33.あるかなしか
すったもんだの末、旅人用の厩舎にお馬さんたちを預けた一行は、件の森に足を踏み入れた。
森の捜索を行ったという憲兵団様の仕事ぶりとは、さてどんなかなあ? って。あはは。頭の良くないリヴィオにだってわかる。
どう考えたって、おかしい。
だって、獣やモンスターに襲われた形跡がなければ、人に攫われた痕跡もない。手掛かりは、なあんにも無い。なのに、「人攫いではない」という確証だけはあるときた。
んなふざけた話があるかよクソったれ。
リヴィオの腹ん中で、どうにもならん苛立ちがぐるんぐるんと渦巻く。大人しくしている自分は褒められていい、とリヴィオは小さく頷いた。
人が突然、跡形もなく消えるだなんて、普通に考えればありえない。
ならば「ありえない」を指先一つで転じてしまう神や精霊の仕業か、と思えば、ソフィの腕に抱えられた神様は、リヴィオの視線に気づくと「違うな」と鼻を鳴らした。だろうね。
けっ、と吐き捨てたいところだったが、不思議そうな顔で見上げてくるソフィのお顔が可愛らしいので、リヴィオはにっこりと笑い返した。
ぽ、と頬を染めるソフィの顔は、愛らしいを形にしてお砂糖でくるんだみたいな、幸せの色をしている。
ほわん、とほどけたリヴィオの心はけれど、木々に囲まれ、一言も発しないエーリッヒとエレノアが並ぶ姿に、再びギリギリと音を立てた。
いやはや。
偽装するつもりもなく、ただ「手がかりが無い」だけで押し通すだなんて、大層な自信だ。舐め腐っとんのかワレ、とリヴィオが領主の胸倉を掴んでやりたい気持ちになったって、そりゃあしょうがない。しょうがないよね?
王国の騎士を悪に仕立てて追いやり、それを隠蔽し、挙句の果てには「憲兵団」なるよくわからないものがのさばって、力業で街を支配しているんだから。
騎士として生きたリヴィオには、到底許せない話だった。
そりゃあ、リヴィオの騎士としての人生は、恋心で出来た、まあなんか不純なそれだった。
リヴィオにしてみれば、崇高で純粋な想いであり、春の息吹の如く幸せな終幕であったが、王族をお守りするのだ! なあんてご立派な志はないし、国の為に命を懸ける! なんて美しい情熱もなかったので。ナイナイづくしの不埒ものでドーモスイマセンってなかんじよ。
だけど、民を蔑ろにした事だって、一度もないのだ。
リヴィオニスの剣は熱く燃え滾るような初恋の為にあったが、それ以前に、騎士の剣が自分より力の弱い人たちを守る為にあることなど、朝日が昇るが如く、わざわざ口にするまでも無い当たり前の事だった。
少なくともウォーリアン家の男はそう育てられるし、リヴィオの知る騎士は皆そうである。汗臭いという言葉に手足が生えて剣を振り回しているような集団だけど。ハートはあったかいんだ。
「付き合わせてしまってすまない」
だから、小さな王様がぽつりと零したのに、リヴィオは首を振った。
「こちらこそ、不遜な物言いをしてしまい、申し訳ありません。半分は勢いなので大目に見てください」
本気の本気でエーリッヒを置いていこうとしたわけじゃない。
託された命を、約束を、簡単になかったことにするつもりはないのだ、と一応の弁解をすると、エーリッヒは楽しそうに笑った。
「半分は本気なんじゃないか」
「ソフィがエレノア様と行くって言うなら、担いででも貴方を連れて行くつもりだったので」
リヴィオは、ソフィの手を離してまでエーリッヒに付き従うつもりはないが、エーリッヒを見捨てるつもりもない。
それはそうだ。リヴィオは恋に生きる愚か者だけれど、託された小さく綺麗な命を放り投げて恋に生きるほど馬鹿じゃない。いやマジで。いくら浮かれっぱなしで常に地面の上を浮遊しているような状態のリヴィオにだって、この事件に腹を立てる程度には騎士の誇りを持っているんだから。ま、埃かぶってそうだけどね。
「わかっているよ。君は、とても真面目で優しい人のようだから」
「? 有難うございます?」
もらえるモンはなんでも貰っとこ、ってな主義のリヴィオは、その賛辞も水を飲むように容易く受け取った。父親から常識外れの厳しさと、家族からめいっぱいの愛、ついでに美しさ故に周囲からの愛も大いに浴びて育ったリヴィオは、自己肯定感高めなので誉め言葉にも慣れてんだな。
が、受け取ったものの、心当たりがなかったので、首を傾げた。
「父が聞けば凄い顔をしそうです」
「俺が知る君と、御父上が知る君の姿は違うのだろうね」
「そんなもんですかね」
