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2月① 運動後のお風呂は(悩みがないなら)絶品

今話、書き方がややこしいかもしれません。

場所は部室、テルは顧問とキャッチボールしながら話しています。

共通テストが終わると、あとは2次試験を残すのみ。

そして僕ら受験生が何をするかというと、、、勉強だ。


とはいえ、テスト直前になったら遊びたくなる心理は高三であっても適用されるのだろう。

ついついキツくない、ダルくない方に流れてしまうのは人間の(さが)なのだから仕方ない。

それすなわち、僕が自習の場である学校にいながらボール遊びに興じている理由なのだ。


「おぅ、テル。

本当に今日もここに来て大丈夫なんか?」


僕が所属していたワンダーフォーゲル部の顧問である巨漢の先生が大きく低い声で問いかける。

今、僕が興じているのは言葉のキャッチボールだ。

巨漢先生が投げてきたボールをミットで受けとり、どう返したものか、思案する。

ミットから滑らかにボールをこぼし、空中でそれを右手で拾い、振りかぶって、サイドスローで投げる。


「まぁ勉強は順調?ですよ。

京大の問題って問題を解きまくってどうにかなるものじゃないですからね」


巨漢先生は僕の投げたボールをミットを使わず容易く左手で受け止めると、そのまま利き手ではない左手で投げてきた。


「そうなんか?

日本の最高峰だもんな、簡単なはずがねぇ。

ま、確かに、問題がひねくれてるイメージはあるな」


「ははっ、ひねくれてますよ。

公式なんて、覚えても使えないです」


……もちろんこれはテルの戯れ言(ざれごと)で、覚えても使えないのではなく、「テルが覚えていないから使えない」のであって、かつ京大の問題には「公式の使い方が分かりにくい」ものが多いというだけだ。


「ふーん。

でもすげぇな、俺が高校生のときは京大を受験しようなんて一瞬も考えなかったぜ」


アンダースローで投げ返すと巨漢先生が話を変えてきた。


「うちの部なぁ、これまでみたいな成果を出せんかもしれんのよなぁ」


「え、なんでですか?」


「優秀な人材がいないからだよ……。

そうだお前、大会でも優勝したことあるだろ?

後輩に教えてやってや」


「……そう、ですね。いいですよ。

みっちりしごきます」


一瞬「そろそろ勉強した方がいいんじゃ……?」という思いが胸をかすめたが、気のせいだろう。

巨漢先生は僕が投げたボールを投げ返さず、手招きして僕を部室へ呼んだ。

僕が部室の中に入ると、3人の後輩が談笑しているところだった。

「あ、テル先輩だ」と言う怠惰な後輩に向かって僕はニヤリと笑い、


「さぁて、校内10周しようか!」


強くなるには当たり前の努力を指示すると、「いやーー!」という悲鳴が部室内にこだましたのだった。




後輩たちと汗を流してから勉強し、家に帰ると、パソコンの前に座った母がちょいちょいと手招きしてきた。

近づくとパソコンの画面に『京都大学 受験 申し込み』の文字があった。


「ひとつ聞きたいんだけど、前期試験どこ受けるつもり?」


またこの話だ、もう耳にタコが住み着いてしまった。

「えー、まだ決めきれてない」と答えると同時に、僕の頭の中に以前京大模試を受験するよう母から勧められたときの記憶がフラッシュバックしてきた。


―――――――――――――――――――――


「何ができてて何ができていないかを知るためにも、京大模試は受けなさい!」


母が言うと父も


「お母さんの言うとおりだ。

必ず自分のためになるから」


同調した兄が


「京大受けるんだったら出資者に誠意を見せないとさすがにヤバイでしょw

ほら、企業とかでも株主総会で業績報告とかするじゃん。

テル、自分の立場わかってる?

お前はスタートアップ企業、親は株主。

経過報告なり試験結果の報告なりをするのは当たり前でしょw」


「……じゃあ受けるよ」


もとから選択肢なんてない二択に少し辟易(へきえき)しながら答えると、目敏い(めざとい)母が僕の投げやりな受け答えに目くじらを立てた。


「じゃあって何?じゃあって。

あんたがやることでしょ。

それを言わされたみたいに言うな!」


「……はい。

京大模試、受けたい、から、受験料を、お願い、します」


「うん!精一杯頑張っておいで」


言葉遣いに奔放な人に言わせたら「情緒不安定かよ」とでも言うような、手の平を返したように笑顔な母から逃げ出して、そのときの僕は耳にイヤホンを突っ込んだのだった。


―――――――――――――――――――――


同じ轍は踏まないように、しかし京大とも言うことができず、僕は取るものとりあえず風呂に浸かりにいった。

体操服を手早く洗濯かごに入れ、制服を脱いですっぽんぽんになると、風呂場にそろりそろりと足を踏み入れた。

抜き足差し足で浴室に入り、忍び足のまま扉を閉めた。

やりすぎなほど慎重なのは、妹が風呂場で足を滑らせて腰を強打した出来事が以前あったからだ。

素早く体を洗い、湯船に足をいれると、僕は肩までどっぷりと湯に浸った。

あったかい……。

ここは温泉ではないけれど、ついつい大きく息を吐き出してしまう。


「あーー、こーわーいーなーー。


どうしよう、やっぱり京大受けるんだよな?

結局、受けさせられるんだろうけど……。

ここ最近国語、を教えてもらってたから上手くできるといいなー。

数学はーー、まぁ、なるようになるでしょう。

生物と化学はある一定は大丈夫だとして、問題は国語なんだなぁ……」


湯を堪能したのも最初だけ。

すぐに頭の中は模試のことで占められた。

5割強で合格できるとはいえ、今の自分の実力でどこまで行けるか、怖いけれど気になることころだ。

肝は数学と国語で、どちらか一方でも大コケしなかったら合格へと2歩も3歩も近づくだろう。


それでも、考えてしまう。

そのために勉強を頑張っているわけではないのに、顔色を窺ってしまう。

たかが模試1つだとしても、それだけでも皆に舐められるには十分なのだ。

たった1回の失敗がこれまでの努力を無に帰す気がする。

そして言うまでもなく、本番のテストの結果が一番僕に付いて回る。

後ろ指を差され、「結局あいつバカだったんじゃん」と言われるのでは、とつい考えてしまう。

結局僕が怖れているのはただ一事(いちじ)



本番で万が一にでも低い点数を取ってしまったら……。



僕のやる気を強制的に引き出すのは、京大の魅力や農学部でやりたいことなんて美しいものではない。

「母に怒られたくない、ヤマちゃんに失望されたくない、兄に一泡ふかせたい。クラスメートに嗤われたくない」

結局のところ、そんな汚い気持ちなのだった。

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