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2月② 臆病な人が志望校決定にかける時間は1億秒

共通テストの集計が終わった、と塾や予備校から共通テストの結果ぎ返ってきた。

結果とは言っても自己採点の結果だから、いわゆる「(暫定)(かっこざんてい)」なのだけれど。

それでも志望校の最終決定には多いに役立つ代物だ。

同じ大学を志望する人の中で自分は何番目なのか、後期に出願する大学をどこにすれば共通テストの傾斜配点で有利になれるか。

考えることはいっぱいだ。


「前は後期に出願するのは京都工芸繊維大学の応用化学科が良いって言ってたけど……って、聞いてる?

大事な話してるんだから、集中してよ?」


「あ、はい、すみません」


職員室の片隅、担任の机に広げられた僕の試験結果に目を戻すと、担任が明らかに意図的に穏やかな声で話しかけてきた。


「今回の数学はめちゃめちゃ難しかったっていうのは聞いたよ。

それでもきっちり8割越えてきてるんだから、自信持って大学を決めようって話をしてたの。

京大も怖れることないんだから。

そういえば、生物も難化したって聞いたんだけど、かなりよく取れてる。

冒険しても良いと思うよ」


僕が8割取れるテストなら、京大受験者は9割取ってる。

現に京大生の兄は共テ得点率94%だ。


「はぁ。

でも僕、そんな賢くないですよ」


自分が常々思っていることを普通に言うと、担任は呆れたような、喜んだような顔をした。

僕が京大を目指さなければならない理由で、そして目指したくない理由が「兄への劣等感」であることは、面談や日頃の会話から担任にバレている。

だからたぶん担任は「あぁ、いつもの弱気か」とでも思っているのだろう。

……その通りだけど。


「ほら!いつも言ってるじゃない。

テルのお兄さんはテルのお兄さんだ、って。

お兄さんを目指さなくても良いんだよ。

京大だって合格最低点を取ればいいんだからね。

お兄さんと同じだけの点数じゃなくても、十分受かるんだよ」


「そもそも京大の問題難しいから、最低点を取れるかどうかも怪しいんですよ……」


僕が言うと担任は少しの間、向かって右斜め上を見上げ、考える素振りを見せた。

どうせ「テルって、ああ言えばこう言うんだよねぇ」とでも思っているのだろう。

……その通りだけど。


「話飛ぶけど、文化祭でわくわく♥️トリビア!を作ったじゃない?

あれとかまさに京大生がするような企画だと思うの。

知的好奇心をもとに自由な発想をする、って感じ。

京大ならテルみたいな知的活動が好きな人がたくさんいると思うし、友達を作るって点でも目指す価値があると思わない?」


「でも問題はそこじゃなくて……」


「問題は受かるかどうか、ってことでしょ?

そんなのこれから頑張れば良い話です。

まだ3週間近くあります。始めるまえから諦めるなんて、早計だとは思わない?」


確かに、やってみないとわからない。

でもこれまで頑張っても成績が大して良くならなかったのだから、いわんや今後をや、だ。

学力が伸びたら合格の可能性が出てくるだろうけど、学力が伸びる気配がしない。

だから、受けるなら落ちたくない僕にとっては、京大は受けたくない相手なのだ。


「テル、テルが何言いたいか大体わかるわ。

でも思い出してみ?

無理無理って言ってた共通テスト、たぶん校内で1番の成績だよ。

テルはやれば伸びるって、共通テストが証明してるんだから、京大目指して頑張ってみない?」


共通テストは当初は点数がよくなかったけど、本番直前に、なぜかガウス記号的に点数が飛躍した。

それを思えば京大の2次試験も、頑張っていれば手の届く距離になるかもしれない。

まぁ、全部理想論だけど。

現実問題、制限時間内に理想値に到達できることなんて滅多にないことだ。


「思いどおりに行けば、そりゃいいですけど……」


僕がグダグダと渋っていると、担任は僕にとって高火力の手のひらで、僕の尻を叩いた。


「……わかった、もう無理強いはしない。

でも最後にひとつだけいい?


じゃあ京大を受験しないなら、どこを受けたらみんなが納得すると思うの?」


京大を受ける、ということが僕のアイデンティティの1つであり、唯一ショウと対等の立場になれる肩書きだった。

何かしらクラスメートに対して優越した態度を取れるのも、偉そうに模試の結果をひけらかすのも、全て「ショウとテルは俺らと違って京大目指してるんだ。あいつらすげぇな」という暗黙の了解によって一目置かれていたからできていたことだった。

もし京大を受験することを諦めたら、みんなに何て言われるだろう。


「今まであんなに京大京大言ってたのに、今さら諦めるとか、ダサッ」

「京大目指すショウはすごい!それに比べてテルは……」

「やっぱりテルはあんまり賢くなかったんじゃん」


言うまでもなく、両親や兄からの非難は免れないだろう。


「あーあ、京大模試に行かせたりしたお金が無駄だったね」

「テルと一緒に京大通うの楽しみだなぁ!あー、楽しみ楽しみ。テルと一緒かー。近くの美味しいラーメン屋でも紹……。何?京大受けるの止めるぅ!?マジ?ふーんそうなんだ。ププッ、ざ~んね~んw」

「また中途で投げ出すのか。だからお前はいつまでたっても二番煎じなんじゃないか?」


今更志望校を変えたら誰も納得しない。

もしかしたらヤマちゃんは後押ししてくれるかもしれないけど、たぶん幻滅させる。


結局こうするしかない、か。


僕は少し気持ち悪さを感じて、はぁーーと大きく息を吐き出した。

僕がどれだけ渋ろうが、小細工を弄して結論を先延ばしにしようが、ハナから目指す場所は決まっていたんだ。


いや、僕の臆病さに決められていたんだ。

共通テストの点数設定、ちょっと高くしすぎたかもしれません……。

得点率85%のテルはおそらく、京大受験生のなかでは中の上くらいでしょう。

それなのに、一般的な学生より十分高い実力を持っているのに臆病なのは、幼い頃から兄と比べられてきたからです。

「家では勝てないから、せめて学校の中ではイキりたい!」という妄念を糧に、今もテルは勉学に励んでいます。

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