25.振り返ればそこに
10日連続更新企画:3日目です!
遅れてすみません……!!!
「今、なんて?」
言ったのはソフィではない。
この世の全てを根絶し呪い殺しそうな重低音は、ソフィの背後からである。がっしりソフィの肩を掴んだリヴィオが、ソフィの身体を引いたのでレイジニアンの手がするりと外れた。
肩に置かれた手は痛いくらいだけど、うっかり痛いなんて言っちまえばリヴィオがしゅんとするのは目に見えていたので、ソフィはそっとリヴィオの手に自分の手を重ねた。
それだけで、我に返ったようにリヴィオの手から力が抜ける。
ソフィは、リヴィオのそういうところが大好きだ。
「ソフィ、」
垂れたわんこのお耳が見えそうな声に、ソフィのこころがきゅうううん、と鳴いた。かわいい。
「ふは。予想通りのリアクション有難う」
「母上……」
はあ、と部屋に落ちた溜息に、ソフィは唇を引き結ぶ。浮かれとる場合ではない。
レイジニアンは、にゃはは、と子供のように笑うと手を振った。
「ルーベニスがソフィさんにやったのと同じよ。私の魔力をソフィさんに流したいの」
「魔力を?」
そう、とレイジニアンはも一度ソフィの手を握った。
「エレノア様のお身体に負担をかけないためにも、エレノア様の見かけを変えるのではなくて、エレノア様を見ている人の認識を邪魔するような魔法をかけたいの」
「母上は幻術系の魔法が得意なんですよ」
幻術、とソフィが呟くと、そう、とレイジニアンはこっくりと頷いた。
「ただ、幻術系の魔法って癖があるからさ。教えるって言ってカンタンに使えるもんじゃないし、私の魔力……っていうより、それを構成する魔道力を流して、感覚を掴んでほしいんだよね」
「なるほど?」
言っている事はわかる。
なんとなーく、レイジニアンの言わんとすることがわかるんだけども、ソフィは魔法の知識が浅いのでいまいちピンとこない。とりあえず、ルーベニスと出会った日の事と、エレノアとエーリッヒのためである、という事だけはわかるので、まあ良いかとソフィは頷いた。
「わかりました。では、お願いできますか?」
「あいあーい! お任せあれ!」
「いや待って」
一歩踏み出そうとしたソフィの身体が、再びがしりと止められる。
ん? とソフィが見上げるように振り返ると、リヴィオがにっこりと良い笑顔でソフィを見下ろしていた。やーだ可愛い~! なあんて呑気な浮かれ脳みそ君が鈴を持ち出さないのは、なんか、その笑顔に凄みがあるからだ。目が、目が笑って無いんだよなあ。ソフィが一番大好きな綺麗なブルーベリーが、なんだ、闇を煮詰めたみたいな色してやがる。え、怖くない?
「リヴィオ……?」
「ソフィ、したんですか」
「え?」
何を?
ソフィが首を傾げると、リヴィオがさらにニッコリと笑う。ごごご、と渦巻く闇が背後に見えるような美しい笑みであった。こ、こっわ……。文句のつけようのない迫力に、ソフィはへらりと曖昧に笑った。
「可愛い顔しても駄目ですよ?」
可愛いつもりはないし、何がどう駄目なのかわからん。
意図の読めないリヴィオの迫力に、ソフィは「何がでしょう?」と素直に問いかけた。
ようわからんが、わからんなりにきちんと向き合おうと、ソフィが一歩足を引くと、リヴィオの手が片方、肩から外れる。そのまま背後のリヴィオに身体を向けると、リヴィオの視線が逸らされた。
少し目を伏せて、躊躇うように睫毛がぱしぱしと空を切る様はセクシーで綺麗なんだけど、あんまし良い雰囲気じゃない。ソフィは首を傾げた。
「だから、その、魔女の男と、」
「ソフィさん!」
「わっ」
「あ」
痺れを切らしたのは、レイジニアンだった。
くん、と手を引かれ、柔らかい唇の体温が指の先に落ちる。
その瞬間、パチパチと弾けるような魔力がソフィの身体を駆け抜けた。
泡が弾けるような、小さな雷が体の中で音を立てるような、そんな感覚だった。決して悪いものじゃない。むしろ、飛び上がって笑い転げたいほどに、心がスキップしちまいそうなくらい、楽しい気分でいっぱいになったソフィは、思わずレイジニアンの手を握り返した。
