1月のある日⑤ /(^o^)\オワタァ…
2日目の朝。
僕は大いに悩んでいた。
何について悩んでいるのか。
それは、
「どの問題集持っていこう……?」
数学、生物、化学。
これらのどれもが暗記が必要な科目だ。
だから直前に確認するための問題集なり参考書なり教科書なりが欲しいところなのだけれど、全て持っていったら重いから、取捨選択しているのだ。
「まぁ化学は教科書を持っていったら良いかなぁ。
生物は……いやたぶん、生物は得意分野だし、持っていっても勉強しないな。
後は数学だけど……2次試験と違って共テは言葉遊びの問題だからなぁ。
よし、センターの過去問を持っていって会場で解こう!
そうしよう!
ふううう!」
僕の場合、試験直前に簡単な計算問題(極限や積分など)を解きまくることで調子が出てきて試験を解きやすくなる気がする。
だから過去問を持っていって、共通テストと似た形式の問題を解いて調子を出す計画だ。
そう、試験前から戦いは始まっているのだ。
1日目の反省から早めに会場に到着した僕は、数学の問題を解いた。
そして化学の教科書をチラチラと見て過ごした。
座りっぱなしもなんだし、時々階段を上ったり降りたり。
試験をする教室があるのとは別の棟へ人気の無いトイレを探しに行ったり。
要するに、早く着きすぎて緊張が倍加していた。
1日目は「間に合わないかも」という緊張があったが、今日は純粋に試験に対する緊張だから尚更質が悪い。
過度な緊張はろくなことになら無いのに。
……フラグを立ててしまった僕にその通り不幸が訪れるとは、自己採点するまで微塵も頭を掠めなかった。
数学ⅠAは難しかった。
いや、普通の出題のされ方をしていたらもっと容易に解けただろう。
何を言いたいのかを掴むのに時間がかかり、従って解くのに時間がかかってしまった。
隣の席の人のシャーペンがすごいスピードで動いているのも相まって、僕は頭の中で「ヤバイヤバイ」と連呼していた。
ただ、朝過去問を解いたからか、以前から共通テスト対策を行っていたからか、じっと問題文を見つめていたら計算方法を思い付いたから、そこからは緊張しつつも安心して解き進められた。
最初の問題で計算ミスをするのが一番怖いけれど、途中で滞ったしまった僕は見直しをする時間も取れないまま、数学ⅠAのテストを終えたのだった。
数学ⅡBは言葉遊びのⅠAよりも文章がわかりやすく、サクサクと解き進められた。
しかし、思っているより一筋縄では行かないのが共通テストだ。
後々ショウに「選択問題、絶対確率を取るべきだったよねー。大問5とかは絶対取っちゃダメだよー」と言われることになるのだが、僕は苦手分野である確率を取らないと決めていたから、魔の大問5に手をつけてしまった。
何言ってるかよくわからない。
どう解いたらいいかわからない。
でも答えを記入しなきゃいけない。
焦っちゃダメ、思考を放棄してもダメ。
「ふう……」
数瞬考えてもわからなかったから、僕は次の問題に移った。
「試験終了まで後5分です」
試験監督の声が聞こえたとき、僕は見直しをしていた。
大問5もわからないながら「たぶんこんな感じ」と一応の答えを出し、今はその再検証だ。
周りには猛烈にシャーペンを動かしている人もいるけど大半の人は問題文とのにらめっこをしている。
試験開始直後の紙とシャーペンが擦れる喧騒が嘘のように、試験終了直前は静かだ。
嗚呼、周りに気を取られていたら、時間になってしまった。
計算ミスがなかったら8割は取れていると思うが、あんまり自信がない。
次の化学、生物で巻き返さなくちゃ。
理科第一解答科目は自分で選ぶことができ、僕は生物を選択した。
というのも生物は僕の得意教科で、先日講座で過去問を解いたときは毎度のごとく90点を超えていたから、数学の嫌な流れを払拭したいと考えたのだ。
しかし生物の試験が始まってすぐ、その思い上がりが甚だしかったことに気づいた。
いや、気づかされた。
生物がとても難化していたのだ。
昨年は数学が、一昨年は地理が難化したと言われており、今年もどの教科が難化してもおかしくないどの教科が難化してもおかしくないはずなのに、僕は生物がそうなるとは思ってもみなかった。
ニュースなどではあまり話題には上らなかったが、生物の平均点は39点だったらしい。
得点調整が入って48点。
当然僕も高得点なんて取れなかったわけで。
「えぇっと、この選択肢がAの条件のときで、こっちの選択肢はAかつBの条件のとき。
でもCの条件があるときは問答無用で解答から外さなくちゃならなくて、Dの条件はBの条件と同時であることで答えになる。
ああもう!ややこしい!」
何に注目してどの選択肢をマークすればいいかは比較的容易に理解できる。
でも条件が複雑だったり、グラフが見にくかったり、選択肢の数が多かったり(時には9つの選択肢から選択する)、生物の問題というより、まるで思考の柔軟性が問われているような気がした。
生物の試験終了後、僕はボケーっと虚空を眺めた。
胸中にはたった5文字が消えること無く浮かんでいる。
「はい、オワタ/(^o^)\」
問に対する知識は持ち合わせているのに、その知識を適切に利用することができず、多くの問題について自信を持つことができない。
得意分野で撃沈した僕が思考停止していると、後ろから小さな声で阿鼻叫喚が聞こえてきた。
「ヤバイて!
