転生したら悪女だった10
馬車から飛び降りた私は地面に転がったが、受け身を取り、ぐるんと回って起き上がる。この世界のロレインは身が軽いのね。
「ロレインどのっ」
護衛騎士のアランがびっくりしている。
「大丈夫です」
よかった。お屋敷がすぐそこだ。
「ロレイン! 話したいことがあるんだっ」
王子が叫んでいるが、私は聞こえてないふりをして裏口からお屋敷に走り込んだ。
玄関の掃除をしていたドロシーさんが、私を見て不審そうに睨んでいる。
「どうしたの? 旦那様に馬車で送って貰ったの?」
「なんでもありませんっ」
私の部屋に入って、はぁはぁと息をつく。
王子は何を言おうとしていたのだろう?
「打ち合わせ通りにしなかった」って何のこと? さっぱりわからない。
好奇心が疼く。ロレインの過去に何があったのか知りたい。
だめよ。好奇心猫を殺すっていうでしょ?
危険なことに頭を突っ込んじゃだめ。
私が欲しいのは、平穏で平凡な幸せよ。
まずはドロシーさんとリラさんと仲良くなって、この仕事を継続させるの。
……前途多難だけど。
☆
お祭りの日は晴天だった。
女神フルゴラ様がお生まれになったとされる日で、貴族たちは王宮で儀式とパーティ。庶民は踊ったり歌ったり、おいしいものを食べたりして楽しむ。
みんなおしゃれをして、お酒を飲んだりする。
戦地に派遣されていたときも、フルゴラ様の生誕祭だけは休戦した。
いつもは銃声と悲鳴の飛び交う戦地に、楽器と歌声が響いていた。
踊っているみんなを見て、うらやましいと思っていた。
でも、もう聖女じゃないし、手袋をつけていれば踊れる。
今日はいっぱい踊ることにしよう。
メイドはお休みをいただけるから、みんなうきうきしている。
メイド長は実家に戻って家族と一緒に過ごし、夕方に戻ってきて晩ご飯を作ってくれる。 留守番は執事さんがと庭師がしてくれる。
「リラ、ドレス、かわいい」
「ふふっ。そうでしょ? ドロシーも似合ってるわよ」
「ダンスはじまるまでもうすぐでしょ? 楽しみよねーっ」
「いっぱい踊るわよーっ。練習したもんね」
私も、メアリさんからドレスを借りておしゃれをしている。
いつもはきつくまとめている髪も、今日はハーフアップにして髪飾りをつけている。髪飾りはゴミ部屋から見つけたもので、ガラス玉を針金で巻いたものだ。安っぽいものだけど、キラキラ光って綺麗だし。修復魔法でぴかぴかにしている。
ドレスは素朴なデザインのエプロンドレスで、小花模様でとてもかわいい。
メアリさんがお化粧をしてくれたので、自分でも驚くほどかわいくなった。
「ロレイン、あんたは掃除ね。屋敷中の廊下を全部ひとりでするのよ」
「ちょっ。リラ! かわいそうよっ、ロレインひとりに押しつけるつもり!? 昨日一生懸命掃除したから、今日はしなくていいはずよっ」
「あら、掃除は毎日って決まってるわ。ねえドロシー」
「そうよぉ」
「わかりました。掃除をします」
「あとそれとね。奴隷のくせに、髪飾りなんて生意気よ」
リラさんの手が伸びてきて、私の髪飾りを引き抜いた。床に投げつけると、メイドシューズのカカトで踏みつける。
ぱきっと乾いた音を立てながら、ガラス玉が割れた。
「ひどい……」
メアリさんが息を飲んだ。
ここまで壊れてしまうと、もう修復魔法では直せない。
「あなたは処刑された人間。人権がない奴隷でしょ!? なのに旦那様の馬車に一緒に乗ってあげくに、まるで言い寄られたかのように飛び降りて逃げるって何なの!? 旦那様に気に入られているのなら、お祭りのダンスなんて行かなくてもいいわよね」
リラさんのいじわる、前よりもひどいわね。
修道院でも、ここまでひどいいじめはなかった。
私がフレドリック王弟殿下に特別扱いされていると思っているのね。
こういうとき言い訳をすると、よけいに相手の怒りがひどくなる。
私は目を伏せて黙り込んだ。
「やりすぎよ。リラ……。ロレインさん。掃除、私も手伝うよ。ひとりだとダンスタイムが終わってしまうわ」
メアリさんが助け舟を出してくれた。
音楽が聞こえてきた。
「ダンスがはじまったわ。行こう!」
「そ、そうね」
ドロシーさんとリラさんが屋敷をでていき、メアリさんがそわそわしている。この日のためにダンスの練習をしてきたのだ。いちばんダンスしたがっているのはメアリさんだ。
「メアリさん。大丈夫ですよ。掃除が終わったらすぐに行きます。先に行ってください」
私はガラスの髪飾りを拾い上げてゴミ箱に捨てた。
「そう。ごめんね……」
「楽しんできてくださいね」
私は腕まくりをして、廊下の真ん中に立った。
さあ、やるわよ。掃除してみせる。聖女の掃除術発動よ!
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