8月のある日② 家が近いメリットとデメリット
自宅にて、僕はちょっと困っていた。
「テルにはこれ、宿題な。
明日までにやっとけ、うん。
できるやろ、うん。
こんぐらいの問題は解けるようにならなあかんな、うん」
昼に、畳み掛けるように話す数学の先生に課題をもらったのだけれど、どうやら学校に置いてきてしまったようだ。
「学校まで取りに帰ろうかな……」
自宅から学校までは自転車で15分で、取りに行けなくもない距離だ。
現在7時10分。
学校の閉鎖は7時半。
「急いで取りに帰るか、潔く諦めるか。
それが問題だ」
悩むほど時間は過ぎていき、課題を取りに行けなくなる。
だから取りに行くか否か問題は即ち、悩むのが面倒か否か問題に帰結する。
悩む面倒を選べば時間が過ぎ、必然的に学校に行く時間がなくなり、宿題をするのを諦めることになる。
……結局、悩むのが面倒だったから学校に取りに行った。
しかし課題を置いていたホームルーム教室には鍵がかかっており、鍵が保管されている教員室には誰の人影も見えなかった。
ただ自転車を漕ぎ、僕は手ぶらで帰宅した。
「……少し悩むことを面倒と思って、よりダルい面倒をしてしまった」
悩むのがめんどくさいと思って学校に行ったはずなのに、逆に無駄に自転車を漕いで時間も体力も浪費してしまった。
家に帰ると、姉が「おかえり」と声をかけてきた。
「どこに行ってたの?」
「学校」
「え、さっき帰ってきたんじゃないの?」
学校から帰ってきてまたすぐに学校に行く、という奇行を理解しがたかったのか、姉は口をポカンと開けて聞いてくる。
「そうだけど。
忘れ物があって取りに行ったんだけど、教室しまってて入れなかった」
途端、姉の口角がつり上がり、ニマーと嗤ってきた。
「え、アホじゃん!
せっかく行ったのに無駄足だったってことでしょ?
あははははっ!」
何が面白かったのか、姉は一分近く笑い続けていた。
……そんなに笑うほどのことか?と思い始めたときになって、ようやく落ち着いたようだった。
「で、何しに行ってたの?」
今日はやけに聞いてくるな。
「課題を取りに行っただけ。
というか学校までは近いから、無駄足というほどの距離じゃないよ」
僕は家から学校までの距離が遠くないのだから、言うほど無駄ではないと主張した。
しかし、姉は「何言ってんの」と僕の主張を一蹴した。
「学校から帰ってきたのに、無駄にもう一回学校に行ったっていう事実を……」
姉はそこまで言うと、一度「アハッ!」という嗤いを挟んでから最後まで言いきった。
「……私は嗤ってるんでしょ」
「……はいはい」
「あふっ、あははははっ!」
構ってられない。
放って置いて勉強しよう。
僕には自分の部屋が無いため、リビングで、嗤い続けている人の隣に座って勉強道具を広げた。
三月初旬はそろそろ国公立の中期試験です。
自分も先生に受けさせられるので、まだまだ受験が続いている人、頑張りましょう!