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【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第2章:春が来ちゃったので旅立ちの鐘が鳴りました
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38.仰げば尊し

 楽しいお出かけの翌日。

 朝食の後、ソフィとリヴィオはヴァイスによって執務室へ連行された。

 そして、3本の航路の中から、一週間後に出発する隣国への航路を選んだことを、意外だ、と笑いながら地図を手渡された。


「もらっていいんですか」

「写しは他にもあるからな」


 リヴィオとソフィが顔を見合わせると、なんだよ、とヴァイスは瞬く。


「わたくしたち、いただいてばかりなんですもの。出発までの間も城で過ごして良いと仰ってくださるし…」

「気にすんな。結局うちの問題に巻き込んじまったし、ルネッタにとって良い出会いになった。感謝してるんだ」

「巻き込むだなんて。わたくしは自分で選んだのですし、ルネッタとお友達になれたことは、わたくしにとっても特別なことです」


 ヴァイスは、そうか、と笑い、眼鏡を外して立ち上がった。


「まあ座れよ」


 ソフィとリヴィオが、テーブルを挟んで並ぶ三人掛けくらいのソファに座ると、ヴァイスも正面に腰を下ろした。


「坊ちゃんには、出発までうちの軍の訓練に参加してもらう話になっててな。彼のウォーリアン家のご子息に扱いてもらえんだから、十分すぎる利がある」

「再起不能にしちゃったらすみません」

「やってみろよ」


 に、とシニカルに笑うヴァイスに、リヴィオは肩を揺らした。

 なんだかんだ仲良しなんだこの二人。


「で?なんであの航路にしたんだ。一気に東の国まで行っても良かっただろう」

「東の国に行くことってよりも、のんびり旅をすることが目的ですからね。無茶はさせたくないし」

「慌ただしく旅立つよりも、せっかくなので他の国も見てみたいねって話をしたんです。それに…」


 ソフィが言葉を切ったところで、タイミング良くノックが響いた。

 ヴァイスが入室を促すと、メイドがしずしずと茶器を並べる。真っ白の陶器に、濃いブルーのラインが美しい茶器だ。


「それに?」


 ヴァイスの声に、広がる紅茶の香りを楽しみながら、ソフィは顔を上げた。


「少しだけ、ヴァイスの話の仕方に違和感があったんです。1本目の航路は、()が無い、商船だ、と悪条件が多いのに対して、2本目の航路は1日で到着、一週間の猶予がある、と良い条件しかなかったように思います。3本目は仰る通り論外だとして…2本目の話し方が気になりました。ただの事実だと言われればそれまでですから、ほとんど勘ですけれど」


 2本目には、本当にマイナスポイントは無いんだろうか。ヴァイスの性格なら、情報量はもっと均等にするんじゃないか。

 無論、わざわざ悪い点を隠して事を運ぼうだなんて汚い真似をする人とは、ソフィもリヴィオも思っちゃいないが、でも、ちょとだけ思ったのだ。魚の小骨が喉に刺さるみたいに、あれ? って。


「もしかして、ヴァイスはわたくしたちに、隣国に行ってほしい理由があるのかなって」


 言うには少し憚られる。

 でも、選んでくれたら嬉しいな~あわよくばちょっと頼みたいな~なんて。ちょっとした事情がおありなのでは? とソフィとリヴィオは思ったわけだ。

 ヴァイスは、目を少しだけ見開いて、それから、にい、と笑った。

 うっわあ悪そうな顔。


「良いなあお前ら。マジで残れよ」

「やですよ」


 リヴィオのはっきりした物言いに、くっくと笑ったヴァイスは、悪いな、と髪をかきあげた。


「騙すつもりは無い」

「ええ。そこは疑っておりませんわ」


 ヴァイスが、顔は怖いが思慮深い人間であることをソフィとリヴィオは知っている。

 だから、なんか頼みたいけど気を遣ってんのかな。ていうか遠慮とか知ってんだなあの人。

 くらいの認識で、ソフィとリヴィオは迷うことなく航路を決めた。ぴったり意見は一致。のんびり旅が、誰かの役に立てるなら良い事だよなって。

 ヴァイスは、眉を寄せて「そうか」と笑った。


「船は、お前らの予想通り客船じゃないし、うちが所有している船でもない。ただ、俺が信頼しているデカい商会の船だ。それなりに快適に、そして安全に旅ができることは保証する」

 