「レイジニアン様!」
「あは、どんな感じ?」」
「わかりません! でも、なんだか楽しいです!」
「そりゃ良かった」
相性が良いみたいだね、と笑ったレイジニアンが、ソフィの手を引く。その力に逆らわず、ソフィが足を踏み出すと、肩に置かれたリヴィオの手の体温が消えてしまう。
さみしくて心細い気持ちになったが、目が合ったレイジニアンが、にかりと笑った。
「私の魔力を感じながら、目を閉じて。もっと眼を凝らして耳を澄ませて、私の魔道力を追いかけられる?」
「……不思議です。たしかに感じるのに、捉えている気がするのに。1つ1つを認識できません」
「うん。それが幻術系の魔法に向いている魔道力だよ。わかる? 在るのに視えない。誰にでも視えるのに、誰にも視えない。愉快で自由な魔法、それが幻術系の魔法なんだよ」
優しい声が、ソフィの背中をそっと撫でた。
その手の平の温度をたしかに感じるのに、レイジニアンの気配を感じるのに、不思議な事に、ソフィはその姿をちっとも思い描けない。
今。たった今、レイジニアンと話していたのに。髪の色も、目の色も、服装も思い出せるのに、この瞬間、ソフィの背を撫でているレイジニアンの姿だけが、光る絵具に塗りつぶされたかのように、はっきりとしない。
「さあ、化かされる気持ちは体験できたかしら。それじゃあ、あと一歩よ」
とん、と軽く背中を押された。
また一歩進んだ先に、エレノアとエーリッヒの魔力を感じて、ソフィは小さく息を吐いた。細く、長く、静かに息を吐き、己の感覚を研ぎ澄ます。
ここに、いる。
エレノアも、エーリッヒも、ここにいて、絵画のような美しい容姿に、眩いばかりの色彩を纏っている。見えないのに、はっきりと視える魔力の瞬きに、ソフィの身体が揺れた。
「怖がらないで」
その瞬間、ぴしゃりと言う声は、ソフィの気弱な心を見透かしているようで。
「大丈夫。何かあっても、私がフォローをするわ。だから安心して、成功する事だけを考えるのよ。魔法に大事なのはイメージなんだから。失敗する想像なんて、丸めてポイよ!」
ねえ、と耳元で、楽しそうな声が声が弾けた。
シュワシュワとグラスの中で音を立てる気泡のような、軽やかな声だ。
ご機嫌な時のリヴィオみたいだな、とソフィは小さく笑った。
「イメージしてみて。エレノア様の髪は、何色がいいかしら。エーリッヒ様の髪は、何色にする?」
頭の中に滑り込むようなレイジニアンの声に導かれ、ソフィは並ぶ二人の笑顔を思い浮かべた。豊かなブルネットに、おひさまの光みたいな細い金糸。
美しい色を変えてしまうのは残念でならないが、変えるのは見ている方の認識だから、ほら。ね。何一つ損なうことなく、欠けることなく、ここにあるから。
いつでもソフィを見守ってくれる、リヴィオの強さのように。はっきりと見えずとも感じることができる鏡が、二人の身体を守ってくれますようにと、ソフィは願いを編み上げた。
「いいわよ。さあ、魔力を練って、広げるの。鏡のように、人の視線を跳ね返すのよ」
ふ、とソフィは小さく息を吐く。人の視線を跳ね返す、か。どっかの美貌の騎士様みたいだな、と笑った瞬間、ソフィの身体から、ふわりと立ち上る魔力が、揺らめいて形になって、それで、
キン、と澄んだ音が頭の中で響いた。
「眼を開けて」
それは、うっとりするほどに優しい声だった。
大丈夫だよ、と言われずとも励まされるような心地で、ソフィはそっと目を開ける。
恐れは、一つも無かった。
果たしてそこには、目を開ける前とは違う姿の二人が、にこにこと穏やかな眼差しで、ソフィを見ていた。
「お疲れさま、ソフィ」
「有難うございます、ソフィ嬢」
当たり前みたいにそう微笑む二人に、ソフィはわっと吹き出るような汗を拭って笑い返した。
背後では、おもっくるしい視線が「逃がさんぞ」とばかりにソフィの背中で囁いていたけれど。
ふ、振り向きたくねぇ!





