5.オシャレパニック
「こんな感じかしら」
姿見の前で、ソフィは首を傾げた。
魔女の友人、ルネッタによって空間を広げる魔法がかけられたソフィの鞄には、様々なアイテムがたんまり入っている。食料とか、便利な魔法薬とか、野宿のための快適&便利グッズとか、着替えとか。
そう。着替えである。
ソフィが滞在していた彼の国の、城の侍女やルネッタとお買い物に出かけ購入したものだけではなく、メイドや侍女がソフィに持たせてくれた品まで、ソフィの鞄にはたっぷりの着替えが入っている。
なんと、滞在中に城で着ていたものから、まだ袖を通してない街歩き用の物に加えて、夜会用のドレスまでプレゼントされてしまったのだ。
いやドレスっていつ着るねーん、って感じだけれど、「ぜひ!」と文字通り押し付けられたドレスは、淡い青と紫のグラーデションがひっじょうに美しくて。ええ、誰かさんの瞳みたいに。それはもう美しくて。
ソフィはそれを断りきれんかった。
大人しく受け取ったソフィを見詰める、輝くメイドや侍女の瞳の眩しさったら。居たたまれなくって涙が出ちゃう。だって女の子だもん。
そんな素敵なお姉さま方の情熱がたっぷり詰まった衣装の中から、本日ソフィが選んだのは、首元が詰まったデザインと膨らんだ袖、それからバックリボンが可愛らしい、白いワンピースだ。たっぷりのフリルがパニエを履いているようにスカートを膨らませてくれている。
可愛すぎるのでは……と腰が引けるソフィに侍女さんが「そんなことは無い」と、これまたなかなかの熱量で渡してくれた思い出の品である。
似合っているかどうかははさて置き、ソフィの緑の髪との色合いはバッチリだった。さすがお姉さま方である。
羽織ったベストは乗馬服に似ているが、裾が広がってこちらにもレースやフリルが使われている。少し男性的な雰囲気を感じるデザインがカッコ良くて、ソフィが震えた逸品だ。
まるで某騎士様と出会った時のような衝撃に、ショッピングに同行していた侍女さんはニッコリ笑って言った。
「ソフィ様、それが一目惚れですわ」
なるほど。一目惚れってのは人にだけ使う言葉では無いんだな、と知ったソフィである。
似合うだろうか、と迷うソフィに「似合う似合わないではない……自分のために着たい物を着たいように着るのがオシャレですわ!!」と豪語して、背中を蹴っ飛ばしてくれた侍女さんのその姿といったら。
ソフィは、これが女の子……! とルネッタの特大雷魔法を食らったような気持ちで、刺しゅうが美しい黒いベストの購入を決めた。
お気に入りのベストは、白いワンピースによく映えた。
仕上げに、黒いリボンタイをきゅっと結んで、雫型のパールのピアスを付ける。
編み上げのブーツのかかとを鳴らし、ソフィは鏡の前で、もう一度くるりと回ってみた。
街を歩いても不自然さが無く、王城を訪ねても侮られないそれなりの服。がイメージなのだけれど。
「……大丈夫かしら?」
不安だ。
ソフィは、超絶不安だった。
なんてったって、ソフィは生まれてこの方、オシャレをした事が無い。
礼儀に反してなきゃいいわと、テキトーに義妹のお古のドレスを着ていたし、大事な夜会では王妃様や教育係が揃えた物を言われるがままに身に着けていたんだから。
オシャレに興味を惹かれなかったと言えば嘘になるが、自分なんぞ、と妙な後ろめたさというか恥ずかしさで手が出ぬし、第一そんな余裕は無かった。
日々の作業を必死にこなして生きていたソフィの心は、オシャレなんて言葉が芽吹かぬほど、乾ききっちまってた。カラッカラのサラッサラである。どんな農業マスターとて、ここで種蒔いたって無駄だわ絶対枯れるもん、と匙を全力でぶん投げるくらいに。飛んでった匙の行方はいずこ、ってな。
そんなわけでソフィは、生まれて初めて自分で選んで自分で着た服に、心臓が痛くなるくらい不安だった。
