8月のある日① 覚悟のヤマちゃんと、クラゲの僕
「テル、進路どうする?
もう決めた?」
ヤマちゃんが聞いてきた。
僕とヤマちゃんは中学校が同じで、一緒に勉強したり遊んだりしている仲だ。
その縁もあって、ヤマちゃんは親しげに話しかけてくれる。
「どの大学か、ってこと?」
質問で返すと、彼女はふるふると首を横に振った。
ショートヘアーがまるで空気をはらんだスカートのように、くるくるふわりと膨らんで、たいそう可愛らしい。
そして同時に、髪の毛が顔に当たって若干痛そうでもある。
とにかく、ヤマちゃんにショートヘアーは良く似合う。
彼女はそして、ジッと目を合わせてくる。
「そうじゃなくて、結局、医者になるの?」
僕は将来の夢を3つの内のどれかに定めている。
医者か、教師か、その他だ。
……申し訳ないが、「その他」は将来の職業ではない、という指摘は受け付けていない。
何の因果でかモノづくりに携わったりするかもしれないし、営業マンになるかもしれない。
興味の幅が医者と教師だけではないから、他に興味のある職業をまとめて「その他」と表現しているだけだ。
僕が医者や教師を目指すのにはさしたる理由がない。
「親が医者で、親のように人を助けられる医者になりたい」とか「人と関わる仕事がしたくて、本気で教師になりたい」とかいう強い思いではなく、「学ぶ内容が面白そうだし、医者なら稼げるし良さそう」という程度の薄っぺらい思いだ。
そこまで強い意思がないからこそ、大学も決めかねている。
「医者にはなりたいなぁとは思ってるけど……」
「じゃあさ、いったん、一緒に医者を目指そうよ。
ね?一緒に頑張ろう?」
いったん、医者を目指す。
それでもいいのか?
「でも、僕みたいなミーハーが医学部に行けたとして、ヤマちゃんはイライラしない?
自分は本気で目指しているのに、お遊びで来る場所じゃない、っていう風に」
「無い。ありえない。
むしろ、一緒に一緒の学校に通えて嬉しいなって思う」
「……誇張しすぎじゃない?
医者を舐めてる人だよ?
普通にイライラするでしょ」
疑心の目でヤマちゃんを見ると、ヤマちゃんは目をしっかりと合わせてきた。
「そんなことない。
そもそもテルはミーハーじゃないし、医者を舐めてない。
テルは医者になるかはともかくとして、医学に興味がある。そうでしょ?
だから医学を勉強したいっていう気持ちがあるテルは医学部に行くことに負い目を感じる必要はこれっぽっちもないよ。
私が保証する」
高校一年生の時にはすでに医学部志望だったヤマちゃんは、心に決めたことには頑固で、言い出すとテコでも動かないときがある。
僕はヤマちゃんを説得するのを早々に諦めた。
「……よし、じゃあ医学部を目指すよ。
医学部は難関だから、医学部対策で勉強してたら他のどんな大学でも受かるでしょ」
薄弱な覚悟を決め、そう答えると、ヤマちゃんは目を弓のように細めて笑った。
「うん!」
僕らの住む府には医学部も医科大学あるため、ヤマちゃんの進路も聞いてみる。
「ヤマちゃんは地元から出るつもり?
それとも他の地方国公立の医学部に行くつもり?」
「今、私が考えてるのは高知大学の総合型選抜。
総合型選抜で採る人の数が一番多いの」
「ふーん。
いつ頃あるの、その試験?」
えぇーっと、と言ってヤマちゃんは首を傾けた。
「一次選抜が9月にあって、10月に面接がある感じ」
かなり早期にあるようだ。
国公立大学の入試として、たぶん最初の入試だろう。
僕は最近になってようやく、有機化学や英語に着手したところで、正直学力に自信がない。
「勉強できてないから、僕はパスする。
頑張ってな」
「そりゃ頑張るよ。
それじゃありがと。
一緒に頑張っていこうね」
ヤマちゃんは小さくガッツポージをして、自分の席に戻っていった。
ヤマちゃんは謹厳実直な人だし、真面目だし、今みたいに人を気遣えるし、医者としての素養を十分に持っている。
塾にも通って先取り学習しているし、高知大学の総合型選抜もたぶん合格するだろう。
『ヤマちゃんは僕と違ってすごいなぁ……』
そう心の中で呟いて、僕も机に向かった。
受験生というのはやつれるもので、元々56kgだった体重が52kgまで落ちていました……。
クライミングのためには痩せている方がいいのですが、痩せすぎなので、これから増やそうと思う今日この頃です。