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文芸系の小説

夜しかない町

作者: 蜜柑プラム

 旅人もうわさには聞いていた。でも実際に見るのと想像とではまるで違う。

 夜とはこれほどまでに暗いものだったのだ。


 旅人がその町に入った所で茫然としていると、暗闇の先から話しかける声があった。低くしわがれた男の声だった。


「あんた。この町は初めてかい」


 旅人は声の方を向いて目をこらすが、あまりにも暗い。ただその気配だけを頼りに暗闇へと声を投げた。


「ええ。旅をしている者です。このような町は初めてでして……」


 相手の姿が見えないというのは何とも不安なことだ。自分は歓迎されているのだろうか、それとも怪しまれているだろうか。すぐさま声が返ってこないところをみるに、旅人の困惑を察してくれてはいないように思えた。

 旅人は不安な思いでもう一度を声を投げた。今度はおおげさな手振りを交えてみる。


「この町は、この、とても暗いというのはきっと、〝夜〟なんですよね。私は〝昼〟しか知らないのです」


 すると、「そうか」という男の声が返ってきた。そしてゴソゴソと、服から何かを取り出すような音が聞こえた。

 何をしているのだろうと旅人が不安を深めていると、急に光が飛び込んできた。眩しさに思わず目を閉じた。


 おそるおそるまぶたを開くと、目の前にいる男の顔がはっきりと見えた。白い髭と深いしわがある、老人だった。そして手に持った皿に細長い白い棒が立っていて、その先には輝くほどに明るい、火が灯っていた。


「これを持ちなさい」


 老人は火の灯った皿を差し向けた。旅人は押しつけられるようにして皿を受け取った。


「腹が減ってるだろ? 付いてきな」


 老人が道の先へと歩きだしたので、旅人は火の灯る皿をかざしながら彼の背中に付いていった。

 火の明かりは周囲を照らしはするが、明かりの届かぬその先はあいかわらずの暗闇だった。目をこらし周囲を見まわしながら老人の後を付いていった。家の玄関や、肉や野菜を並べた商店が見えた。それらは旅人の知る昼の町と同じようだったので、少しほっとした。


 やがて、「あ」と旅人が声をあげた。旅人は真っ暗な空を見上げて何かに気がついた。


「小さな太陽がありますね、とってもとっても小さいけども。昼にはあれよりもっと大きな太陽があるんですよ」


 得意になって話す旅人にたいして、振りかえった老人は不機嫌な目を旅人へかえした。


「ちがう。あれは〝星〟っていうんだ。あんたのとこの太陽とはちがう」


 星とは。

 聞き覚えのない星という言葉に記憶を探る。そんな旅人をよそに、老人はさらに言う。


「ところで、あんた。星はいくつ見える」


 そう言われて旅人は空を見渡してみた。が、やはり星というものはさっき見つけた一つだけだった。


「一つですよ? ほらあそこ。星とやらはあれだけでしょ?」

「初めてここに来たやつはみんなそう言う。見えてないんだよ、あんたらは」


「どういうことです?」


 老人はゆっくりと空を見渡しながらこう言う。


「星はな、数え切れないくらいあるんだ」


 旅人は老人の視線を追ってみたが、わずかな光すら見つけられなかった。


 あいかわらずただ真っ暗な空だった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 老人について歩く道の途中。

 旅人の頭の上のほうから、怒鳴り声がした。


「おい。明かりなんかつけるんじゃねぇ。今すぐ消しやがれ」


 旅人は声のするほうを見上げたが、やはり暗くてその姿は分からなかった。それでも、手に持った明かりのおかげで、道のかたわらに塔のような建物があるのが見えた。

 先を歩いていた老人が旅人に振り返ると、その眉間のしわをより深くして言った。


「気にするな。あれは変り者なんだ。町の連中は誰も相手にしていないさ」


「はあ。でも、私のほうこそよそ者なわけですし、申し訳ないというか――」

「気にするな。黙って付いてきなさい」


 老人は制するようにそう言うと、戸惑う旅人を気にも留めずに先を行きはじめた。旅人はもう一度上の方を見上げ、そこにいるであろう人物に声をかけた。


「ごめんなさい。ここに来たばかりなので、暗くて見えないんです。すぐに立ち去るので、許してください」


 しかし返事はかえってこなかった。しばらく見上げたまま、耳をすませていると、いきなりすぐそばから怒鳴り声がした。


「何者だお前。明かりなんかつけやがって」


 おどろいて、怒鳴り声のほうに明かりをかざした。すると、塔の入り口の前に立った若い男がいた。険しい顔でこちらをにらみつけているその視線に、旅人はうろたえ、謝罪の言葉を探した。