アズウェロがいれば「どう思う?」と相談しただろうが、生憎アズウェロはリヴィオの部屋だ。
例のカードゲームで、自分が勝てなかったラエルにリヴィオが勝利したことが悔しかったらしい。街で見つけたゲーム用のカードの購入をせがみ、夕食が終わるとリヴィオを引きずっていった。
ちなみに、比喩じゃない。事実である。
抵抗するリヴィオを、ぼふん、と変身したおっきな熊さんの姿で引きずるので、ソフィとリヴィオは慌てたのだ。
たまたま廊下には誰もいなかったが、とんでもない神様のとんでもない行動に、リヴィオは慌てて自室に消えた。
で、そっから一晩。
ソフィは、一人でコーディネートをじっくり考えたわけだけども。
「うう……胃が痛くなってきたわ……」
ルネッタにもらった薬がたしか……とソフィは鞄を覗き、さて、その不安の先に何を描いたのか。
主よりも主の思考を正確に読み取った魔法の鞄くんは、薬とは違うものをソフィの手に握らせた。
「………………いや、ちょっとそれは」
掌でキラキラと輝くのは、お姉さま方チョイスの、美しいアメジストのブローチ。
黒いリボンタイと一緒に着けたら可愛いだろう。だろうけども。こーんな綺麗な宝石を付けて、あの瞳と並ぶ勇気がソフィにあるかという話なわけで。
うぬぬと赤い顔でブローチと見つめ合う、そんな珍妙な絵面にツッコミをいれるように、ふいにノックが鳴った。
コン、コン、コンと礼儀正しく静かな3回のノックに、ソフィは慌てて鞄にブローチを戻し、ドアを開けた。
で、思わずぶっ倒れそうになった。
前髪を流しているおかげではっきりと姿を拝める、つい数秒前に見た宝石なんて目じゃない、長い睫毛に縁どられた紫のふたっつの瞳が、ぱちくりとソフィを見下ろしているではないか!
もう、ずるい。反則だ。ルール違反だ。昨日までもっとラフだったのに!
しかも、ジャケットの琥珀色のブローチと黄金色の刺しゅうは、明らかに耳元で揺れる黄色の魔石と色を合わせているし。太腿が隠れるくらいの丈の黒いジャケットは、リヴィオの背の高さと足の長さを引き立てる完璧なシルエットだし。
禁欲的で危うい、コケティッシュな美しさとカッコよさといったら! いったら!! もう!!!
ソフィは眩暈がした。
「か、かっこよすぎじゃありませんか?!」
「ソフィこそ可愛すぎなんですが!」
仲良く顔を真っ赤にした二人に、リヴィオの肩に乗っかっていたアズウェロが「ぬしら、またか」とぼやいた。
「どこか寄り道しますか?」
ホテルのレストランにて、向かい合っての朝食。
こくりと水を嚥下する、リヴィオの白い喉をぼけっと見詰めていたソフィは、ふいにブルーベリー色の瞳に問われ、びっくりした。
この人ほんとに人間??
美しいって文字に手足が生えて顔が乗っかるならこんなだろなってリヴィオの、顔面の破壊力にちっとも慣れないソフィは、「あ、いえ」と曖昧に笑った。
「すんなり手紙を渡せるとも限りませんし、まずはお城に行きましょう」
「そうですね。街の散策は、追い返された後にしましょうか」
にこって。
にこって笑う顔のさあ、もう、ほんと、美しさと愛らしさったら……!
「すき……」
「え?」
思わず泣きそうな気持ちでついうっかり、頭を抱えて零したソフィに、リヴィオが瞬きした。
「い、いえ何でも」
「ソフィ」
慌てて食事を再開しようとすると、ふんわりとした声でリヴィオがソフィを呼んだ。
あ、こーれは顔を上げてはならんやつ。嫌な予感ビシバシすっぞって感じなんだけど。リヴィオだぞ。リヴィオの声だぞ。リヴィオが呼んでおるのだぞ。無視するとか、できる? できるわけないわな。
はーい負け! と白旗をブンブン振り回す浮かれ脳みそ君の幸福な降伏命令に従い、忠犬よろしくソフィは顔を上げた。
んで、ソフィは思った。
「僕も好きですよ」
目が潰れる!!!!!
ちょっと間があいてしまいました…
次回、新キャラ登場です。





