10月のある日② 頑張り屋ヤマちゃん
10月、日本政府直轄、防衛医科大学校の受験が実施される。
現役受験生にとって初めての本物の受験だ。
医科大というだけあって、レベルも難関国公立と同等くらいだ。
ちなみに医学科の偏差値は70程度とも言われる。
看護学科の偏差値はたいして高くはない。
防衛医科大学校、防衛大学校を受験するメリットは4つある。
①受験料が不要
②本命の受験の前に受験に慣れることができる
③受験時点での自分の完成度を合否結果で確認できる
④滑り止めとして確保でき、入学すればお金が支給される
ただし、デメリットも当然ある。
①解答形式がマークと記述の融合型であり、国公立は記述が多いから、国公立形式の経験を積めるとは言えない
②入学したら、卒業後8年近く指定された職場で働かなくてはならない
とにかく、全国各地の受験地で、自衛隊の人の監督下で試験が行われるのである。
僕の地区では受験地は自衛隊の駐屯地だった。
集合時刻の30分前に駐屯地の入り口前に到着すると、中には入れず、時間まで待たされた。
待っていると学校の友達とクラスメートが3人現れた。
「おはよーテル、早いねー」
ショウは見たところ緊張もせず、普段通りだ。
そもそもショウは力試しで受けに来ているだけだから、気負うものがないのだろう。
かく言う僕も医学部志望のときに医学科に出願し、今は京大農学部志望だから、ショウと同じく気負うものがない人だ。
僕らは3人とも医学科に出願している。
「テル、おはよ。
まだ中には入れないの?」
ヤマちゃんは医学部志望だから、防衛医科大に合格して国公立の本命に落ちたら、医科大に通うつもりもあるらしい。
「おはよう、二人とも。まだっぽいよ。
電車が同じだったんだ?」
「そーそー。
ヤマちゃんが乗り合わせてくれたお陰で、存分にゲームできたよー」
ヤマちゃんは真面目だから、ショウの面倒も見つつ防衛医科大にたどり着いたのだろう。
「ヤマちゃん、おつかれ」
労うとすぐに首を横に振られた。
「スマホで無機化学の知識を確認してたから、そんなに疲れなかったよ」
ヤマちゃんは素晴らしく勤勉だ。
本当に医学部に合格するんじゃないかと思う。
優柔不断な僕とは違って。
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コロナ対策なのか、10人1グループで監督官に連れられて建物内に入ると、生物選択者と物理選択者で受験する教室が異なることがわかった。
生物選択の僕は2階の教室だ。
「ここから別行動だな。
そうだ、帰りは一緒に帰ろう。
2階から降りる時間だけ僕が遅いだろうし、外で待っててくれる?」
なんだか僕が友達と連れションしたい人みたいだけれど、皆と一緒なら1人で帰宅するより楽しい帰路になるのは間違いない。
ショウは喜んで同意してくれた。
「りょーかい、入り口で待ってるー」
「それじゃあ、テルも試験頑張って!」
ヤマちゃんはギュッと握り拳を作って僕にエールを送ると、そのまま1階の教室へ入っていった。
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試験科目は国語と数学、英語、理科1科目、小論文だ。
医学部だから、一次試験に受かれば面接もある。
当然、試験の成績が良くても面接で「医学を学ぶ適性がない」と判断されたら不合格となる。
集中してかからないと。
「試験問題を配布します。
以後は私語を慎んでください」
問題が配られてから空気が張り詰めている気がする。
わざと咳をするものがいたり、深呼吸していたりと、皆が緊張しているのが手に取るようにわかる。
僕はカバンから水筒を取り出し、お茶を口に含み、水筒をカバンの中にしまった。
そしてその後、異様に緊迫した空気の中、試験開始まで30分近く待たされたのだった。
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帰路。
ヤマちゃんとショウと合流した僕は、駐屯地の最寄り駅まで歩いていた。
「問題配ってから試験開始まで長すぎー……。
寝ちゃうかと思った」
ショウが言って僕も同意した。
「だよな!
席が後ろの方だったから皆がそわそわしてるのが良く見えてたよ」
3人の内、ヤマちゃんだけは真面目だった。
「数学難しかった。
ねぇショウ、あのベクトルの問題、小問①は解けたんだけど小問②をどう解いたらよかった?」
数学が苦手な僕を置いて、2人の反省会は帰りの電車の中まで続いた。
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後日。
インターネット上で合否が発表された。
学校に友達と集まって皆で一斉に見た。
結果、防衛医科大学校医学科合格者一名。
合格者は僕でもヤマちゃんでもなく、ショウだった。
結果は思いの強さに応じない。
努力にしか、応じない。
僕はそんなに努力していなかったのだろう。
まだまだ目標地点まで到達していない、と身が引き締まった。
ヤマちゃんは、僕よりも早く真っ先に机に向き直っていた。
ついに大学が始まりましたね!
そろそろ入学式でしょうか。
地元から離れる人は下宿先でともだちができているんでしょうか。
皆がどうかはわからないですが、一つ、確実に言えることがあります。
僕の新天地には新しい友達が5人しかいない、ということです。
これから頑張らねば……!




