って組をとき、また別の人と踊る。
ここは城下町で、貴族のお屋敷が多いから、踊ってる人たちはほとんどが貴族の使用人だ。みんなおしゃれしている。
「美しいお嬢さん。ダンスのお相手をして頂けませんか?」
「喜んで」
見知らぬ青年に誘われて踊ることを繰り返す。
三人と続けざまに踊ったら、目が回りそうになった。
屋台でオレンジジュースを買い、切り株のベンチに腰を掛けてジュースを飲む。
リラさんがいた。
男性と言い争いをしている。
トラブルかしら?
私は木の陰から二人を覗く。
「お金なんてもうないのよっ。私はただのメイドなの」
「でもよ。俺、このままだと首になってしまうんだ。君が頼りなんだよ」
リラさん。やめておいたほうがいいと思うわ。その男、派手なシャツを着てるし、金細工のネックレスをしているし、なんだか崩れた雰囲気だわ。まじめな青年じゃないわよ。利用されているだけかもしれない。
「でも」
「頼むよ。お願いだ」
男はリラさんにを抱き寄せてキスをした。
わぁぁっ。キスってこんな風にしてするのね。はじめて見たわ。
ちょっとやめてぇっ。舌が、舌がぁっ。
ああもう、元聖女には刺激が強すぎるわ。
「好きだよ。リラ。結婚しよう
「ほんとね。ほんとに、結婚してくれるのね?」
やめようよ。リラさん。それ、結婚詐欺よ。
聖女仲間にもひっかかった娘がいたわ。
その子、泣いてた。聖女の力も失ってしまって、何もかもなくしたのよ。
「しかたないわね。あげるわ。貰ったばかりの給料なのよ。大切にしてよね」
リラさんはエプロンドレスのポケットから、しぶしぶという感じで、革袋を差し出した。
男が革袋をひったくるようにして取り上げる。
「やったぜーっ」
男は手のひらで革袋をちゃりちゃりさせながら歩き去っていった。
「踊ってくれないの?」
「また今度な」
「結婚は?」
「そのうちにな」
「ひどいっ」
ウインクして投げキッスをするところが軽薄そうだ。
「そうだった。これをあげるよ。カモミールのサシュだよ。さっきそこで買ったんだ。枕の下に入れておくと、よく寝られるだって」
小さな布袋を渡してきた。
サシュは乾燥させた花びらを袋に詰めた匂い袋で、若い女が好きなものだ。
手作りして交換したりもする。
高価なものではない。
リラさんはサシェを握りしめ、泣きそうな表情で立ち尽くしている。
私はそっとその場を離れた。
見られたくないだろうと思ったのだ。
リラさんが私にきつくあたったのは、こういう理由があったのね。
私が殿下に大事にされているように思えて、腹が立ったのね。
なんだかもう、踊る気分じゃなくなってしまって、屋台のお菓子を買って食べたりしながら、ぼうっとして歩いていたら、あの軽薄男とぶつかった。
「きゃあっ」
私は尻餅をついた。手をついたその横に革袋が落ちていた。ぶつかった勢いで落ちたらしい。
リラさんの給料だ。私は慌てて革袋をつかんだ。
「泥棒女! 返せよ。俺のだ」
軽薄男は女連れだった。
しかも、どう見ても娼婦らしい、セクシーな女性だ。
「違うわ。これはリラさんのよっ! あなたが女性と遊ぶためのお金じゃないわ。私がリラさんに返しますっ!!」
「なんだよ。おまえ? リラの何なんだよ?」
「リラさんは私の先輩よっ! リラさんは、あなたが好きで、結婚するつもりでお金を渡したのよっ」
「あんなうぜえ女、恋人なもんか! 金づるだ金づるっ 返せって言ってるんだ」
もみ合いになった。手袋が外れた。まずい。素手で男に触れてしまった。
でも、リラさんの給料を取り返さなくては。
軽薄男が突然、びくっとして動きを止め、私の後ろを見た。
つられて振り返ると、リラさんが立っていた。
真っ青な顔をして、涙をぽろぽろ零している。