生物バリムズい。
もうえぇて、あれは頭おかしい!」
「ドンマ~イ。
俺は物理選択だし、生物に逃げたからじゃん?」
「まじでそういうのダルいって!
洒落ならんレベルやねん。
たぶん赤点」
「……え、まじ?
そんなムズかったんだ」
同じく撃沈した人に若干の親近感を覚えながら、「次で最後だ、ようやく終わるぞ」と気持ちを切り替え、刻一刻と迫る化学を前に最後の知識の確認を行った。
「生物があんなに難しかったんだから、さすがに化学は簡単でしょ」なんて甘い幻想は抱いても無駄だった。
生物だけでなく化学も難化していたのだ。
生物に轟沈されていたから、「それならそれで」と落ち着いて対応した。
単純な知識問題を絶対にロストしないこと。
気を付けたのはこれだけだった。
無機化学と有機化学は得意の範囲だったし、その知識問題は絶対に正答を導く。
一方で気体の状態方程式などの複雑なものは適当に答えを選ぶ、いわゆる捨て問にする。
とりあえず解ききると、余った時間はたった5分。
基礎的な知識問題、計算問題を見直しているとすぐに試験終了の合図があった。
「あーあ、化学が一番手応えがないな」
「手応え」は「解けた感触」と同義で、例えば今回の化学のように捨て問が多くわからない問題ばかりだったとき、「手応えがなかった」と表現する。
解答用紙が回収される間、僕は解放感よりも焦燥感をより強く感じていた。
『全然手応えないんだけど……。
果たしてこんなので京大に受かるのか?』
帰宅し、『祝勝会』として家族揃って手巻き寿司を食べた後、僕はお風呂の中で考え事をしていた。
……あたかも合格知ること前提の『祝勝会』にはだいぶ辟易したけれど。
湯船の中で僕は、手応えのなかった共通テストでどれだけ全国の強豪と太刀打ちできるだろうか、と不安を膨らませ、尻込みしていた。
簡潔に言えば、共テの得点に自信がないから京大受験に対して悲観的になっていたのだ。
「共テ得点率が何%以上なら京大を受けることにしよう?」
さすがに共テ得点率が60%で京大を目指そうなんて夢は見ていない。
京大を受けるか受けないかの境界線を作って、自己採点の結果がそれより下なら、別の大学に志望校を変えることにしよう。
少なくとも80%は必要だ。
とはいえ90%超えがゴロゴロいる世界だからなぁ。
いくら2次試験で挽回できるとはいえ、下克上にも限度があるしなぁ。
とりあえず自己採点が最優先なのだけれど、まだ解答速報も出ておらず、自分が何点取れているか、京大を目指す人の中で自分はどの位置にいるのかが皆目わからない。
あー、もやもやするー!
「もういいや、85%以上取れてたら京大を受ける。
それ以下なら、府立大でも、工繊大でも、下のランクの大学を受けることにしよう」
とりあえず京大を受ける際の最低ラインを決め、少し心が安らかになって、僕は風呂から上がった。
いったん共通テストが終わりました。
この試験の結果をもとに私立大学の推薦入試などの結果が出始めます。
今、テルは「京大に受かる」確証を欲しがっています。
でも頭の中にリフレインするのは「共通テスト、やらかしたかも……」という虚脱感。
だから「京大を受けないという選択肢もあるんだ」と思うことで心の平穏を保とうとしています。