「さあ」
ふふ、と笑うエーリッヒの仕草は大人のようだった。リヴィオの隣で、硬い床に尻をつき、コンパクトに足を折り畳む姿は、小さな子どもでしかないのに。
硬い床に座ったことなどなさそうな子どもは、手と足を縛られ、大人の顔でため息をつく。リヴィオの容量小さめな脳みそがこんがらがりそうな、ちぐはぐな絵だった。
「……他の子どもたちも、こうしていたんだろうか」
問いの形をとった呟きにわかりきった答えを口にするのは、流石のリヴィオとて憚られ、リヴィオは口を引き結んだ。
今にも崩れそうな心に、丁寧に刃を突き立てる必要など、あろうはずもない。
ただ、リヴィオは馬鹿正直な生き物だったので、エーリッヒの言葉に反対側に寝転ぶ少女を見下ろした。
涙の跡が滲む頬が痛ましい少女は、下卑た笑い声を上げる男たちに囲まれていた。
反射で駆けだしそうになったリヴィオとエレノアを止めたのは、エーリッヒだ。
「これは、チャンスかもしれない」
男たちが、いなくなった子供たちを攫った犯人だという証拠はない。
少女が男に囲まれているのは、たまたまかもしれない。この状況を利用する模倣犯の可能性だってある。
けれど、ただの偶然だと捨てるには、男たちは手慣れていた。
「このままあの連中を叩けば、他の子どもたちへ辿り着くのは、より難しくなるな」
ふむ、ともっともらしく頷いたアズウェロに、ソフィがへにゃりと眉を下げる。
「でも、あの子が可哀想です」
今にも泣きだしそうなソフィの顔に、リヴィオの心がぎょおおおんと締め付けられた。ソフィにこんな顔をさせるだなんて! リヴィオの中で、男たちの生存権がなくなった瞬間、エーリッヒがエレノアを見上げた。
「……エレノア」
「駄目だ」
ぎゅ、と拳を握ったエーリッヒに、エレノアが硬い声で言う。
「駄目だ、エーリッヒ」
「だけど、今打てる策で一番効果的だろう?」
「っ」
「俺なら頼まなくてもアジトにご招待いただけるだろうし、そうなればあの子も守ってやれる」
「だが……っ!」
唇を噛む女性騎士の想いを、多分、リヴィオは正確に言い当てることができる。
身長も年も離れた小さな王様に心を捧げる騎士の気持ちを、リヴィオはきっと知っている。
「俺がお供します」
だからそう言ったことを、リヴィオは後悔していない。
ソフィの側を離れることに抵抗がなかったと言えば、まあ、そりゃちょっと言い淀んじゃうけれど。
エレノアとレイリ、それからアズウェロと共に、こっそり後をつけてきているソフィは、リヴィオとエーリッヒが囚われているこの小屋から、そう遠くない場所にいるはずだ。
何かあれば、エーリッヒを担いで駆け付けられる自信がリヴィオにはあったし、エレノアの身はレイリが護るだろうし、エレノアとアズウェロがソフィの身を護るだろう事は疑いようもない。
だからまあ、これくらいは許容範囲である、と。
ぼけっと思考するリヴィオは、エーリッヒの浅いため息に、はっと視線を戻した。
少女を見下ろしたリヴィオには勿論、他意などないのだが、エーリッヒはリヴィオの視線を辿り、少女を見て心を痛めたようだった。
結果的に少年王の繊細な心にぐさりと刃を突き立ててしまった事を知り、リヴィオは眉を下げた。
「情けなさに吐きそうだ」
エーリッヒの自嘲に塗れた言葉は、矢張り、子どもらしさを忘れてきたような声だ。
どこぞの船長さんは、大人の精神を押し込めた子供の身体を楽しんで生きているようだったが、この子どもは違う。
足りぬ足りぬと呻くような声は歪で、ひたむきで、悲しいくらいに切実だった。
「……リック様、貴方に責任がないとは言いませんが、貴方だけの責任でもありません。繰り返しますが、一人で全てを管理できる人間なんていませんよ。たとえ、どれだけ高名な王であっても、です」
リヴィオは背中を丸め、膝に顔をのっける。己の身体で少女を隠してエーリッヒを見上げると、部屋に入ってすぐに魔法で少女を眠らせた器用な王様は、こつりと壁に後頭部をくっつけた。
「彼女にも、随分と気を遣わせてしまった」
「あー、」
エレノアが子どもたちを助けたい、とああも意固地になったのは、エーリッヒの為であるところが大きいだろう、とリヴィオは手に取るようにその気持ちがわかった。
子どもたちが心配なのは嘘ではないし、人として、騎士として、捨て置けないというのも本音だろう。
だけども、それよりも何よりも、最愛の人が大切にしているものが汚される怒りだとか、最愛の手が護りたいと願うものこそを護りたいと剣を抜く衝動とか、そういうものが、リヴィオにはよくわかる。