「すみません。明かりがないと見えなくて。えっと……」


 旅人はさっきまでそばにいた老人に助けを求めようと、


「おじいさん。おじいさん……」


 と道の先のほうに呼びかけたのだが、返ってくる言葉はなかった。「おじいさん」ともう一度呼んでみても、老人の気配すらもうなかった。


 若い男は、うろたえる旅人に近寄り、手に持っていた皿と火のついた白い棒をのぞきこんだ。


「ロウソク売りのギムスじじいだな。お前さん多分置いていかれたよ」


 そう言われ、案内人を失ってしまったことを悟った旅人は、息を吐いてうなだれた。若い男が言う。


「あのじいさん、おれのこと嫌ってるんだよ。意地の悪いじじいさ。おれと関わりたくないんだろうよ」


 旅人の困った様子を見てとり、若い男は顔をやわらげた。そして、さっきまでと変わり落ちついた声で言った。


「付いてきなよ。この塔がおれの家さ」



 ◆ ◆ ◆ ☆ ◆



 若い男はドゥーイという名だった。旅人はアハムと自分の名を告げた。


 旅人アハムはドゥーイについていき、彼の家と呼ぶその塔の中に入った。


 机に火のついた皿を置き、いすに座った。ドゥーイは机にパンとスープを置き、


「これ食べて、適当に休んでいきなよ。出ていくときは声かけてよ、おれは上にいるから大声で呼んでくれ」


 そう言って、部屋の奥にある昇り階段に向かって行った。「あの」とアハムはドゥーイを呼び止めた。


「ありがとうございます。なんとお礼を言ってよいか……」


 ドゥーイは振り返り、にこりと笑顔をつくってうなずき、そしてそのまま階段を昇っていった。


 一人になったアハムは机の上におかれたパンをほおばった。旅に空腹はつきものだ。それを満たすときはいつも幸せを感じずにいられない。しかも初めての〝夜〟に疲労がたまっていたようだ。アハムにはそのパンが本当にありがたかった。

 そしてパンを味わいながら、ドゥーイという若い男のことを思った。

 アハムには気さくな青年に見えたが、町の人達にはうとんじられているようだった。変り者とも呼ばれていた。なぜそう呼ばれるのかは分からないが、ただ。


 それは、アハムも似たようなものだった。

 生まれた町でのけ者にされ、居場所を求めて旅に出たのだった。町の変わらない景色に、変わらない生活に嫌気がして、しきたりをやぶってばかりいた。やがて町に居場所がなくなってしまったのだ。


 求めたものがここにあるかは分からない。でも知らない景色がここにあった。ここにしかない景色がまだあると思えた。その胸に湧き上がるものは、何かが見つかるかもしれないという期待だったし、好奇心だった。夜への好奇心だった。