 特に驚きは無い。予想通りの回答だったので、はい、と二人は頷いた。

 これが普通の王であれば、騙したな!とその言葉を疑ったかもしれないし、さてどんな無理難題だと警戒したかもしれない。

 けれど相手は、ヴァイスだ。

 簒奪王と大層な通り名で呼ばれとるくせに、小さな婚約者を大切にして、ピーチクパーチクうるさいソフィたちに「堅苦しいのは嫌いだ」と笑いかける王様だ。


「それで、おつかいは何でしょう?」


 リヴィオがおどけて言えば、ヴァイスは笑った。


「なに、大したことじゃねぇよ。あの国の少年王のご機嫌を伺ってほしいんだ。…真面目な話、昔から知ってる奴なんだが、婚約するっつーから祝いの手紙を送ったのに返信が無ぇんだ。マメなあいつにしては珍しいんで、少し気がかりでな」


 ほらな、とソフィとリヴィオは笑ってしまった。

 心配なんだけどって再度手紙を送るんじゃなくって、あくまでついでって体で様子を見に行かせるなんて。そのうち気疲れでぶっ倒れるんじゃないのかこの人。


「僕たちにできる事があれば、お手伝いしてきますね」

「そこまで頼んでねぇよ。嬢ちゃんはルネッタと手紙を送る魔法つくるんだろ? 事情がわかったら手紙送ってくれりゃ良いから、観光したらさっさと次の街へ行け」


 いいな? と眉を寄せてぎろりと睨まれたって、ソフィはちいっとも怖くない。リヴィオなんか、腹抱えて笑ってら。


「なんですか良い人みたいに!」

「良い人だろう俺は」

「ええ、悔しいですけどね」


 ふふ、とリヴィオは目尻をなぞった。泣くほど笑わなくってもなあ。けっこう笑い上戸なんだなリヴィオくん。

 反対に、ヴァイスはそれはそれは嫌そうに、しかめっ面をしている。


「だから、貸しをつくらせてくださいよ。いつか、この国に帰って来たくなるように」

「……好きにしろ」


 けっ、とソファに仰け反る男らしい喉に、ソフィは笑った。






 それからの一週間は、あっという間だった。

 ルネッタと侍女さんと一緒に買い物に行ってみたり、ルネッタの研究室に二人でこもりすぎて引きずり出されたり、訓練をするリヴィオがカッコ良すぎてお空の橋を渡りかけたり、ヴァイスの仕事をちょっと手伝ってみたり。


 悲しい事も辛い事も苦しい事も無い。

 ただ穏やかで、楽しくて、優しい日々。

 こういう世界はおとぎ話じゃなかったんだなあ、なあんてそんな事はもう知っているけれど。

 ふかふかのベッドの香りが、「おひさまのにおい」って言うんだって教えてくれたルネッタは、「やる事が無いと不安なの」と零したソフィに「わかります」と頷いた。


「私もあそこでは毎日、たくさんの魔法石をつくって、毎日研究をしていました。ここじゃ、それをやると怒られるんです」

「わたくしも、本と魔法石を部屋に持ち込んではいけないって、リヴィオに没収されてしまったわ…」

「夜が一番はかどりますよね」

「ね」


 そう。二人は一度熱中すると周りが見えなくなる上に、夜型だった。睡眠時間? キリの良い所までで!ってな感じで、本やら研究やらにのめり込んだ。ずっぷりずっぷり。

 いやあ、これが楽しいのだ。

 睡眠時間が足りなかろうが運動が足りなかろうが、ソフィはキャッキャと声を上げて笑いだしたいくらい楽しかった。


 だがまあ優しい人々は、助長し合うオタクコンビを良しとはしなかったので、それはもう健康的な生活を送る日々へと、すぐさま方向転換をさせられた。強制的に。

 気付いたら、ちょっと、いや、ちょこっと、うん、まあわりと? 太っていたソフィである。

 嫌な予感がして、城を出る日にリヴィオにもらったワンピースを着てみれば、ウエスト周りが余っていたはずなのに、なんてこと! ピッタリなのだ! ソフィに1まんのダメージ! ぐはっ。


 ソフィは、こっそりメイドさんにおやつを減らしたい旨をお伝えしたが、にっこり黙殺された。

 挙句、「無礼を申し上げても?」と綺麗に微笑まれたので頷くと、「ソフィ様。巷ではそれは喧嘩を売っていると申します」とやっぱり綺麗に微笑まれた。すんごい怖かったので、ソフィは二度とこのお城のメイドさんに逆らわないことを決めたのだった。