エレノアの気性を自分よりもよく知るエーリッヒも、それをきっとわかっているはずで。
「まあ、なんていうか、好きな女の子に自分のフォローをさせるのって、ううん、なんていうか、ええっと、つらいとこですよね」
恋する騎士の気持ちがよくわかるリヴィオは、恋する男の子の気持ちだってよくわかる。
王として気落ちする内心は想像するしかないが、男として落ち込む気持ちはようくわかる。
人類皆、恋の前では等しく無力なのだ。
それは、どんな賢人もどんな偉い王様もどんな強い騎士も敵わぬ強大な相手であるからして、ちょっとおつむに自信の無いリヴィオは、ごにょごにょと言葉を濁した。
「しかも、ご自分の身体を盾にすることを躊躇わないんだもんなあ……」
そのために婚約しているのだ、と本気で言うお姫様はその言葉通り、エーリッヒに代わって呪いを受けているのだ。もし自分だったら……と考えるだけでリヴィオは頭を壁にぶつけたのち、この小屋を破壊して男どもをギッタンギッタンのバッタンバッタンに投げ飛ばして切り刻んで領主を素っ裸にして引きずり回してやっても足りない、と思った。
人はそれを八つ当たりと言うのだが、リヴィオは野蛮で実直な騎士の家系に生まれた男なので仕方がない。ひっくり返っても王にはなれないな、となんだかちょっぴり古傷が痛んだリヴィオは、エーリッヒに視線を戻して、瞬きした。
ん?
「すきなおんなのこ?」
生れて初めて言葉を喋る幼児ってこんなかしらん、とばかりに首を傾げる子どもに、リヴィオも首を傾げた。
「はい。好きな、女の子」
「……誰が?」
エレノアは、デカイ・リヴィオ・ジャマホドデカイと目線が近いくらいに背が高く、化粧っ気も無いし、男のフリをしても違和感がない女人である。黒鬼アレン、などと白粉の香りもしない通り名で呼ばれているくらいだ。
だからってエーリッヒは、エレノアは女ではない、なんて口を縫い付けてお花の刺しゅうを綺麗にしてやった方が良いような事、言わんだろう。だって、エーリッヒは誰よりもエレノアを一人の女性として扱う、立派な紳士だ。
ってことは、エーリッヒが首傾げとんのは、「女の子」って部分じゃない。ってことになる。え、嘘だろ。
「……好きですよね、あの方の事」
おいやめろ、と初めてこの小さな王様に失望しそうになって、リヴィオは恐る恐る確認する。
敢えて偽名を口にしなかったリヴィオに、エーリッヒは、キッと眉間に皺を入れて、男らしい顔で言った。
「こんな時に何を言うの? 彼女をそんな風に見るのは失礼だろう」
ただでさえ子供の婚約者をさせているのに、といっそ不快感さえ滲ませるエーリッヒに、リヴィオは言葉を失った。
強く逞しい大人の女性が自分を好きになるなんて、想像ができない。
これはわかる。
己に心を尽くしてくれている姿を、責任感だとか善意だとか同情だとかと思っている。
まあ、これもわからんでもない。
清廉な姿に邪な想いを抱くなんてありえない。邪推されることすら不愉快だ。
うん、これもよくわかる。
が。
婚約者として心底大切そうに世界でただ一人の女性のように扱って、そこに恋情はない。
い、いやいやいやいや、ちっともわからんぞ! リヴィオは、ちっともさっぱりちょっともわからんぞ!
けれど、なんでかなあ。そういう人に、心当たりがあるんだよなあリヴィオくん。
え? 王様ってそういうもんなの?? あ、これが類友ってやつ???? とリヴィオは口にしそうになって飲み込んででも飲み込みそこねて、
「あんたもかよ!!!」
思わず盛大に突っ込んでしまったのであった。
シリアスな空気は「これは無自覚のあれだろおお」と呻くリヴィオの声に欠き消えた。
驚いた見張りが「なんだ?!」と扉を開けたが、「なんでもねーよ」とリヴィオの目に浮かぶ涙は演技ではなかったので、勝手になんぞ勘違いした男は「大人しくしてろよ」とニヤついて扉を閉めた。
リヴィオは声に出さず叫んだ。
これ絶対こじれるやつじゃん!!!
お久しぶりです。ちょっと休憩させていただいておりましたすみません…。
変わらず待ってくださっていた皆様、有難うございました。
今年最後の更新です!
たくさんのブクマ、評価、いいね、感想、有難うございました。
びっくりすることがたくさんの1年でしたが、来年もいろんなお話を書けたら嬉しいです。
来年もよろしくお願い致します!