 アハムはスープを飲み干し、杯を置くと、ロウソクの火をじっと見つめた。


 まばゆい火の明かり。

 この暗闇の町にあるただ一つの明かり。


 目を閉じて、

 そして、

 フーッと、その火に息を吹いた。


 閉じたまぶたの先の世界から、光が失われた。




 目を開いた。

 まさに闇だった。


 本当にまぶたを開いたのかと疑うほどに、何も見えなかった。

 怖じ気づく心。呼吸が荒くなる。

 一度深く呼吸をして、

 すくむ足でイスから立ち上がった。


 ゆっくりと、部屋の奥の階段のほうへと一歩ずつ進んだ。

 らせん状の階段を、両側の壁に手をあてながら昇った。階段はとても長く感じた。

 一段ずつ、一段ずつ。


 やがて暗闇への恐れが少し薄れてきたころ、

 ほほに涼やかな風を感じた。


「おや、旅人さん――アハムだっけ。ここまで来ちゃったの?」


 アハムは安堵した。体中から強張りが抜けるのを感じた。

 寄ってきたドゥーイに手をとられ、アハムは階段を昇りきり、平な場所に立った。そしてそこが、きっと塔のてっぺんなのだと悟った。


「あっ」


 と旅人が思わず声を出したのは、空を見上げたからだった。


「――星が、増えてる」


 見上げた闇の空に、光る星があった。まばらに散らばった星があった。


「あそこ。あそこにも」


 アハムは興奮して、星を一つずつ指さした。

 そして一際つよく輝く星があった。それは、町についた時に見つけたあの星だった。


「綺麗だ……」


 昼の町からやってきた旅人の両目は、夜の空に釘付けになった。いつまでも眺めていたかった。


「アハムも、寝転がりなよ」


 ドゥーイの声は地面から聞こえてきた。彼はすでに寝転んでいるようだった。

 アハムも塔の上の地面に仰向けになって、視界いっぱいに星の散らばる天体を眺めた。


「ねぇ、星は何個くらい見える?」

「2、30個かな」

「まだまだだね。でも夜って綺麗だろ?」

「ああ、本当に……」


 本当に、何も知らなかった。夜のことを何も知らなかった。

 アハムはそれを教えてくれたドゥーイのことが気になった。


「ずっとここで星を眺めているのか?」

「流れ星を探しているんだよ」

「流れ星?」

「そう、流れ星。星が強く光って走っていくのさ。鳥や弓矢のようにね」


 アハムはとても興味をひかれた。夜には知らないものがまだまだあるらしい。流れ星とはどんなものだろう。アハムには想像しようとしてもできなかった。でもきっと、とても綺麗なのだろうと思った。


「それは見てみたいものだ」

「だろ。きっともの凄く綺麗なんだ。でもそれだけじゃない。流れ星に願い事をすると、本当に願いが叶うんだ」

「そうか、それは楽しみだな」

「ちょっと旅人さん。信じてないだろ? まあ分かるよ、町の連中だってそんなの迷信だってバカにしてるからね」


「ああそれであんなふうに……」


 アハムはドゥーイが変り者と呼ばれる理由が分かった。それは彼が夢を見たからなのだろう。それが町の人にうとまれる理由も似た者同士のアハムには分かった。

 でも夢を話すドゥーイはとても楽しそうだ。


「もしかしたら流れ星なんてないかもしれない。誰も見たことないしね。でもさ。探さなきゃ見つかんないとおれは思うんだよ」

「私も探してみていいかな?」

「アハムはまだまだ修行がたりないよ。もっと夜に慣れて目をきたえないと無理だと思うよ」

「確かに、きっとそうだ。でもずっと探していたい気持ちは分かるよ」


 二人は寝転んだまま、ときどき言葉を交わしながら、

 静かに、ずっと星空を眺めていた。

 静かな星空の塔の上で。ずっと。



「あっ!」


 と急に叫んだドゥーイが両手を組んで黙りこんだ。

 アハムはドゥーイが流れ星が見つけたと思い、すぐさまドゥーイにならって両手を組み、心の中で願いを唱えた。


 二人の沈黙はしばらく続いた。

 流れ星とは、どれほどの時間まで続くものだろう。そうアハムは考えて待っていた。



 そしてついにドゥーイが言った。


「違った」


 アハムはよく分からず首をかしげた。


「どういうことだ?」


「叶わなかったんだ、おれの願い事。だからさっきのは違う。流れ星じゃないんだ」


 アハムは少し考えて、


「でも何か見えたんだろ? 星が光って走っていったのか?」


「うん。星が走っていったんだけど、本物はきっともっと強く光るんだよ。そして願いが叶うはずなんだ」


 アハムは理解が追いつかないようだったが、ひとまずドゥーイの考えを信じることにした。疑念がないわけではなかったが、それよりも、走る星の存在に興奮が抑えられなかった。


「どっちの方向に見えたんだ?」

「あっち。南西のほう。まあ、次はどこに出るかは分かんないけどね」


 アハムは南西の空を追った。そして走る星を一生懸命に想像した。分からなくて、いろんな形を想像した。分からないから、探したくて、見つけたくて、たくさん想像した。


 二人はまた黙って流れ星を探し始めた。

 アハムはもう、いつか自分が流れ星を見つけられそうな気になっていた。この夜の町で、見えなかったものが見えるようになった経験をしたアハムは、いろんな可能性を信じられるようになっていた。

 そしてふと、走る星を流れ星にできるかもしれないと思った。


「なあドゥーイ。もしかしたら、願いのやり方も関係するんじゃないかな? 例えば、強く願ったほうが良いとか?」

「うーん。そうかもしれないね。でもおれかなり強く願ったよ?」


「そうか……。なら、二回続けて願いを唱えなきゃいけないとか?」

「んー、まあ、それならあり得るかもね。じゃあ、次は二回続けてお願いしてみるよ。――うん、いいかも」


 ドゥーイはそう言ってうなずき、愉快そうに笑った。


 アハムは流れ星を探すことがとても楽しいと思った。


 そして次からこう願おうと考えた。



「昼しかない町と夜しかない町が一つになりますように」と。





 <了>

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― 新着の感想 ―
[一言] 不思議な世界観に引き込まれました。 余計な明かりのない夜空はさぞ綺麗なことでしょうね。
2023/04/23 18:51 退会済み
管理
[一言] 以前評価させて頂いた作品なのですが、印象に残っていますので感想を書かせて頂きたく。 中途まで<冬の童話祭>参加作と思わせない練られた作品でで御座いました。 どこか叙情的な古典SFを感じさせ…
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