「ソフィ」


 リヴィオは、ようやっとソフィの名を呼び慣れてくれた。

 ソフィは、「ソフィ」と最後の音でリヴィオの口角が優しく上がるのが、たまらなく好きだと思った。リヴィオが名を呼ぶたびに、顔がほころぶのを止められない。

 渡り廊下で呼び止められ、ソフィはリヴィオに駆け寄った。


「お出かけですか?」

「いいえ。リヴィオを探していたの」


 ソフィも、人と何気ない会話をすることに随分と慣れてきた。

 何せ、ヴァイスもリヴィオも、まあお口が悪い。()()()平気で「うるせえ」とか言っちゃうんだからな。リヴィオさん、そちら王様ですよ。

 ヴァイスは気にしていないし、ソフィには相変わらず丁寧なので、まあいっかって感じなんだけども。

 リヴィオはソフィを見下ろして、こてんと首を傾げた。


「僕にご用ですか?」

「ええ。今、時間はあるかしら」

「ソフィの為ならいくらでも」

「もう」


 そういう事を聞いてんじゃない。訓練の邪魔をしたくないから聞いているのにな。

 茶化さないでほしい、とソフィが頬を膨らませれば、リヴィオはへにゃりと笑った。


「かわいい」

「もう!」


 だーから可愛いのはそっちだっての! な! もう! 浮かれ脳みそ君が鈴を叩きつける。

 ぷんすこしたソフィは、綺麗にラッピングした箱をリヴィオに押し付けた。


「なんです?」

「プレゼント」

「え」


 リヴィオは、零れ落ちるんじゃないかなってくらい、目を見開いた。

 はーい世にも綺麗であっまいブルーベリーの収穫です! って落ちてきても良いように、両手を差し出した方がいいかしらん。


「あ、もしかして先日の…?」

「…そう。完成、したので」


 も、ちょお頑張った。

 それは、リヴィオに何かプレゼントをしたい、とルネッタと侍女さんとのお出かけの際に、勇気を振り絞って相談をしたソフィの話だ。

 侍女さんは白い頬を染め、ルネッタは首を傾げた。


「魔導書とか」

「それをお喜びになるのはルナティエッタ様だけですわ」


 冷静にツッコミを入れる侍女さんは、ソフィをいろんな店に連れて行ってくれた。

 ただ、悲しいことにソフィはまだリヴィオの趣味がよくわからんので。全っ然決まらんかった。全っ然だ。


「ソフィ様のプレゼントなら、なんでも喜んでくださると思いますが」

「そうですね…」

「でも、そういうことじゃありませんものね」


 そう。そうなんだ。ソフィはこくこくと頷いた。

 ソフィがどうこう関係なく、純粋にリヴィオが喜ぶ物を、ソフィは贈りたいわけだ。だから悩む、っていうか正解がわからん。

 しかもあの神様の最高傑作な美人は、なんでも似合っちまうから、似合いそう、で選ぼうとすると答えが無限に増えるのだ。全っ然、プレゼント案を絞れない。

 困ったと頭を抱えたソフィに、ルネッタは「魔法石をつくってはどうですか」とソフィの指輪を指した。


「指輪は、剣の邪魔になるってへーか嫌うので、リヴィオさんもそうかもしれませんが…あのピアスに、別の魔法石をくっつけて加工するとか。ソフィの魔力を込めて、装飾に何か術式を刻むのも楽しそうです」

「素敵! 婚約者って感じがしますわね!!!」


 そう言って、当人よりも、やわらかそうなミルクティー色の髪がとっても可愛らしい侍女さんが張り切った。

 じゃあ当人はって、想像しただけで顔が熱くなった。

 それを見た侍女さんはにっこり。さあ行きましょう! と魔法道具の店にソフィとルネッタを押し込め、あれやこれやとアイテムを揃えて帰ったわけだ。


 で。その日。

 リヴィオは、ピアスを借りたい、と言ったソフィに何も問うことなく「どうぞ」とあっさり渡してくれた。


「け、警戒とか…」

「なぜ?」


 まぶしい。笑顔が、眩しい。

 なぜってあんた。

 ソフィが言うなら、と何でも聞いちゃいそうだぞこの男。危ない人に騙されるんじゃないのか。保護だ。保護しろ。この笑顔を守らねば。

 ソフィは決して道を誤ってはならない、と決意した。ソフィが悪に落ちる時はきっとリヴィオも道連れだ。悪の道ってなんだってまあそれは置いといて。


「あの、この魔法石をいじっても大丈夫でしょうか?」

「ええ。ご存じの通り、騎士団で支給されたものを()()()()持って来ちゃっただけなので」


 うっかり。

 うっかり、ねぇ。うんうん。まあ、そういうこともあるだろ。

 慌ただしく城を逃げ出してきたわけだしね。ソフィも、きっとうっかりだろうなーと思っていたから大丈夫。疑っていないさ。本当だよ。


「そういう事もありますよね」


 知らんけど。



 そんなわけで、中に収納された剣はお返しし、黒い魔法石のピアスを預かったソフィはそこから練習に練習を重ね。黒い石の下に、細い雫型の魔法石をぶら下げた。

 魔法石の色はソフィの目と同じ、少し薄い茶色だ。

 リヴィオやルネッタみたいに綺麗な色じゃない、とソフィはちょっぴり落ち込んだが、ルネッタは「蜂蜜の紅茶色です」と喜び、練習用の石を引き取ってくれた。

 例の手紙を送る魔法に使えそう、とのこと。



 リヴィオは、紆余曲折を経て完成したピアスを、日に透かした。

 キラキラと黄色の柔らかい光がリヴィオに降り注ぎ、うっとりするほどに美しい。教会のステンドグラスみたいだ。デザイナーを連れて来い褒美を取らせろ。


「…ソフィの、瞳の色ですね。甘くてお可愛らしい、僕のキャラメル」

「!!!」


 誰か! 誰かこの人の口を塞いで!!

 もしくは至急医者を! ああでも、正気に戻っちゃあこの蜜月も終わりだろうか。もうソフィに見向きもしない? じゃあ正気じゃないリヴィオに耐えなくっちゃあな。

 ぐ、とソフィは唇を噛んだ。


「そ、装飾の金細工には術式を刻んでいます。魔力の流れをスムーズにして、増幅させるようなものです」

「魔力ですか?」

「リヴィオは魔力を使って戦うんでしょう?」

「ああ、そっか」


 さすが無意識。もう忘れてたんだな。

 こういうところが、ちょっと心配になっちゃうんだ。ソフィなんかに心配されてもって感じだろうけど。


「…わたくしも、リヴィオを守れたらって、思ったのよ」

「ソフィ…」


 ほんのちょっと。もう微々たる微々たるもんだろうけど、ほーんのちょっとでも力になれたらなって。少しでも長く、笑顔で一緒にいたいなって、ソフィは願いを込めた。

 ソフィが微笑むと、リヴィオは箱をポケットにしまい、自分の左側の髪を耳にかけた。

 どき、とソフィの心臓が跳ねる。

 リヴィオの長い睫毛が伏せられて、綺麗な爪先が、ピアスを耳に通して、留め具を付けた。

 どきどき、とソフィの心臓が高鳴る。

 え? なんで??? たっかがピアスを付けとるだけだ。なのに、なんだこの色気。見てはいけないものを見ているような、居たたまれなくて恥ずかしくて、視線を引きはがせない誘惑。

 ソフィの心臓が、どこどこ太鼓を叩く。


「似合いますか?」

「ひっ」


 もはや悲鳴だった。

 しゃら、って揺れる、長いピアス。は? 似合う? 馬鹿を言わんでほしいな。リヴィオは自分をなんだと思っとるんだろうな? やっぱり医者を呼ぶべきなんじゃ?

 ソフィがぶっ倒れちまいそうなくらい似合いまくっとるわ。


「ソフィ?」

「うっ」


 首を! 傾げないで! いただきたい!!

 黒い髪と一緒にピアスが揺れると、こう、どうにも、色気がだな。しかもその色香を反射する石は、ソフィがつくったソフィの目の色だ。

 直視できないっていうか。目がつぶれる。


「……似合いませんか?」


 このひと、わたくしの心臓をとめる気なんだわ。

 ソフィは胸を押さえた。

 しゅん、って眉を下げるのやめろ。ぐうう、かわいい。きれい。

 浮かれ脳みそ君は、ついに鈴を落とした。かしゃん、と響き渡る余韻。試合放棄につき完全敗北。現場からは以上です。


「大好きです……」

「え!」


 生きてて良かったなあ。

 ソフィは空を仰いだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 名前を呼ぶところが最高です。名前呼ぶたびに口角が上がるなんて、ソフィを呼ぶとリヴィオが笑顔になって、その笑顔をみてソフィも笑顔になる。二人が一緒にいれば幸せ永久機関の完成じゃないですか! …
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